「は〜〜…たい焼き食べてるのかわいい…和菓子好きかわいい…なのに無敵とかかっこよすぎる…かわいいの?かっこいいの?どっちなの?最強なの?やばい好きがとまらない…」
「まーたなんか言ってるよこの子」
「なっちゃん!仕方ないでしょ!だって佐野くんのこと好きなんだもん!」
「ちょっ声でかいわバカ!!」


まるで鬼のような形相をしているなっちゃんに勢いよく口を抑えらる。ぐっ…くるしい…。大人しくなった私に、親友であるなっちゃんはハア、と大きなため息を吐くと顔を寄せてボソボソと言葉を発する。


「今姫野さんこっち睨んでたよ。目つけられるのだけは御免だからね」
「でたな、姫野なまえ。私の永遠のライバル」
「いや姫野さんは佐野くんの彼女だから。ライバルにすらなれてねーよ」
「うっ…ひどいなっちゃん…私は片思いすることさえ許されないの?」
「恋する相手を完全に間違えたな。相手が姫野さんとか誰だって勝ち目ないでしょ」
「それは…まあ…そうだけどさぁ…!」


姫野なまえ。私の恋する佐野くんの幼馴染であり、言葉にするのも嫌だけど佐野くんの彼女である。そして東京卍會のNo.3。肩書きですら勝ち目がないのに、姫野さんはそれはもう絵に書いたようなとびっきりの美少女で、隠れファンは数知れず。そんな完璧な女の子が佐野くんの彼女なんて…嗚呼、神様は一体私にどれだけの試練を与えるの?


「そんな叶うはずもない無謀な恋なんてさっさと諦めて早く別の男でも見つけなよ。ほら、バスケ部のエースの海崎くんとかかっこいいじゃん。爽やかイケメンって感じで」
「はー…姫野さんに優しく微笑んでる佐野くん天使なの?羨ましすぎてハゲそう…」
「ダメだ全然聞こえてねえ」


久しぶりに学校に登校してきた佐野くんに私のテンションはMAXまで上がり、そしてその隣で恋人繋ぎをしている姫野なまえに睨まれてMAXまで上がりきった私のテンションは瞬く間に地の底まで下がりきった。そう、恋する女の子の情緒はいつだってジェットコースターなのだ。


「ていうか、なんで佐野くんなのよ。確かにかっこいいとは思うけどさあ」


そんなの、私だって知りたいよ。
中学3年生で初めて佐野くんと同じクラスになった。しかも隣の席。
不良じゃない至って平凡な私でさえ、佐野万次郎の存在は知っていた。それくらい彼は、有名人なのだ。それは良い意味でも、悪い意味でも。
佐野万次郎。東京卍會の総長。無敵のマイキー。
どうしよう。なんかヘマしたら殴られたりするのかな。怖い。怖すぎる。ビビりすぎて挙動不審になっている私は、何故か机の上に置いてある消しゴムを落としてしまった。あっと思った時にはすでに私の消しゴムは佐野くんの手の中にあって、「ん」と無表情でソレを渡された。「ああああ、ありがとう…」驚いて吃ってしまった私に、佐野くんは「どーいたしまして」と少しだけ笑って、またすぐに机に突っ伏してしまった。


たったこれだけのことで、私は佐野くんに恋に落ちた。


どうして好きになったのか自分でもわからない。それでも私は確かにあの時、佐野万次郎に恋に落ちたんだ。

佐野くんはたまにしか学校に来ない。
だから週に一度会えたら良い方で、せっかく“好きな男の子の隣の席”っていう少女漫画的なポジションにいるのに佐野くんとはほとんど会話をしないままあっという間に席替えになってしまって、それからはたまに学校に来る佐野くんのことを遠巻きから見つめているだけのなんの進展もない平凡な日々。

佐野くんに会える日は本当にドキドキして嬉しいけれど、それと同時に悲しくもなる。だってーー。


「あっコラ!オマエあんまケンチンにベタベタすんなよ」
「だってマイキーが構ってくれないんだもん…」
「あん?構ってるだろ。ほら、コッチこいよ」
「ン、」
「お。今日は珍しく素直だな」
「よしよし。なまえちゃんは良い子だねえ」
「つーか今更だけどよく人前でこんないちゃつけんな」
「「別にイチャイチャしてなーい」」
「ああ、ハイハイ。オマエらにとったらこれが正常運転ってわけね。それはそれで問題だけどな」
「ケンちゃんもエマとこれくらいくっつけばいいのにぃ。そしたらエマも喜ぶよ?」
「アホか。俺は距離感バグってるオマエらとはちげーんだよ」


お分かりいただけただろうか?
佐野くんと姫野さんが、とにかくラブラブすぎるのだ。事あるごとにイチャイチャイチャイチャ。なにかあるとすぐにキス。移動するときは必ず恋人繋ぎ。
いろんな意味で校内1有名なカップルだから、二人が付き合っていることは勿論ずっと知っていたし、そのことを知った上で佐野くんに片想いしているのは確かなんだけど。それでも、それでも…!まさかこんなにバカップルだとは思わなかった。佐野くんに恋をして初めてこの二人のイチャイチャを目の当たりにした時は、あまりの衝撃に唖然とした。そしてなっちゃんを教室から連れ出して、屋上で号泣した。なっちゃん、あの時はごめんね。そしてありがとう、大好きだよ。


「もう良い加減諦めなよ。あの二人の間には誰も入れないって」


分かってる。そんなの全部全部、分かってるよ。
それでもそんな簡単に諦めきれないから、私だって困ってるんだよ。佐野くんのことが大好き。佐野くんの眠たそうな顔も、私には見せない姫野さんと龍宮寺くんだけに向けるくしゃっとした笑顔も、優しい顔も、少し拗ねたような子供みたいな顔も、全部全部、大好きなんだ。


そんなことをぼんやりと思っていたら、パチリ、姫野さんと視線が合わさる。そしてふわりと綺麗に微笑まれて、思わずボッと顔が真っ赤に染まる。か、かわいすぎるだろぉぉぉ…。隣にいるなっちゃんも「うわ、かわいー…」なんて頬を染めながら呟いてるくらいだし。姫野さんって、ほんとお人形さんみたいな顔立ちしてるよなあ。顔小さいし目くりっくりだし睫毛長いし色白だし。はあああ、羨ましい…。


「マイキー」
「ん〜?なあに、なまえ」
「このクラスの中で、誰が一番かわいい?」


良くも悪くも常に注目されているような人達だ。姫野さんの言葉に、一瞬クラスがシーンと静まり返る。
よくこんな質問できるな…って思う反面、佐野くんが何て答えるのかめちゃくちゃ気になっている自分もいる。いや、答えなんてもうわかりきってるけど。


「なまえ」


ほら、やっぱり。


「私が一番かわいいの?」
「なまえしかかわいくない。なまえがこの世界で一番かわいい」
「わあ、一気にクラスから世界になった」
「つーかそんなこと一々聞かなくても分かるだろ?」
「だって気になったんだもん…」
「俺はなまえ以外の女に興味ねーよ」
「うーん…」
「なに、信用できねーの?」
「マイキーにその気がなくても、向こうがその気があるかもしれないじゃん?」


頬杖をつきながら私のことを見据えて、姫野さんは確かにそう言った。バクバクと一気に心臓が騒がしくなって、嫌な汗が頬を伝う。姫野さんは怒っている。それも、かなり。私のことを見据えるその瞳は、あまりにも冷たい。


「興味がない女に好かれてもただ迷惑なだけだよ」


本当に心底鬱陶しそうな顔をしながら佐野くんはそう言って、姫野さんの頭をよしよし撫でる。


「俺には、なまえだけだよ」

「本当に?」
「本当に。信じて」


佐野くんがそう言った瞬間、嬉しそうに顔を緩ませて微笑む姫野さんと、そんな姫野さんを優しい眼差しで見つめている佐野くん。


「…オマエらここが教室だって忘れてね?」


龍宮寺くんに全力で同意します。いや、姫野さんに至っては100%わざとだろうけど。姫野さんの独占欲の強さは、きっと私の想像をはるかに超えるものだろう。


「マイキーのこと奪われたら、私、その女の子のこと殺しちゃうかも」


少し笑いながらそう言った姫野さんにぞくりと背筋が凍る。こっわ、怖すぎるだろ…いやマジで。絶対冗談じゃないじゃん。そして何より1番怖いのは、その言葉を聞いて心底嬉しそうな顔をしている、佐野くんだ。


「えー?なにそれ、ちょー嬉しい」


私は佐野くんのことが大好きだ。だけど、もし姫野さんが私に嫉妬して私のことを殺したとしても、佐野くんはきっとこんな風に嬉しそうに笑って姫野さんをぎゅーっと抱きしめるのだろう。そう思うと、さーーーと血の気が失せてゆく。


「…なっちゃん、」
「うん。とりあえず今週の日曜合コンだからアンタも来なよ」
「…やっぱり持つべきものは親友だよ」


佐野くんを完全に諦められたわけじゃない。それでも、頭の中で警鐘が鳴り響くのだ。これ以上佐野くんにのめり込んだら、ヤバイことになるって。
とりあえず週末の合コン頑張ろう…なんて、抱き合いながらキスをしているバカップルを眺めながらそう心の中で決意した。





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二人が“元”恋人なことは知りません。

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