「建人…本当に大好き。愛してる」


事後。寮の私のベッドの中で、そう甘い言葉を吐きながら私の身体のいたるところにキスを落とす清宮先輩。そんな清宮先輩の柔らかな髪を手櫛で梳かすように撫でると、気持ち良さそうにスッと目を細めながら私を見つめるそんな姿に、ふと猫みたいだな、なんて思う。決して口には出さないが、かわいらしい、とも。

清宮先輩は二人きりの時だけ、私のことを“ななみん”ではなく“建人”と呼ぶ。愛されている自覚はある。あるけれど…。

私と清宮先輩は、所詮、恋人同士だ。

告白は、清宮先輩からだった。あれは忘れもしない、出会ってから数ヶ月過ぎたある日のこと。
いきなり教室に入ってきた清宮先輩はそのままズカズカと私の席の前まで来て、怪訝そうな顔をしている私の胸ぐらを掴んで引き寄せるとそのままキスをしてきたのだ。
ちゅ。とリップ音を鳴らせてゆっくりと離れていく唇に、一体何が起こったんだと情報処理が出来ずにぽかんと固まったままの私に向かって、清宮先輩はそれはもう女神のような笑みを浮かべながら私にこう言ったのだ。


「ペットから彼氏に昇格してあげる」


は? と眉を潜める私に、清宮先輩は「と言うわけで今日から私達恋人同士だから、これからよろしくネ♡」とパチンとウインクをして颯爽と教室から去って行った。
いや待て待て待て。よろしくじゃないだろう。一体なにをよろしくするんだ。おかしい。おかしすぎる。今まで清宮先輩のことを五条先輩と並ぶくらいの頭のイかれたクズ野郎だとは思っていたが、ここまで頭がおかしいと流石に五条先輩を越す気がする。いや確実に越した。そもそも私は清宮先輩のことが好きではない。むしろどちらかといえば苦手な部類に入るくらいだ。そんな先輩に、私はファーストキスを奪われてしまったのか…。
ずーーーんと頭を抱えながら絶望していると、ポンっと肩に手を置かれて、視線を上に向ける。そしたら少し涙ぐんでいる灰原と視線が合わさって、思わずギョッとする。


「七海…おめでとう…!!なんか俺感動しちゃったよ…!美男美女カップルの誕生だな!!」


いやそうじゃないだろう、灰原雄。












次の日。清宮先輩の告白を丁重に断る為に2年生の教室に向かっていた私は、パタリとその足を止めた。廊下で清宮先輩と五条先輩が抱き合っていたからだ。


「さとるぅ…どうしよぉ…ななみんに会いたいのに恥ずかしすぎて会いに行けないよ〜…」
「はー…なにをそんなに照れるのかねえ。もうお前ら付き合ってんだろ?」
「だって…だって…!なっ…ななみんとチューしちゃったんだよ!?あのななみんと!恥ずかしすぎて死ぬかと思った!!!」
「キスしたくらいでそんな大袈裟な「だってファーストキスだったんだもんっ」……え、マジで?」


うん、と頬を赤らめながら頷く清宮先輩に目を見開く。いや嘘だろ…昨日のあれが清宮先輩のファーストキス?あんなに余裕のある感じだったのに?


「私はななみんに一目惚れしてからずっと全力で恋してるけど、ななみんは私のことタイプじゃないなんて言うし…だからキスしたらもしかしたら私のこと好きになってもらえるかと思って…」


かわいい。なんて、この時初めて清宮先輩に対してそんな感情を抱いた。いつも自信満々で堂々としている清宮先輩のこんな姿を見るのが、この時初めてだったからかもしれない。昨日だってあんなに余裕のある顔をしていたくせに、本当は凄く頑張っていたんだと思うと、胸がドキドキ煩くなった。
完敗だ。完全に、絆されてしまった。



「…いや、お前マジでかわいすぎ」
「ん〜?さとる?なんか顔近くない?」
「なぁ…七海なんて辞めて俺にしろよ。俺、絶対なまえのこと大事にする。幸せにするよ?」


頬に手を当てながらそう言って顔を近づける五条先輩の顔を咄嗟に片手で制する。
「え、ななみん!?」と元々大きな瞳をさらに大きくする清宮先輩と「あ?」と眉間に皺を寄せて鋭く睨んでくる五条先輩。どこぞのヤンキーみたいだな、なんて思いながら小さな溜息を吐く。


「人の彼女を勝手に口説かないでくれますか」
「おいおいおい七海ィ。ウケるんだけど。なに一丁前に彼氏ヅラしてんの?」
「一応、昨日からこの人の彼氏…ですので」


そう言ってちらりと清宮先輩に視線を向けると、嬉しそうにふにゃりと頬を緩ませた清宮先輩に飛びつくように抱きつかれて、足腰にグッと力を込める。


「ななみん、愛してる〜っ」


愛おしいなんて、そんな風に思ってしまう私も、きっと大概イかれている。












「ねえ建人…今なに考えてるの?」


少し不満気な声に視線を向けると、私の胸の上に顔を寄せながら頬を膨らませている清宮先輩。
交際してから1年が過ぎて、清宮先輩は3年生、私は2年生に進級した。喧嘩をすることもなく、至って順調だと思う。


「別に…少し、昔のことを思い出してただけですよ」
「…ふーん。元カノのこととかぁ?」
「元カノなんていませんよ。貴女も知っているでしょう」
「ふふ。そうだった。私が建人の初めての彼女だもんねえ?」


清宮先輩は、私の関心が全て自分に向いていないと許せない、独占欲の塊のような人だ。


「建人の初カノもファーストキスも童貞も、全部ぜーんぶ、私がもらったもんねぇ♡」


うっとりとした顔でそう言いながら私の頬にキスをする清宮先輩。私は、あの日から全て貴女だけのモノなのに。それなのに、貴女はーー。


「清宮先輩、」
「エッチの時みたいに、なまえって呼んで」
「…なまえ」
「なあに、建人」
「今週の日曜、久々にどこかに出かけませんか。映画とか「あー…ごめん。その日は硝子とショッピングする約束してるの」
「…そう、ですか」
「うん。ごめんね、建人。この埋め合わせは必ずするから」


ちゅう、と今度は唇にキスを落とされて、だんだんとお互いの舌を絡ませ合う、深い口付けに変わってゆく。清宮先輩はいつもこうやってのらりくらりとかわして私の元から去って行く。私を捕らえて離さないくせに、貴女はいつだって私だけのモノにはなってくれない。こんなの、不公正じゃないか。グッと言葉を飲み込んで、清宮先輩をベッドに押し倒した。










この前の日曜の埋め合わせがしたいから予定決めよ〜。なんて夜に寮の私の部屋に入ってきて我が物顔でベッドで寛ぐ清宮先輩。はー…と深いため息を吐きながらベッドの下に座り込む。


「…メールの返信くらいして下さい」
「あー…ごめんね?さっきまで悟と傑とゲームしてたの」
「それでも返信する時間くらいはあったでしょう」
「二人といるのが楽しすぎて全然携帯触ってなかった〜」


ニタニタ笑いながらそう言う清宮先輩に、カーッと頭に血がのぼるのが分かる。ずっとずっと、我慢していた。いつも言葉を飲み込んで、平然を装って。
清宮先輩に、私だけを見てほしい。私だけを、愛してほしい。そんな想いを押し殺してまで、私はーー。

清宮先輩の腕をひとまとめにしてベッドのシーツに抑えつけてその身体に跨ると、清宮先輩はキョトンとして、そしてすぐにふわりと綺麗に微笑む。


「嫉妬したの?」
「……」
「ねえ、建人」
「……」
「悟と傑に嫉妬しちゃう建人、かわいい」
「……なまえ、」
「ん〜?なあに?」


「少しお仕置きが必要みたいですね」



なまえは、私だけのモノだ。
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