「あのっ…離してください…っ」
「わーお♡近くで見てもマジでかわい〜♡」
「君◯坂とかにいそうってよく言われるでしょー?」
「ねえねえお兄さん達とご飯いこーよ♡奢るからさあ♡」
「ごめんなさいっ…ほんとに急いでるんでっ…」


…ダッセェ。俺と同い年くらいの女の子1人を囲んでニタニタ下品な笑みを浮かべる野郎どもに眉を潜める。見た感じ高校生くらいか?そのうちの一人は怖がる女の子の腕を逃げられないようにがっしりと掴んでいる。つまんねー。気持ち悪ィ。一人だとなんもできねえカスどもが。こんなヤツらがヤンキーやってるからヤンキー流行んねぇんだよ。
気付いたら無意識のうちに脚が進んでいた。その日は朝からついてないことばかりでイラついていたからかもしれない。そう、これはただの俺の気まぐれだ。



「オイ、オマエら何してんの?」
「ハア?」
「誰オマエ」
「その子嫌がってんだろ。いい加減その汚ねえ手離せよ」
「あ゛ぁん?!」
「なンだとクソガキがぁぁぁ!!」
「やんのかゴラァ!!!」
「ハッ、こいよ。ボッコボコにしてやんよ」











「大丈夫?」


全員シメてから俯いている女の子に声を掛けてれば、ビクッとその華奢な身体が震える。まあ、そうだろうな。変な野郎どもに絡まれた挙句目の前でヤンキーが喧嘩とか普通にこえーよな。あの口だけのヤンキーどもは全員逃げるように走り去って行ったし見たところこの子に怪我という怪我はない。まあ大丈夫かと「じゃあ俺はこれで」と背を向けた瞬間、ぎゅっと制服の裾を握られて「は?」と驚いて後ろを振り向く。



「助けてくれて…ありがとう」


その潤んだ瞳と視線が合わさった瞬間、俺の世界は変わった。
大袈裟でもなんでもなく、天使だと思ったんだ。
遠巻きから見た時もかわいらしい子だとは思ったけれど、近くで見るこの子のあまりのかわいさに心臓がバクバク煩くなって身体中が熱くなって上手く呼吸ができない。は、なんだコレ。こんなの、知らねえ。今まで生きてきた中で経験したことのない感情に戸惑いすら感じる。


「……いや、」
「ヒーローかと、思いました」
「は、」
「えっ、あっ、すいません…!私、変なこと言っちゃって…」
「……」
「すいません…」


カーッと頬を赤らめながら俯くこの子に胸がキュンと高鳴る。は?かわいすぎんだろマジで。かわいすぎてかわいすぎてかわいすぎて今すぐ抱きしめたいとさえ思う。散々バカにしたあのヤンキーどもの気持ちが今なら少しだけ分かる気がするわ。これは…犯罪級のかわいさ…。


「オイ」
「はっす、すいません私、ずっと袖掴んでて…っ」
「名前は」
「…はい?」
「名前、なんて言うの」


「みょうじなまえ、です。貴方のお名前は?」


これが俺と君との出会い。
そして俺、松野千冬の初恋である。





「……ふゆ、千冬!」
「…あ?なんだよ」
「なんだよじゃねーよ。何度も名前呼んでんのに反応しねーし」
「なあ今日のオマエおかしくね?朝からずっと上の空じゃん」
「どした?熱でもある?」
「いや…熱なんかねえよ」
「いやでもなんか顔赤くね?」
「マジで大丈夫か?」


心配そうに俺の顔を覗き込むダチに、俺は無意識のうちに言葉をポツリと漏らしていた。


「…一目惚れってしたことある?」


言った瞬間ハッとして自分の口を塞ぐけどもう時は遅し。一気にニヤけだすダチに思わずチッと舌打ちをする。ぜってー面白がってんだろオマエら!


「ふむふむ」
「なるほど〜そういうことね〜」
「どうりで朝から上の空だったわけだ〜」
「千冬は恋の病にかかっちゃったわけだ〜」


ウッゼェェェェ!まじでうっぜえ。思いっきり眉を寄せてギロリと睨みあげてもなおニヤニヤしているコイツらに死ぬほどイライラする。


「帰る」
「待てよ〜千冬ぅ」
「今来たばっかじゃん?」
「もっと俺らと話そうぜ?な?」


とりあえずムカつきすぎてシカトした。コイツらに話してもぜってーからかわれるだけだし。なんならネタにされて終わりだ。後ろからヤイヤイ青春だのなんだのうるせーよハゲ。青春もなにもまだ何もはじまってねーし。……いやはじまるってなにを?考えて顔がボッと赤く染まる。昨日から俺はどこかおかしい。何をしていても、頭に浮かぶのは昨日助けたみょうじなまえのことばかりだ。






いや本当は分かってる。流石の俺もそこまで鈍感じゃない。
あの潤んだ瞳に見つめられた瞬間、俺は彼女から目が離せなくなった。胸がドキドキと高鳴って、心を鷲掴みにされたような、そんな感覚。ああ俺は彼女に出会うために産まれてきたんだと、そんな馬鹿げたことを本気で思ってしまうほどに、俺はーー。


みょうじなまえ。12歳。◯◯中学の3組。少ない会話の中で得た情報はたったのこれだけ。今更ながら携帯のアドレスくらい聞いとけば良かったなんて後悔する。


「……かわいかったなぁ」


まさかこの俺が女に一目惚れする日がくるなんて夢にも思わなかった。恋愛なんかより喧嘩してた方がずっと楽しいとそう思っていたから。


「…会いてえなぁ…」


思わず口から出た本音に、ガシガシと頭を掻く。
かわいい。好き。会いたい。今すぐこの気持ちを彼女に伝えたい。
徐々に高まってゆく感情にバクバクと心臓が煩くなる。


今まで喧嘩ばっかりだった。
負け知らずだし、俺が一番偉い人間だと今でもそう確信している。
そんな俺が、何をそんなにビビってる。
好きなら好きでいいだろ。会いたいなら今すぐ会いに行けばいい。気持ちを伝えたいならすぐに伝えに行けばいいじゃないか。何も難しいことはない、至ってシンプルで、簡単なことだ。










まるで宙に浮いているような、そんな感覚だった。
居ても立っても居られなくなって、気付いたら学校から走り出していた。


「はあっはあっ」


昨日までの俺が今の俺を見たらきっと驚くだろうな。
無我夢中で走り続けている間も、頭の中を占めるのはあの子のことばかり。まるで全身の血液が沸騰したかのように熱い。すき、だいすき、今すぐあの子に会いたい。ああ、どうしよう。昨日までの俺は知らなかった。恋って、こんなにも凄いものだったんだ。









バンッ


教室の扉を勢いよく開けて足を踏み入れると、授業中だったのだろう。教師と生徒達が目を見開きながら一斉に俺を見る。教師が怒りながら俺になにかを言っているけど、何も聞こえてこない。俺はもう、あの子しか見えない。

あの子と目が合った瞬間、想いが溢れて、涙が出そうだ。



「みょうじなまえさんっ!!!!!!」
「えっ…え?」
「俺、松野千冬はーー昨日、貴方に出会って、恋に落ちました!!!!」
「…っ!?!!」
「なまえさんのことが好きです!大好きです!

俺の彼女になって下さいっ!!!!!」


一世一代の、俺の告白。



目の前の彼女は一瞬キョトンとして、そしてすぐにカーッと可哀想なくらい顔中が真っ赤に染まる。は?かわい。
ドキドキと心臓が煩いくらい脈打つ。数秒がまるで数時間のように長く感じて、ダラダラと大量の汗が頬を伝う。
どうしよう。俺、このままじゃまじで死ぬ。間違いなく心臓が爆破して死ぬ。


「……はい」
「…………え?」
「……こんな私で良ければ…よろしくお願いしますっ」
「……まじで?」
「……?ぅん…」
「よっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」


あまりの嬉しさに学校中に響き渡るくらいの大声で叫んだこの日のことは、きっと一生忘れることはないだろう。それくらい、嬉しかった。幸せだった。目の前にいる彼女を一生大切にしようと心に誓った。
そしてこの日の公開告白は、のちにこの中学の伝説となる。













ーー1年後


「楽しみだなあ。千冬が大好きな“場地さん”に会えるの!」


ふふんっ♩とご機嫌ななまえの手を取って、指を絡める。


「場地さんもなまえに会えるの楽しみにしてたよ」
「えー?嬉しいっ」
「つーかマジで場地さんカッケーからちょびっと不安かも…」
「ふふっ。自分から紹介するって言っといて?」
「いやだって場地さん男の俺から見てもスゲ〜人だもん。なまえもゼッテー場地さんカッケー!ってなるよ」
「ん〜?大丈夫。千冬以上にかっこいい人なんていないから」
「…は、」
「ふはっ。なによその顔」
「…いや、今のは流石に照れるだろ」
「じゃあ今から言う言葉聞いたらもっともっと照れちゃうかも」
「……なんだよ」


「あの日、不良から助けてくれた千冬を見た瞬間、一目見て恋に落ちたの」
「えっ」
「一目惚れって、信じる?」


いたずらっ子のように笑うなまえがあまりにもかわいくて、そのまま彼女の唇を奪った。
ああなんて幸せな世界。あの日なまえに絡んだヤンキーどもに感謝しなくちゃ、なんて。割と本気でそんなことを思ってしまうくらいには、もう君のいない人生なんて考えられないんだ。
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