「なまえ…っ」
「えっエマどうしたの?!」
「振られちゃった…っ」
「……え、」
「ドラケンにっ、振られたぁっ…」
うわぁぁぁん、と泣きながら私に抱きついてくるエマの背中をさすりながら、私の心臓はバクバク煩いくらい脈打っていた。とりあえず中に入ってと、部屋の中に案内する。
今日は日曜日だけど、いつも通りママもパパも仕事でいないから良かった。
ベッドの上にエマと並んで座る。ひっくひっくと肩を揺らしながら涙を流すエマの手をぎゅっと握った。
「……ドラケンね、すきなひとが、いるんだって」
エマはぽつりとそう呟いて、「……知らなかった」なんて眉を下げて笑う。
「あーあ…ドラケンの彼女になりたかったのになぁ…」
私も、知らなかった。ドラケンの好きな人はずっとエマだとそう信じてやまなかったから。だって、エマのことを見つめるドラケンの眼差しは、いつだって優しくて愛情に満ちている。そう。それはまるで、恋する瞳のように。
明日ドラケンと二人で映画観に行くんだっ♡なんて昨日嬉しそうにそう言っていたエマの顔を思い浮かべて、胸がズキリと痛む。エマはいつだってドラケンのことだけを見ていた。ドラケンのことが好きで好きでたまらなくて空回っちゃうこともあったけど、それでもいつだって本気の恋をしているエマはかわいかった。ドラケンとエマは誰が見てもお似合いで、まだ付き合っていないのが不思議なくらいだった。それなのに。
「辛いよぉ…っ」
エマの華奢な身体をぎゅうっと抱きしめる。
「エマ…」
「ひっく…なあに?」
「エマぁ…っ、ごめんっ、ごめんねっ」
「えっ?!な、なんでなまえが泣くのぉ…!」
お互い涙を流しながら抱きしめ合う。
ドラケンのことを好きになってごめんね。エマに話せなくてごめんね。二人のことが心の底から大好きなのに、それなのに…。二人が付き合わなければいいのに。なんて、そんなひどいことをずっと心のどこかで思っていたの。二人の幸せを1番に願っているはずなのに。そんなちぐはぐな感情に胸が苦しくなって、醜い自分のことが大っ嫌いでたまらなくて、そんな私がドラケンに好きになってもらえることなんてきっと一生かけてもないんだろうと思った。
「なまえ、大好き…」
「うん。私もエマのこと大好き」
その日エマは私の家に泊まって、一日中エマの傍から離れなかった。
なんだかエマが離れていってしまいそうな気がして少しだけ胸騒ぎがしたのを、今でも鮮明に覚えてる。
その数ヶ月後だった。エマが殺されたのは。
バイクで走っている男にバッドで頭部を殴られたらしい。東京卍會と天竺の暴走族の抗争に巻き込まれたのだ。
マイキーにおんぶをされて病院に向かう途中で、亡くなったと聞いた。享年、14歳。
その日は真一郎くんの命日だった。
正直、あまりのショックにこの頃の記憶はほとんど残っていない。
エマのお葬式でドラケンは声を上げて泣いていた。私は、泣かなかった。いや、泣けなかった。エマの死をどうしても受け入れることができなかった。だってエマの死を知らせる電話が来る数時間前だって、私達はいつも通りメールのやり取りをしていたのに。それなのに、もうこの世に存在していないなんて。ねえ、嘘だよね?お願いだから嘘って言ってよ、エマ…っ。
お姉ちゃんみたいで、妹みたいで。笑顔がとってもかわいい女の子だった。大好きだった。大切だった。
東京卍會は解散したと噂で聞いたけれど、そんなこともうどうでもよかった。何もかもどうでもよかった。もう、生きる意味さえわからない。なんでエマは死んだのに、私は生きてるの?
最期まで言えなかった。私もドラケンのことが好きだって。ごめん。ごめんね。エマ。
もう、ドラケンのことは忘れるから。友達も、彼氏も、なにもいらない。私にはエマだけだから。だから寂しくないよ、エマ。ずっと、ずーっと、一緒にいるよ。
「…っ、なまえ!」
いきなり腕を掴まれてえっと顔を上げると、凄い形相をしたドラケンがいて、思わず目をパチクリと瞬きさせる。あ、隣にマイキーもいる。
「え…どうしたの二人とも…」
「どうしたのじゃねーよ!!オマエ、学校もほとんど来てねえし電話してもメールしても返事ねえし流石に心配すんだろッ!!」
「…ケンチン、落ち着いて」
「マイキーだってコイツのこと心配じゃねーの!?」
「心配だよ。心配だからわざわざなまえのクラスまで来たんだろ?」
休憩時間。お手洗いに行くために教室を出てすぐのことだった。周りからの視線が痛い。そういえばここ最近全く携帯見ていなかったし、なんなら学校に来たのもかなり久々だ。二人とも私の家に何度か来ていたけどいつも無視してた。…分かってる。私だけじゃなくて、みんなが辛いことくらい。でも今は正直、そっとしておいてほしい。
「……ごめんね。心配してくれて、ありがとう」
「…オマエ、ちゃんの飯食ってんの?痩せただろ、」
「…たべてる」
「じゃあ朝は何食った?」
「………パン」
「ぜってー嘘だろ」
「ほんとだもん…ほんとだから、腕、離して」
「あぁ…悪ぃ」
ドラケンはばつが悪そうにバッと私の腕を掴んでいたその手を離すと、すぐに頭の上に大きな手のひらが乗って髪の毛をわしゃわしゃされる。
「なんでもいいから食えそうなもん食え。後ちゃんと寝ろ。隈やべえぞ」
「……うん」
「なまえ」
「?なあに、マイキー」
「頼むから変なこと考えんなよ。エマはそんなの望んでねえ」
気付いて、たんだ。マイキーも、ドラケンも。
私が、死のうとしていたことに。
「っ、うわぁぁぁぁん」
学校の廊下で声を上げて泣いた。
エマが亡くなってからずっと泣けなかったのに、プツリとまるで涙腺が決壊したみたいにわんわんと子供みたいに泣き続けた。周りの視線なんてどうでもいい。マイキーがぎゅうっと包み込むように抱きしめてくれて、ドラケンは頭を優しく撫でてくれた。
エマはもういない。二度と会えない。悲しい。寂しい。辛い。
もう一度、エマに、あいたい、
その日からドラケンとマイキーは私にべったりになった。学校に行く時も、休憩時間も、お昼ご飯も、帰る時も。メールだって1日に何十通もくるし返事が遅いとすぐに電話がかかってきた。多分…いや絶対、私が変な気を起こさないように見張っていたんだと思う。
あの日から月日が流れて、私達は大人になった。
あの時のマイキーの言葉が、私を今でも生かし続けている。
“エマはそんなの望んでねえ”
本当にそうなのかな。なんて、時よりふとそう思ったりもする。
エマは寂しんぼだから、私も天国に逝ったら喜んでくれると思うんだけどなぁ。そんなことが頭を過ぎるたび、いつも生きていることが辛くなって、嗚呼明日死んでみようかな。なんて思うんだ。
でも結局私は生きている。エマのいない世界を、今でも。
ベランダでタバコの煙をふーっと吐き出していると、手に持っているスマホがブーブーと震えだす。
スピーカーを押して、『なあに?』と声をかける。
『今何してんの』
『仕事〜』
『あ?今日休みだろ。たこ焼き買ったから一緒に食おうぜ』
『え?暇なの?仕事は?』
『今日俺も休みだし』
『ふーん』
『もう家の前に着いた』
えっ。とベランダの下を見ると、ドラケンがニッと笑ってたこ焼きの入った袋を上げている。
…私が出かけてたらどうするつもりだったんだろう。まぁ、ドラケンは私が休日ほとんど家に引きこもってるの知ってるしなあ。
通話を切って、短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
ドラケンへの想いを断ち切ってからもう何年になるんだろう。
ピンポーンと部屋のチャイムが鳴って、はーいと玄関の扉を開ける。
「あ゛〜さみィ」
「雪降りそうだよね」
「夜から降るらしいぜ」
「えぇマジぃ?最悪」
時々ドラケンは今日みたいに突然うちに来る。後、マイキーも。多分、生存確認なんだと思う。
コタツに入った瞬間気持ち良さそうに顔を緩めるドラケンに思わずふっと笑みを浮かべる。
テレビを見ながらドラケンが買ってくれたたこ焼きを食べて、他愛のない話をする。
「なあ、」
「ん〜?」
「好き」
「え、なにが」
「オマエが」
「…は?」
「好き」
「…なんで二回言ったの」
「聞こえてねえのかと思って」
本当に聞こえなかったら良かったのに。
なんとなく、気付いていたの。ドラケンの想いに。ドラケンがエマに言っていた好きな人が、誰なのかも。
それでもずっと、気付かないフリをしていた。だってこんなの、絶対に許されない。許されては、いけない。
「……前に言ったじゃん?私は誰とも付き合う気ないって」
「ああ。言ってたな」
「じゃあなんで…」
「エマが、」
「は?」
「エマが、俺に何度も言うんだ。夢の中で。
なまえを助けてあげて。って。何度も、何度も。あの日から、ずっと」
「え…」
「エマは、知ってたんだよ。亡くなる数日前に、俺にこう言ってた」
「ドラケンの好きな人って、なまえだったんだね」
「……は?」
「ウチね、嬉しかったんだ」
「……」
「ドラケンの好きな人がなまえで。だってエマもなまえのことが大好きだからっ!」
「……エマ、」
「だから、絶対なまえのこと幸せにしてあげて。約束だよ?なまえもきっとドラケンのこと…」
「え?」
「ふふっ。なんでもない!
二人の幸せが、エマの幸せだから」
「……っ」
目頭がぐっと熱くなって、堪えきれなかった涙がぽたぽたと頬を伝う。知ってたんだ、エマは、全部、全部。それなのに、私は…っ。
最低だ。結局私はいつだって自分のことばかりだった。そんな私が、今更ドラケンと幸せになる資格なんてない。エマはもう、この世にいないのに。
「もう、自分を許してあげて」
懐かしい声色に、目を見開く。目の前には、あの頃のまま、中学生の姿のエマが穏やかな表情で私のことを見つめている。…なんで?どうしてこんなにも酷い私のことを、そんなに優しい眼差しで見れるの?
「なまえは優しいから。ずっとエマにドラケンのことが好きだって言えなかったんだよね。そのことをずっと後悔してるの、エマ、知ってるよ。エマはなーんにも怒ってない。むしろ、エマのところに来ようとしているなまえに怒ってる。なんで?なんで幸せになったらいけないの?なまえが何か悪いことした?なんにもしてないじゃん。
ねえ、エマの分までケンちゃんと幸せに生きてよ。それでおばあちゃんになって、たくさんの孫やひ孫たちに囲まれて、ああ、私の人生、幸せだったなあ。なんて思いながら、眠るように生涯を終えるの。
そしたらエマ、なまえのことを迎えにいくからさっ」
ニコッとあの時と何も変わらない笑みを浮かべるエマに涙が止まらない。好き。好きだよ。大好きだよ、エマ。ごめん。ごめんね。ありがとう。本当に、ありがとう。エマ。エマ…っ。
分かってる。分かってるよ。エマもなまえのことが大好き。だから、ねえ。ずっと今まで傍にいて支えてくれたケンちゃんの気持ちに、きちんと向き合ってあげて。なまえなら、できるよ。
「なまえ…!おい、なまえっ!」
「…え?あ、ドラケン…?」
「さっきからずっと名前呼んでんのに反応ねえからマジで心配した…。大丈夫か?」
「エマが…」
「え?」
「エマが、いたの」
「……エマはいるよ、ずっと。俺らの傍に。
俺らのことが心配で心配でたまんねーんだって」
「……ふふっ、なにそれ、」
「なあ、なまえ」
「……」
「好きだよ」
「……っ」
「中坊の時から、ずっとなまえのことが好きだった。
結婚を前提に、俺とお付き合いしてくれませんか」
「………っ、しっ…」
「し?」
「幸せにっ、して、くれるっ?」
その瞬間、ぎゅーっと苦しいくらい抱きしめられて、「宇宙一の幸せ者にしてやるよ」なんて言ってくるから、少しだけ笑ってしまった。ドラケンの声が少し震えていることには、気づかないフリをした。
そんな私たちの姿をエマが安心したような顔で見つめていて、ずっと心配かけてごめんね。そんな意味を込めて、ドラケンの背中に手を回した。
ねえ、エマ。
私、これからの人生
エマの分まで精一杯生きてみる。
ドラケンと一緒に。
あ、マイキーのお世話もきちんとするから心配しないでね?
だから、ねえ。
最期の時は、ちゃんと私のこと、迎えに来てね?
約束だよ。
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