げんじつぜんぶわるいゆめ



及川徹という男は、完璧だ。
誰もが振り向く整った容姿、バレーの才能、頭脳明晰。人当たりも良く、常に女の子達から黄色い声援を浴びている。非の打ち所がないとはこのことか。私はそんな徹の彼女で、一年の頃から付き合っている。

徹の取巻きだった友達に誘われて、気乗りしないまま初めてバレー部の試合を観戦した。
一瞬で心を奪われた。
世界が変わったと思った。

産まれて初めて、恋をした。
初恋、だった。
「及川くんのことが、すきです」
同じ学校だけどクラスは違くて、接点なんてほとんどない私の告白を、徹は「じゃあ付き合う?」なんてにこやかな笑顔でOKしてくれた。夢かと思って、何度も頬をつねって、その度に感じる痛みにこれが現実であることを実感して、一人になった瞬間嬉しさのあまり涙が溢れた。



幸せだった。徹の彼女になれて、本当に毎日が幸せに満ちていた。


でも…なんでかな。今はどうして徹と付き合っているのか、分からなくなってしまった。



「ん…っ、はあっ、」


私の上で夢中になって腰を振っている徹の頭の中はエッチなことでいっぱいなんだろうなあ。
徹とのエッチはすきだ。気持ちいし…それになにより最中の時だけは徹は私のことでいっぱいになるから。なんて、自分が健気すぎて笑えてくる。


「ひまり…きもちい?」
「ぁっ…んやっ…きも、ちぃ…っ」
「かわいい。すき。すきだよ、ひまり」
「ひっ…いきなりはげし…っ」


さっきよりも激しく腰を打ち付けられて、パンパンッと肌と肌がぶつかり合う音が私の部屋中に響き渡る。身体は繋がっているのに…徹は目の前にいるのに…どうして私の心は満たされずに、寂しいままなんだろう。


「あ゛っ…!イく…っ!」


眉を潜めてぶるっと身体を震わせながら、徹は絶頂した。ゴム越しに徹の熱い液体が放たれて、そっとお腹の上からその場所を手でさする。
徹はまだ荒い呼吸のままゆっくりと腰を引いて、慣れた手つきでゴムを縛ってそのままゴミ箱にポイっと捨てる。
後処理をして、そのままベッドに二人並んで横になる。徹はなにかを考え込むような顔でじーっと私の顔を見つめてきて、ん?と不思議に思ってその綺麗な瞳を見つめ返す。


「ねえ」
「ん?なあに?」
「セックス、気持ち良くない?」
「えっ…」
「いや…最近イかないから…」
「ちゃんと気持ちいよ?」
「でも、お前ヤってる時も他のこと考えてるじゃん?」
「…そんなこと、」
「は、なにその反応。もしかして、他に好きな男でもできたとか?」
「っ、なんでそんな酷いこと言うの?」
「そう言わせてんのはお前だろ?」


ピリピリとした空気が張り詰めて、呼吸がしづらい。
徹の綺麗な瞳が真っ直ぐに私の瞳を射抜いて、耐え切れなくて咄嗟に視線を逸らしてしまう。
顔を見なくても、徹が今物凄く怒っているのが分かる。
そもそもなんで私が徹にそんなこと言われなくちゃいけないの?
私が今までどれだけ…我慢してきたと思ってるの?


徹の一番はいつだって、バレーだ。
それは全然いい。むしろ自分の好きなものにこれだけの熱を注ぐことができる徹のことを本当に心の底から尊敬しているし、私は徹のそんなところに惹かれたんだと思う。
じゃあ二番は、私?…どうなのかな。自信ないや。
徹はよく、私の顔をかわいい綺麗だとたくさん褒めてくれる。自分で言うのもなんだけど、私は人より恵まれた容姿をしている。それこそ今まで告白なんて数えきれないほどされてきた。だから…自分から誰かに恋をするのも、告白したのも、徹がはじめてだったのに…。


徹にとってバレーはなくてはならないものだと思う。
だけど徹にとって“彼女”という存在は、顔がかわいければ誰でもいいんじゃないの?


「……烏野の、マネの子、」
「は?」
「こえ…かけてた…」
「ああ…見てたの?」
「うん…」
「別に深い意味はないよ。美人な子だなあとは思ったけど。そん時に話してみたい気分だっただけ。ガン無視されたけど」
「……」
「なに?もしかして妬いてんの?」


カァァァァと、頭に血がのぼるのが分かる。
私が今までどんな気持ちで徹と一緒にいたと思ってるの。徹が目の前で取巻きにきゃっきゃっされたりべたべたされても何も言わなかった。バレンタインの日に両手に抱えきれないくらいチョコを貰ってきて自慢されても、烏野の美人なマネージャーにデレデレ顔で声をかけていても。何一つだって口出ししたことなんてなかった。

なんでか分かる?徹のことが好きだから。大好きだから。めんどくせえ女って思われたくなくて、振られたくなくて。理解のある彼女でいようって必死に自分の気持ちを押し殺してきたのに。
バッと顔を上げると、にやにやと嬉しそうな顔をしている徹と視線がぶつかって、急激に熱が冷めていくのが分かる。

嗚呼、そうか。
この人は、及川徹は。
私のことなんて、はじめから好きじゃなかったんだ。
なんで今まで気付かなかったんだろう。


「ひまり…」


端正な顔が近づいてきて、キスをされるんだと思った。徹とのキスが好きだった。だけどもう、二度としない。これが徹との…最後の、キス。
ちゅっと柔らかな唇が離れて、徹にふわりと包み込むように抱きしめられる。


「徹…」
「ん?なあに?」


「別れよう」


「………は?」


私のことなんて好きじゃないくせに
そんな泣きそうな顔なんて、しないでよ。