我が愛を喰らえ



「及川先輩、お弁当作ってきたんですけど、もし良かったら食べてください…っ」


別に何も変わらない、いつもの日常風景。

今日は雑誌の撮影は午後からだから、バレー部の朝練を体育館で見学して、朝練が終わったみんなと合流して一緒に体育館からでた瞬間、一斉に女の子達に囲まれる徹。
その取巻きの中の一人の子が、顔を真っ赤に染めながら徹に手作りのお弁当を差し出している。…わあ、いかにも純粋そうな子。マッキーが「お、かわいい」なんてボソッと呟いてる。へえ…マッキーこういう子がタイプなんだ、知らなかった。まだ少しあどけなさが残っているその子は、きっと一年生なんだろう。
…一年でも流石に私と徹が付き合ってることは知ってるよね?え、もしかして彼女がいても及川先輩のことを諦めきれない!とかそんな感じ?

徹はキョトンとして、そしてふわりと綺麗に微笑む。…なにその顔。そんな顔、私以外の女の子に見せないでよ。今日のお昼は屋上で一緒に食べようねって約束してたのに、徹はその女の子が作ったお弁当を食べるの?そんなの嫌…絶対に嫌だよ…。

結局なにも、変わらない。仲直りもしたのに…なんなの。徹のバカバカ。早漏。変態。浮気者。
岩ちゃんがぐっと眉間にシワを寄せて「オイ」と徹の肩を掴もうとした瞬間、徹は「ごめんね」とその女の子に向かって両手を合わせて謝って、ピタリと岩ちゃんの手が止まる。


「みんなも知ってると思うけど、俺、彼女いるから。彼女悲しませたくないから、これからはこういうの受け取れません。ごめんね。いつも応援してくれてありがとう」


眉を下げて申し訳なさそうに徹がそう言って頭を下げると、女の子達がバッと一斉に私の方を見て、思わず身体がビクッとしてしまう。


「知ってます!勿論知ってますよ!及川さんと栗原さんは青城みんなの憧れカップルなんですから!!」
「え?そーなの?ありがとォ☆」
「でもそれとこれとは別っていうか…!」
「別??」
「そうです!!」
「二人は美男美女でお似合いだし誰も栗原先輩に敵うなんて思っていません!!」
「流石に相手が悪すぎますって!!」
「まあ、俺の彼女めちゃくちゃ美人でかわいいからね〜♡」
「っ、だからみんな及川さんと栗原さんの仲を邪魔するつもりは一切なくて!」
「ただアイドルにキャーキャするみたいに、及川先輩のことを応援したいだけっていうか…!」


必死に詰め寄って徹の手をぎゅっと握る女の子に、イライラがとまらない。徹に、触らないで。その人は、私のなのに。
徹はやんわりとその手を離すと、私をじいっと見つめて優しく微笑んで、そして腕を掴まれてぐいっとその身体に引き寄せられる。…え?女の子達の悲鳴が聞こえてくるけど、徹はそのまま私のことを腕の中に閉じ込めたまま、離さない。


「だとしても、彼女のことが大切だから。ひまりに嫌な思いさせたくないし、嫌われたくないし、大事にしたいんだ。ごめんね」


徹が真剣な表情でそう言えば、女の子達は目に涙を滲ませながら走り去って行って、徹はフー…と息を吐く。徹のためにお弁当を作ってきたあの女の子は、ギロリと私のことを睨みつけて、そして悔しそうにその場から離れていった。…こわぁ。誰が純粋そうな子よ。これだから女は信じられない。


「やるじゃん、及川〜!」
「い゛っ…!痛いよマッキー!!」
「ひまりちゃんのこと大切にしてやれよ。じゃないとあっという間に誰かに奪われるぞ」
「は!?誰に!?!?」
「ん〜?…俺とか?」
「まっつんやめて!!冗談でもやめて!!」
「いやでもガチでひまりちゃん狙いの野郎多いからなあ」
「ひまりは青城バレー部のアイドルだし?」
「はぁぁぁぁ!?なにそれ!ひまりは及川さんだけのアイドルですからぁ!!!!」
「うっせーぞクソ川。栗原の鼓膜が破れる」
「ちょっと岩ちゃんさりげなくひまりの頭撫でないで!!」
「あ゛ぁ?」


ギャーギャー騒ぎはじめるいつものメンバーにクスクス笑いながら、徹の背中に手を回して、そしてぎゅうっと甘えるように抱きつく。鍛えられた、逞しい身体。朝練の後だからほんの少し汗の匂いも混じってる。すりすりと擦り寄ると、愛おしさがこみ上げてきて…なんだか涙がでそうになる。


すきなの。徹のことが、だぁいすき。


「ん〜?ひまりちゃん?どーしたの?」
「とおる、」
「なあに?」
「もう、私だけの、とおる?」
「今更?俺はずーっと、ひまりだけのだよ」
「んん…大好きぃ…」
「俺も大好き♡ねえ、ひまりもちゃんと言って?」
「私は、とおるだけの、だよ?」


見つめ合って、自然な流れで唇同士が触れ合う…寸前のところで、岩ちゃんにバッと引き離される。…あ。頭の中が徹でいっぱいで、すっかりみんなのこと忘れてた。


「お前ら人前でいちゃつくなってあれほど…!ほんと学習しねえなあ!このバカップル!」
「え〜岩ちゃん僻みは良くないよ〜?」
「ぶん殴るぞテメェ」
「グハッッ…!もう殴ってるよ!!!!」
「ふはっ。相変わらず仲良しだねえ」
「「どこが!?!?」」

「あー…俺も彼女作ろっかな…」
「女の子紹介しようか?今度は大学生のキレイ系」
「まっつんの知り合いの女だいたいビッチだから遠慮しとく…」
「なにその偏見」
「偏見じゃねえよ事実だよ!!」





「さみしい」
「さみしいの?」
「うん…」


お昼ご飯を食べたらすぐに撮影のために早退をするから、一緒に屋上にお弁当を食べに来てから徹はずうっと、そればかり。口を開けば、さみしい、さみしい。思えば昨日の喧嘩でお互いの本音をぶつけあってから、徹は前よりもっとストレートに愛情表現をしてくれるようになった。
徹と付き合ってから今までほとんど喧嘩という喧嘩はしてこなかったけれど、昨日の喧嘩は私達にとって必要なものだったんだと思う。やっぱり一番大切な人に本音を言えないのは、辛くて…寂しいから。いつかは絶対に、限界がきてしまう。


「よしよし。撮影が終わったらすぐに連絡するね」
「ん。部活終わってたら迎えに行く」
「いいの?ありがとぉ」
「当たり前でしょ、彼女なんだから。あ、でももしまだ部活終わってなかったらごめんね」
「ん、大丈夫。お家でだぁいすきな彼氏をいい子で待ってるね♡」
「ねえ、なんでそんなかわいいこと言うの?好き♡」
「私も徹好き♡」
「はぁ……早く夜にならないかな〜」

「あっ」
「ん?どーした?」
「明日から…徹のお弁当、作ってもいい?」


ちらりと徹を見ながらそう言えば、徹は目をまんまるに見開いて、そしてぽろっと口元から牛乳パンのかけらが落ちる。…え?そんなに驚く??


「いっ」
「い?」
「いいの!?!?」
「えっうん。徹が良ければ…」
「いっいいに決まってる!!えっむしろほんとに作ってくれるの!?」
「うん。流石に早朝に撮影がある日は無理だけど…」
「そんなの全然いいよ!うわぁめちゃくちゃ嬉しい…実は彼女からの手作り弁当、ずーっと憧れてたんだよね!」
「え、そーなの?」
「そーなの」
「徹は購買の牛乳パンが一番なのかと思ってた」
「ぶっ…そりゃあ牛乳パンも大好きだけど、彼女の手作り弁当が一番だよ!優勝!!」
「ふはっ。優勝って」

「ねえ、ひまり」
「ん?なあに、徹」
「朝の、嫉妬した?
もしかして…だからお弁当作ってくれるの?」
「…………うん。徹は私のお弁当しか食べちゃだめなの」
「はぁ…かわいいぃ…めちゃくちゃ嬉しい…ほんとに大好き…」
「…あの子、嫌い」
「あの子?お弁当作ってきた子?」
「うん…めちゃくちゃムカついた。徹は私の彼氏なのにって。今思い出してもイライラする…ていうかあの子絶対腹黒だし。マッキー趣味悪いっ」
「ふははっ。なんでマッキー?」
「あの子のこと、かわいいって言ってた」
「そーなの?あー…でも確かにマッキー好きそうかも」
「徹は?」
「え?」
「徹はあの子のこと、ほんの少しでも、かわいいって思った?」
「まさか。眼中にもないよ。
ひまりが世界中の誰よりも、一番綺麗でかわいい」


俺にはひまりだけだよ。そんな甘い台詞を恥ずかしげもなく言ってくれる徹はまるで本物の王子様のようで、胸がドキドキしておかしくなりそうだと思った。私も徹だけよ。頬に手を当てながらそう言って、唇にちゅうっと触れるだけのキスをする。


「牛乳パンの味だぁ」
「卵焼きの味だぁ」
「「ふはっ」」


好きとか愛してるとか、そんなありきたりな言葉じゃ言い表せないこの感情を、人はなんて呼ぶのだろう。