綺麗な薔薇には棘がある

俺は今恋をしている。
どんな人かって?
それはもうびっくりするくらい綺麗な人。
彼女を見てからクラスの女子がみんな芋にしか見えなくなった。
大袈裟かと思われるかもしれないが、冗談抜きで生まれて初めてあんなに美しい人間を見たんだ。

そう、俺はカフェで一人座ってコーヒーを飲んでいた彼女に、一目惚れをした。


透き通るような美しい金色のサラサラのロングヘアー
ぱっちりとした猫の様な大きな目に綺麗なヘーゼル色の瞳
遠目からでも分かるバッサバッサの睫毛
鼻筋の通った高い鼻とぷるんとした薄桃色の唇
小さすぎる顔に粉雪みたいに真っ白な肌
彼女は神様が作った最高傑作なんじゃないかと本気で思った。

あまりの美しさに声をかけることも出来ず、ただただ見惚れていた。
俺と一緒にいたダチも、その他大勢の男の客も、みんながみんな彼女を見ては鼻の下を伸ばしていた。




名前も年齢も分からない。
制服を着ていたけど、どこの高校か分からなかった。


何度も彼女を見かけたあのカフェに足を運んでみたけど、あれから一度も彼女は現れない。

それでも忘れられなくて、学校終わりにカフェに寄ったりカフェの周辺をぶらぶら歩くのが日課になっている。
ダチはみんな口を揃えてそんな不毛な恋は諦めろって言うけど、そんな簡単に諦められる恋ならとっくの昔にそうしてる。


だって本当に綺麗だったんだ。
天使だと思った。








今日も今日とてあのカフェに足を運ぶ。
今日こそは、なんて来るたびに期待しては撃沈する毎日。


だけど今日はいつもと違った。


あの日みたいに、全ての男客がある一つの席を見て浮き立っているのだ。
ざわざわ、ざわざわ
皆が皆、目をハートにさせて、鼻の下を伸ばして、蕩けた顔をしてる。


俺は神に感謝した。


いたのだ、俺が夢にまで見るほど恋い焦がれた、あの美しい彼女が。


彼女は以前と違ってメロンソーダを飲んでいた。
今日はコーヒーじゃないんだ。
コーヒーを飲む彼女も何だか大人っぽく見えて素敵だったけど、メロンソーダを飲む彼女は何だか少しあどけなく見えて可愛らしく見える。


俺は意を決して彼女の隣の席に座った。


店員がきてなんとなく彼女と同じメロンソーダを注文して、チラチラ隣の席に座る彼女の横顔を盗み見る。
彼女はメロンソーダを飲みながら、片手でカコカコ携帯をいじっていた。
…誰だろう?友達かな?それとも、彼氏、とか?
いや、これだけ綺麗なんだから、彼氏がいない方がおかしいだろ!いやでも、まだいるって決まったわけじゃないし…。もし、もし仮に彼氏がいなかったとしても、こんな冴えないどこにでもいそうな男なんてきっと彼女は相手にしないだろうな…。そんなことを一人頭の中でぐるぐる考えて落ち込んでいると、「お待たせしました。こちら、メロンソーダになります」と店員がメロンソーダを持ってきた。
よし、落ち着け、落ち着くんだ。
とりあえずメロンソーダを一口飲んで、一呼吸。



勇気を出せ。
ずっとずっと会いたくてたまらなかった彼女が今隣にいるんだぞ。
今日を逃したらもう二度と彼女に会えないかもしれない。
そうしたら、俺は間違いなくこの日を一生後悔するだろう。


よしっっ!!



「あの…」



絞り出した声は思ったより小さくて彼女に聞こえてるか不安になったけど彼女の耳にはきちんと届いていたみたいで、ゆっくりと見ていた携帯からヘーゼル色の綺麗な瞳が俺と交わる。その瞬間、身体中がぶわっと沸騰するみたいに熱くなった。

だって…こんなのっ………かっ…かわいすぎるだろ…っ!!!!!!!

なんなんだ!なんでこんなに彼女は綺麗なんだ!?彼女はもはや人間ではないのか!?本物の天使だったのか!?!?
浮世離れした美貌の持ち主に見つめられガチガチに硬直している俺に彼女は不思議そうにこてんと首を傾げた。(か…可愛い…!)



「あの…?」
「あ……あの、俺、」
「はい」
「このカフェのすぐ近くにある○○高校に通ってる1年の佐藤と言います…」
「ん?」
「3ヶ月前に、このカフェで偶然あなたを見かけて、ひ、一目惚れをしまして…」
「……」
「す、好きです…。あなたのことが、好きなんです…」


緊張のあまり語尾がしぼんでしまったけど、なんとか気持ちを伝えられた。
彼女はきょとんとしている。
しばしの沈黙。
…冷や汗が頬を伝う。
頼む、頼むから何か言ってくれ天使ちゃん…!
そんなことを願っている最中にまた店内がざわざわし始めて、いたるところから女の甲高い悲鳴も聞こえる。
一体こんな時になんなんだ…!とイライラしながらその騒ぎの中心に視線を向けると、そこには信じられないくらい美形な白髪の長身の男が立っていた。


う、嘘だろ…!?


俺はついさっきまで、今目の前にいるこの彼女が人類で一番美しいと信じてやまなかった。

それがたった今覆った。

白髪の長身の男は、今目の前にいる彼女と同レベルの美しさなのだ。
黒いサングラス越しでも分かるあまりの美しさに、男の俺ですらも見惚れてしまうほど。

女性客の注目を一斉に浴びながら白髪の長身の男は嫌味なくらい長い足でゆっくり此方に向かってきて、隣の席に座る彼女に向かってにっこりと微笑んだ。


「お待たせ、希」










ま、ま、まじかーーーー。
詰んだ。終わった。全てを悟った。
そうだよな…これだけ人間離れした美しい容姿をしていたら、そりゃ同レベルの超絶美形の彼氏がいてもおかしくないよな。むしろ自然だよな。いや、分かっていた、この恋は報われないって。分かってはいたけど、こうもあっさり終わるとは…。
はーーーーーー悲しすぎて涙も出ねぇよ…。

「超美男美女…」
「モデル?付き合ってるのかな?」
「お似合いすぎる…目の保養…」

おいやめろ。頼む。これ以上俺の傷を抉らないでくれ…!


完全に撃沈した俺に、何を血迷ったのか天使改め希ちゃんは「大丈夫?」と心配そうに顔を覗き込んできた。
えっっっっ…。とびっくりする俺を凝視する白髪超絶美形は希ちゃんに「何こいつと知り合いなの?」と不機嫌そうに聞いている。


「ん?知り合いって言うか、さっき告白された」
「!?!?」
「は?まじで?なぁ、お前まじなの?」
「ひっ…」

ここここ怖すぎるっ!!!!めっちゃ眉間にシワ寄せながら睨んでくる!!美形だから余計怖いぃぃ!!


「私に一目惚れしたんだって」
「はっ。一目惚れねぇ?お前どうせこいつの外見しか見てねぇんだろ。つかお前こいつと並んで釣り合うとでも思ってんの?」
「おおおおおお思ってません…!」
「お前みたいな雑魚が希に告白なんておこがましいにもほどがあるんだよ。お前自分の顔鏡で見たことあんの?あ、もしかして鏡割れてる?」
「悟」
「あ゛?」
「その辺にしときなよ。流石に佐藤くんが可哀想だよ」


みょ、名字覚えていてくれた…!
あぁダメだこんな状況なのに嬉しすぎて泣きそう…やっぱり希ちゃんは外見だけじゃなくて中身も天使だった…。


「は?なんだよ佐藤って。お前こいつのこと庇うわけ?」
「庇うっていうか、流石に悟言い過ぎだよ。佐藤くん怖がってるじゃん」
「男がこんなことでビビってんじゃねえよ」
「すすすすいません…!」
「さーとーる」


「チッ。おいサトウ。お前に分からせてやるよ。その小せぇ目ん玉見開いてよーーく見ときな」


白髪超絶美形は苛立ちながらそう言うと、希ちゃんの後頭部をガッて掴んで強引に唇を奪った。


「!?!?」


瞬間、カフェの店内中から割れんばかりの悲鳴があがる。


「んっ…ぁ…ん、…」
「……はっ…」


嘘だろしかも舌入れてんじゃん!?!!!
これはヤバイヤバイヤバイいくら超絶美形だからってあんたこんなところで何やってくれてんだ!!!!!
しかも希ちゃんから漏れてる吐息や声がエロすぎて俺は頭ん中がショート寸前だよ!!!
周りの客達はバタバタ鼻血を出しながら倒れはじめた。
そして俺の鼻からもツーと一筋の赤い血が流れる。



瞬間、うっすら瞼を開けた希ちゃんと視線が合わさって、そして俺を見ながらそれはそれは幸せそうに目を細めた。
ゾクリ、背筋が凍る。


「……はっ……これで分かっただろ?コイツは俺のもんだから」


2人の唇が離れて、透明な糸がぷつんと切れる。
嫉妬に支配されている“さとる”の後ろで、希ちゃんは人差し指を口元にあてて俺ににっこりと微笑んだ。




嗚呼。この子は、この男に嫉妬してほしくて、わざと興味がない俺を庇うフリなんかしていたのか。


天使の様に美しい女の子は、
もしかしたら天使の皮を被った悪魔なのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は青ざめた顔で残っているメロンソーダを一気飲みした。


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