こんな朝も悪くない

「………傑」
「ん……希…?」
「…一緒に寝てもいーい?」
「いいよ。おいで」


そう言って布団をめくれば、枕をギュって胸に抱いている希が嬉しそうに布団に入ってきて、重みでベッドがギジリと鳴る。


「…傑、寝てたよね?起こしちゃったかな?ごめんね」
「ん?さっき寝たばかりだからまだ意識はあったし大丈夫だよ」
「ふふ。ん、そっかあ」


ぎゅうって正面から抱きしめられて、胸に頭をぐりぐり押し付けられる。そのまま頭をよしよしすると、希は気持ち良さそうに目を細めた。猫みたいだなって思った。


「今日はいつもより甘えん坊だね」
「………傑が、任務で5日間いなかったから」
「寂しかった?」
「……うん。寂しかった…」


さっきよりも力強く抱きしめられて、私も希の背中に腕を回す。そう言えば任務中硝子から“希が夏油不足で干からびちゅう”って机に突っ伏してる写真付きでメールがきていたな。そんなことを思い出して、思わず笑みがこぼれる。


「…ねえ、なに笑ってんの」
「ん?ふふ、可愛いなぁって」
「もしかしてなくてもバカにされてる?」
「バカになんてするわけないだろう。愛おしいなって思っただけだよ」
「ふふ。キザ」
「海外任務で感化されたのかも」
「単純」
「はは。男なんてみんなそんなものだよ」
「……傑は、寂しかった?」
「ん?」
「私に、会えなくて。寂しかった…?」


「寂しかったよ。凄く」


この会えない5日間、希のことを想わない日はなかったよ。そんなことを言ったらきっとまたキザだって笑われるだろうから言わないけど。
この愛おしいと思う感情はきっと恋慕ではなくて、家族愛に近いんだと思う。
わがままで、甘えん坊で、寂しがり屋で、警戒心が人一倍凄くて、好き嫌いが激しくて、だけど一度心を許した相手にはとことん情深くて、実は動物が大好きで、本当は優しい希のことを、心の底から愛おしいって思うし、かわいいなって思うんだ。


「…ふふ、嬉しい。傑から帰ってきたってメールきた時ね、嬉しすぎて飛び跳ねたんだよ」
「はははっ!飛び跳ねたんだ?」
「うん、それでね、寮に戻ってきてからすぐは荷物の整理とかで忙しいと思うから頑張ってこの時間まで我慢したんだよ、私。えらくない?」
「うん。希は偉いねえ」
「でしょー?ね、傑、またよしよしして」
「はいはい」


笑いながら頭をよしよししていると、だんだんと瞼が重くなっていくのが分かる。慣れない海外任務で多少なりともストレスを感じ、なかなか寝付くことができずにろくに睡眠時間をとれなかったから、久しぶりの自分のベッドと、希の体温の暖かさで、一気に睡魔が襲ってくる。まぁ、希が来るまで少し寝ていたしな。
希もだんだん眠たくなってきたのか、虚ろ目になってきている。


「…すぐる」
「んー?なんだい?」
「……すき。大好き」
「うん。私も希が大好きだよ」
「ほんとのほんとに…大好きなの…」
「私も本当に大好きだよ」
「…はなれていかないで」
「離れないよ。離れるわけがない」
「……………わたしを、ひとりにしないで」
「1人にしないよ、約束する」


そう言えば希は安心した様に微笑んで、ゆっくりと瞼を閉じた。






「おーい朝ですよー!!」



「……んー…悟…?」


悟は思いっきりカーテンを開けると、にっと歯をむき出しにして笑った。朝日が眩しくて、思わず目を細める。


「見てみて〜これ。よく撮れてね?かわいすぎて速攻で連写したよね」


ニヤニヤしながらベッドに乗り出してきてほら、と携帯見せてくる悟に嫌な予感しかしない。


「……盗撮はやめてくれないか」
「よく撮れてるだろ?抱き合って寝るなんて妬けるねえ」
「悟だってよく希と一緒に寝てるじゃないか」
「ん?なんか言い方やらしくね?」
「写真消せよ。寝顔なんて、希が嫌がるだろ」
「こいつがそんなんで怒るタマかよ。あ、硝子にも送ってやろ〜」
「人の話を聞きなさい」
「なにそれママみたい。ウケる」


朝っぱらから勝手に人の部屋に入ってきて我が物顔でベッドに腰掛ける悟は、ケラケラ笑いながら希のサラサラの髪を触っている。
それでもまだ起きる気配がなくすぅすぅ寝息を立てながら気持ち良さそうに眠っている希に、悟は「こいつまじで朝弱いな」と呟く。


「朝に呪霊や呪詛師に襲われたら一発だな」
「流石に殺気を感じたら起きるだろ。仮にも私達と同じ1級術師なんだから」
「ま、それもそーか」
「……で、今何時?」
「んー?7時くらい?」
「…任務開けのせっかくの休日なんだ。もっと寝かせてくれ」
「せっかくの日曜日なのに?朝から有意義な時間を過ごそうとか思わないの?こんなとこでぐーすか寝てたら勿体なくね?」
「硝子を誘えばいいだろ」
「あいつが俺の誘いに乗ると思う?」
「……思わないな」
「だろ?」



だからって私のところに来られても。まぁ悟のことだから希が任務開けの私の部屋に来ていることを分かっていて訪れたんだろうな。正直まだ眠たいし、昼くらいまで寝ていたいくらいだ。私は無言でベッドに横になって布団をかぶる。


「おいおい傑さっきの話聞いてた!?起きろって!朝ですよ、あーさ!」
「……うるさいな私は寝る」
「起きろって!なぁなぁ!俺ヒマなの!ヒマで死にそうなの!お前は俺を見殺しにすんの!?」
「暇が死因なんて有り得ないだろ」
「クソ真面目に返答すんなよ恥ずいだろうが!!」


「………ん〜…なに?…うるさ…」


流石に騒がしすぎて希が起きてしまった。
だからうるさいって言ったのに、悟のやつ…。
希はまだ眠たそうに目を擦りながら悟と私をぼんやり見てくる。まだ半分寝ている状態だろう。


「あ、起きた」
「悟がうるさいからだろ」
「……さとるぅ?なんでさとるもいるの?」
「おはよう、お姫様」
「おはよう?」
「俺のこと王子様って言って」
「おはよう、王子様?」
「あぁもう寝起きの舌ったらずの希ちゃんが死ぬほどかわいすぎるんだけどどうしよう!!!」
「うるさい悟」
「嫉妬すんなよ、むっつり」
「あ゛?」
「んー…すぐるも、おはよう」
「おはよう、希」
「切り替え早くね?」
「……ん〜…わたしまだねむたい…」
「ん?じゃあもう少し寝ようぜ、3人で」
「さっきまで無理矢理起こそうとしてたのはどこの誰かな」
「誰だよそんなひでぇことするやつ」
「はぁ…てか3人でどうやって寝るんだ、シングルだぞ」
「こうやってやればいけるだろ、ほら」


そう言って悟はベッドに寝転がると、そのまま私と希をぎゅうって抱きしめてくる。


「ちょっ…待って…待ってさとるっ!くるしっ……やばい!窒息するから!窒息!あははははっ!」
「んー?だってこうでもしないと3人で眠れないだろ?」
「あはははははっ!ちょっせますぎるっ!やばっ!」
「こら悟。どさくさに紛れて希の胸揉むな」
「は〜希のおっぱいまじで柔らかい…マシュマロみたい…もう一生揉んでたい…」
「オマワリサーン!ここにヘンタイがいまーす!」
「誰だよオマワリサン」
「すぐる」
「私か。逮捕しちゃうぞ」
「「ぎゃはははははっ!!」」


しばらく3人で抱き合いながら馬鹿みたいに騒ぎまくって、結局目が冴えてしまった私と希に悟は朝マックしようぜとニンマリ笑った。
まぁ、何だかんだこんな朝も悪くないと思う。

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