守るべきもの

あの日から一週間、希と碌に目も合わなければ会話なんて勿論していない。
希と喧嘩をすることは今までも何度かあったけど大体はその日のうちか次の日には仲直りしていたし、ここまで長引いたことは初めての事で、少しだけ胸がもやもやする。
というか、そもそもこれは喧嘩と言えるのだろうか?
簡単に言えば、お互いの価値観の違いだ。


いい加減、希ときちんと話さなければ。
このままお互い意地を張っていても意味がない。




意を決して教室に入ると悟と硝子が今4人の間でブームになっている漫画の最新刊をケラケラ笑いながら読んでいて「おはよう」と声をかけると二人共笑いながら顔を上げて「おはよ」と挨拶をする。いいな、後から貸してもらおう。


「…希は?」


後もう少しで授業が始まるというのに教室に希の姿がない。辺りを見渡しながらそう尋ねると、硝子が指先でタバコを吸っている仕草をする。


「あー…喫煙所?」
「そ。夏油、お前いい加減希どーにかしろよ。あいつ最近ずっと不機嫌なんだけど。この新刊だってずっと楽しみにしてたのにちらっと見ただけですぐタバコ吸いに行くし」
「俺なんてこないだ希にチューしようとしたら真顔で顔面鷲掴みされたんだけど」
「なにそれクソウケるんだけど」
「まぁオコな希も死ぬほどかわいかったけど♡」
「うわマゾかよキモ」
「硝子ちゃん酷くね?」


ゲラゲラ笑う悟と本気でドン引きしてる硝子に「ちょっと希と話してくるから夜蛾先生には適当に言っといて」と声をかけると二人共一瞬きょとんとして、そしてすぐにやりと笑う。あまりに同じ表情をするものだから可笑しくて少しだけ笑ってしまった。


「夏油」


扉に手をかけた時、硝子の声が耳に届いて後ろを振り向く。


「希はお前の事が大事なんだよ」
「知ってる」
「俺のな!!俺の次にな!!」
「五条!耳元で騒ぐなうるさいな!」


悟と硝子のぎゃーぎゃー言い争いをしている姿に苦笑いをしながら教室を後にした。





「希」


ぼんやりしながら煙草の煙を吐いてる希に声をかけると、ちらりと此方を見てすぐにふいっと視線を逸らされる。まぁ、こういう態度を取られることは想定内だ。
希の隣に座って「少し話したいんだけど」と言うと、希は相変わらず私の方を見ないままポツリと呟く。


「嘘つきと話すことなんてありません」
「嘘つき?」
「……」


聞き返すと黙り込んでしまった。嘘つき呼ばわりされることは想定外で少し焦る。


「…私、希に何か嘘ついた?」
「……」
「希。黙っていたら分からないよ。ちゃんと話そう」
「……」
「希」
「…………………………ぃって言ったのに」
「え?」
「私のこと一人にしないって言ったのに!!!!」


キッと目に涙をためて睨みつけてくる希に、あー…そういうことか。だから嘘つき呼ばわりされたのか、と頭の中で一人納得する。

でも今はそれよりも。


「やっと私のことを見てくれた」
「…………信じらんない」


短くなった煙草を灰皿に押し付けながら怪訝そうな顔でそう呟く希に苦笑いをこぼす。


「だって希、全然私の顔見てくれないから」
「そりゃあ怒ってますから」
「敬語やめてよ、寂しい」
「………傑ってさあ、一見紳士で穏やかに見えるけど実際は違うよね」
「と、言うと?」
「平気で二股かけるし実は悟と並ぶくらい短気だし」
「悟と?それは心外だな」
「事実じゃん」


つーんとそっぽを向く希の唇は尖っていて、いかにも拗ねていますという表情が何となく可愛らしく見える。今それを言ったら間違いなく怒られるから口には出さないけど。


「希を一人にしないよ」
「嘘つき。非術師を守るために平気で自分の命を犠牲にできるんでしょ」
「それは極論だよ。自分で言うのもなんだけど、私結構強いんだ。希も知ってるだろう?そう簡単に命を捨てる気はないさ」
「……あの時死にかけたくせに。私があの時どんな気持ちで…っ」
「うん。心配かけたよね。ごめんね」


意識を失う前の希の泣き顔を思い出す度に胸が張り裂ける思いがした。あんな顔をもう二度とさせたくない。


「…絆されないからね」
「自分の持論を曲げるつもりはないよ。だけど、あの時みたいな馬鹿みたいな無茶だけは絶対にしないって約束する」
「…傑の約束は信じられない」
「希が無茶な戦い方をしないって約束してくれるなら、私は絶対にこの約束を守るよ」
「……」
「君が私を心配してくれるように、私も希のことが心配なんだよ。勿論、私だけじゃなくて悟も硝子もね」
「……」
「どうかな?お互い約束しようよ。悪くないだろ?」
「……傑ってさあ」
「なんだい?」
「実は私のことめちゃくちゃ好きだよね」
「バレた?」


バレバレ。そう言う希の顔には少しだけ笑みが浮かんでいて、私もつられて笑う。


「もしどっちかが約束破ったら?」
「それは勿論ペナルティーだろ」
「ふはは、縛りじゃん」
「約束は守るものだからね。だからもしもの話はなし」
「ペナルティーって自分で言ったんだよ?」
「守ろう、お互い。そして大人になっても、こうやって希と笑い合っていたい」
「うん。私も」


おでこをこつんとくっつけてクスクス笑いあって、しばらくして二人で手を繋ぎながら立ち上がる。


「あ、悟と硝子があの漫画の最新刊読んでたよ」
「知ってる。二人ともめちゃくちゃ笑ってたよ。後で私達も見せてもらおう」
「やばいー!続きめっちゃ気になる!」


この子のために生きてみようなんて、柄にもなくそんな事を思ったんだ。

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