勘違いもほどほどに

じりじりと焼けるような暑さの夏が終わり、涼やかな風が吹く秋が始まった。


今週の日曜日は私も硝子も任務がない。
せっかくだし新しい秋服でも買いに行かない?と硝子を誘ってみたら、日曜はもう予定があるからごめんと気まずそうに断られてしまった。…ふーん。予定、ねぇ。


「そっかぁ。残念だけど、予定があるなら仕方ないね。また近いうちに行こうね!」


私がすぐに引き下がったのが意外だったのか、少し目を丸くした後にあからさまにホッとした顔をしたのを私は見逃さなかった。
この反応。歌姫センパイか、男か。多分後者だろうな。歌姫センパイだったらここまで分かりやすく動揺なんてしないし、よっぽど私にバレたくない相手とみた。となると十中八九、男だ。詰め寄りたい気持ちを必死に抑えながら、私は硝子に笑みを浮かべた。








「いや私は別にいいんだよ?硝子って誰が見ても可愛くて綺麗で細いのにおっぱいは大きくてくびれもエロくて脚も長くて綺麗でツンデレで秀才で「うんもう分かったから続き」
「だからね?硝子がモテないわけないし彼氏の一人や二人いても別にいいのよ私は」
「へーそれは意外だな」
「ただね、私より彼氏を優先するならそれは別。話が違う。あくまで彼氏は私の次の優先順位じゃなきゃダメなの」
「硝子って恋愛にも淡白そうだしそれは大丈夫なんじゃね?」
「でも現に私は秋服ショッピングを断られた」
「めちゃくちゃダメージ受けてんじゃん」
「そこで私は思ったの。その男は果たして私の硝子に相応しい相手なのか?と」
「まだ男って決まったわけではないんだろう?」
「あの反応は間違いなく男だから。あ゛ー思い出したら腹たってきた!!」
「希、落ち着いて」
「はい深呼吸」


すー、はー、すー、はー
ゆっくり息を吸って吐いてみても全然落ち着かないどころかどんどんイライラが増していって貧乏ゆすりが止まらない。


「よし決めた」
「何を?」
「来たる日曜日。硝子を尾行する」
「まじで?」
「やめときなよ。バレたら流石に硝子に怒られるよ」
「悟と傑は強制参加だから」
「えーまぁ俺は別に良いけど」
「えーっと…それに拒否権は?」
「“強制”参加」
「……」
「ウケる。傑めっちゃ嫌そうじゃん」
「……絶対バレるって。だって君達死ぬほど目立つじゃん」


そう言って傑は私と悟を交互に見やる。確かにそれは否定しないけど、傑も大概目立つからね。長髪ピアスボンタンでおまけに君、モデル顔負けの美形だからね。
それにまさか私がそこら辺について何も考えていないとでも?私は鼻で笑って傑を指差す。そしたらすかさず人に指を差してはいけないよって注意されたけど傑はやっぱり私のお母さんなのかな?


「バカなの?傑。やるでしょ、変装!」
「変装?」
「ありきたりだけどサングラスにマスクに帽子とか」
「いやめちゃくちゃ怪しくね?強盗かよ」
「普段の比じゃないくらい目立つから」
「秒でバレるだろ」
「バカなの?希」


さっきの私の真似なのか鼻で笑って見下してくる傑にムカつきすぎて舌打ちをする。
そんな私に悟がニヤニヤしながら肩を組んできて綺麗な顔をぐいっと寄せてくる。


「まあまあ希ちゃん。俺はそんなおバカな希も愛してるから」
「表でろ、悟」
「ぶっ」
「なんでそこで笑うのお前」


「…あんた達なにしてんの」





しまった無意識に声をかけてしまった。その瞬間3人同時に私を見て思わず顔が引き攣る。数秒前の自分をぶん殴りたい。
任務が終わって寮の共有スペースを通りがかった時に嫌でも目についた光景。不機嫌そうな希の肩を組むにやけ顔の五条と肩を震わせながら笑っている夏油。よりによって生意気な後輩ランキングトップ3をぶっちぎりの勢いで占領する奴らに声をかけてしまうなんて私の馬鹿…!!


「あっれ〜?歌姫じゃーん。任務帰りぃ?」
「歌姫センパイ弱いんだからあんま無理しちゃだめだよぉ?」
「こら。悟、希。弱いものいじめはよくないよ」


…お前ら後輩だよな??私先輩だよな???
もうどこから突っ込んでいいのか分からないからあえて突っ込まない。
朝にきていたメールで硝子がお昼から任務に行っていることを知っているから尚更絶望する。もういい。そのまま無視して素通りしようと足を進めると希が信じられないくらい素早い動きで私の元に来て、意地悪な笑みを浮かべながら肩を組んできて顔を覗き込んでくる。


「歌姫セ・ン・パ・イ♡せっかくだから私達と少しお話しましょ♡」


…全力で逃げたい。














私は今頃シャワーを浴びてから自室のベッドでのんびり読書を楽しんでいるはずだったのにどうしてこうなった。
いや私が話しかけたからなんだけど、多分、いや確実に私が声をかけなくてもこのクソ生意気な後輩達に捕まっていたに違いない。


「歌姫センパイにちょっと聞きたいことがあって…」


もじもじすんな。上目遣いすんな。
私はお前の本性を嫌という程知ってるんだからね。
絶対騙されないから。


「…何なのよ、改まって」
「歌姫センパイ。絶対に嘘つかないでくださいね」
「まぁ嘘ついたとしても歌姫ならすぐ分かるけどな」
「おい敬語!!!…で、ほんとになによ」
「硝子って今彼氏いますか?」
「えっ」


予想外の質問に驚いて目を見開くと、その反応にクズ3人は目を細くする。


「ふーん」
「なるほどね」
「やっぱり」


何このハイハイ分かりましたみたいな反応。
私まだなにも言ってないんだけど。


「…今はいないんじゃない?前の彼氏と2ヶ月前に別れてからそういう話聞いてないし」


硝子の恋愛事情は本人から何があっても希にだけは口を外さないように言われている。でも終わった恋愛については言っても良いと言われているから普通にそう口にすると、希は「ふーん。2ヶ月前、ねぇ」とつまらなそうに頬杖をつきながら嫌味なくらい長い脚を組んだ。


「私そんな話聞いてないんですけど」
「どうせ希に報告するまでもないしょーもない男だったんじゃねえの?」
「歌姫センパイには話してるのに」
「歌姫先輩には希にわざわざ話さないようなどうでもいい話題しかしていないんだよきっと」


おい夏油お前さりげなく私をディスってんじゃねーよ。怒りで唇がわなわな震える。


「はぁ…むかつく」


不機嫌オーラ全開の希の髪を手櫛で梳かすように撫でる夏油と、何故か希の頬っぺたにキスをしまくる五条。
こうして見ると姫に仕える僕みたいだな。いや、女王様か?ていうか五条も夏油も私に対する態度と違いすぎじゃない?ほんと腹立つな。


「…ま、どうせ日曜尾行したら分かるから良いけど」


吐き捨てるようにそう言った希に驚きすぎて一瞬固まる。
…?え、今この子尾行って言った??言ったよね??聞き間違いじゃないわよね???


「ちょっあんた硝子を尾行するつもりなの?!」
「うるせー歌姫!」
「ん?悟と傑も一緒ですよ♡」
「はー!!?なんで?!ってか辞めなさいよ尾行なんて!硝子が可哀想じゃない!」
「歌姫先輩。硝子には内緒にして下さいね」
「話を聞け!!!」
「ねえ歌姫センパイ。もし硝子にバラしたら…どうなるか分かってますよね?」


ニコッと笑う希の目が全く笑っていなくて恐怖で言葉が出ない。怖すぎるでしょこの後輩。まじでイかれてる。
希はもう私には用がないみたいでしっしっと私を手で払うと、五条に膝枕をしてもらいながら夏油の膝の上に脚を伸ばして背伸びをする。そんな希の頭を撫でる五条と脚をマッサージしてる夏油。いやだから女王様かあんたは。私はげっそりしながら共有スペースを後にした。



…ごめん硝子。可愛い後輩も勿論大事だけど、とりあえず今回は自分の命を優先するわ。こんな先輩を許して。








「……………お前ら何してんの」


日曜日。晴天。絶好の尾行日和。だったはずなのに寮から出た瞬間、硝子にバレた。秒でバレた。


「なんで!?変装しなかったのに!!」
「歌姫がバラしたんじゃね?」
「いやあの感じだと歌姫先輩が硝子にチクるとは考え辛いけど…」


3人でひそひそ頭をくっつけながら話し合っていると再び頭上から硝子の冷めた声が聞こえてきて壊れた人形の様に3人でギギギ、と顔を上げる。


「聞こえなかったか?何してんの、って聞いてるんだけど」
「………ち、違うの硝子…これは…」
「これは?」
「か、買い物行くとこだったんだよな?今から、3人で!」
「ふーん。買い物、ねぇ」
「希が秋服欲しいって言ってたからせっかくの日曜だし私達も一緒についていこうってなってそれで…「私がちょうど出かける時にコソコソ後ついてきてその言い訳はちょっと見苦しいんじゃないか?」

「「「ごめんなさい」」」


詰んだ。完全にバレてる…!
観念して3人で素直に謝ると、硝子は長い長いため息を吐いた。


「は〜〜〜…で、だいたい理由は分かるけど、一応聞く。なんで尾行しようなんて思ったの」
「…………………しょ、硝子が今日彼氏とデートすると思って………」
「……どうせそんなことだろうと思ったけど。てか五条と夏油も一緒に何してるんだよ、お前らは希を止めろよ」
「「ごめんなさい」」
「お前らは希に甘すぎ。ほんとクズだな」
「「返す言葉もございません…」」


怖い。硝子が怖い。絶対怒ってる。泣きそう。こんなことなら尾行なんてしなければ良かったと今更後悔してももう遅い。泣きそうな私に硝子は呆れた顔をしている。


「……一応言っとくけど、今日はデートじゃないし、なんなら今彼氏いない」
「………え、じゃあ今日は「………こないだアホみたいに高そうなネックレスくれたじゃん」
「え?ああ、硝子に似合いそうだなって思ってプレゼントしたやつ?」
「うん。だから、貰ってばかりじゃあれだし私も何か希にあげようと思って」
「え」
「今日はそれを買いに行く予定だったのに…はぁ…」


嘘でしょそのためにわざわざ任務がない貴重な休日に???しかも硝子の顔ほんのり赤くなってない??照れてるの??え、なにこの子かわいすぎじゃない???私は勢いよく硝子に抱きついた。


「…っしょっ、しょーこぉぉぉぉぉ…っかわいいっ!大好きっ!!」
「………ハイハイ。どうせバレたからもういいよ。今から秋服買いに行こ。プレゼントするから」
「……しょーこありがとぉぉぉ…っ愛してるっ!!!」


泣きながら抱きつく私の頭を硝子は呆れた顔をしながらよしよし撫でてくれる。やばいだいすきがとまらない。すき。すき。硝子のこんなに可愛い姿が見られるなら毎日でも硝子が欲しいものプレゼントしてあげるのに。次は何が欲しいのかな?ダイヤのついた指輪とか?分からないから、また今度聞いてみよ。

私のかわいいかわいい硝子。ずーっと私のそばにいてね。











「なあ傑」
「なんだい悟」
「俺希に高価なプレゼントなんてもらったことないんだけど」
「私はあるよ。ブランドの財布」
「……」
「あ、死んだ」

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