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「希、デートしよ」


壊れそうなくらいの勢いで扉を開けて開口一番にそう言った悟は何故か制服じゃなくて私服を着ている。
落ち着いたアイボリー色のニットセーターに細身の黒のスキニーパンツにロング丈の黒のダッフルコートを羽織っている。端正な顔立ちをしていて尚且つスタイル抜群の悟に良く似合っている。本当にモデルみたい。


「悟。おはよう。かっこいいね」
「おはよう。だろ?希とデートするからオシャレしちゃった」
「授業は?」
「サボろ♡」
「んー別にいいけど、どこに行くの?」
「水族館」
「デートじゃん」
「だから言っただろ?デートだよ」


いきなり何を思って水族館デートなんてしようと思ったんだろう。いや悟に理由を聞くこと自体が野暮な気がする。


「希。もしかして今失礼なこと考えてた?」
「ん〜?悟は今日も世界一かっこいいなって思ってた」
「嘘つけ」


嘘じゃないんだけどなー。いや嘘だけど。そんなことを思っていたらいつのまにか目の前に来ていた悟にふれるだけのキスをされた。ちゅ、とかわいらしい音を立てながらゆっくりと離れていく唇。唇が触れそうな距離にいる悟はこんなに近くから見ても毛穴一つなくてまるで芸術品みたいだ。


「芸術品みたい。綺麗」


私の顔を至近距離で見つめながら頬に手を添えてそう言う悟に思わず目がまんまるになる。私と今、おんなじこと考えてた。


「ふは、何その顔」
「私も悟におんなじこと思ってた」
「んー?俺の顔が芸術品みたいに綺麗って?」
「うん」
「俺と一緒にいて釣り合う女なんて、世界中探してもお前くらいだよ」


わーおものすごい自信。こんなこと言えるのなんてきっと世界中探しても悟くらいだ。なんだか可笑しくてなってクスクス笑っていたら、悟が少しむくれた顔をして頬にキスをしながら太腿の内側をさわさわ撫でてくる。


「んー?さとるくーん?」
「なあに?」
「なあに、じゃないよ。デートは?」
「行くよ?」


行くよ、じゃないよ。これじゃ服に着替えられないよ。なんか悟の自慰を見て以来スキンシップが前より激しくなっている気がする。気のせいかな?


「悟、そろそろ服着替えたいんだけど」
「生着替え?希のえっち♡」
「怒るよ?」
「ジョーダンだよ」


冗談に聞こえないから怒るって言ったんだけどなあ。まあいいや。未だ太腿を撫でている悟の手を軽く払って立ち上がりクローゼットを開けて服を物色する。
そしたら後ろから悟が私に覆い被さるように長い腕を伸ばしてきてそのまま服を手に取る。


「これとかかわいいじゃん」
「悟が見立ててくれるの?」
「うん。俺に選ばせて」


悟が選んでくれた服を着て(悟には目を瞑っていてもらった。じゃないと盛ってベタベタしてきて時間がかかるから)、どう?と悟の前でモデルポーズをする。悟が見立ててくれたのはボーダーのタートルネックに黒の細身のスキニーパンツにグレーのチェスターコートと言ったシンプルコーデだ。悟って意外とこういう格好好きだよね。


「うわまじで綺麗。美人。やばい。てかほんとお前脚長すぎな」
「悟もじゃん。てか黒のスキニー、悟とオソロだね」
「うん。だから選んだ。ちょっとしたリンクコーデみたいで良くない?」
「悟って意外とそういうの好きだよね。かわいい」
「意外じゃなくてバリバリ好きだっつーの。ほら、さっさと行くよお姫様」


そう言って、王子様がお姫様にするようにひざまずいて手を差し伸べてくる悟にクスクス笑いながら手を差し出すとそのまま手の甲にキスをされた。こんなことをさらっとしても絵になるってずるいよなあ。


「キザ」
「こういうのは好みじゃない?」
「んーん。慣れてるなあって」
「嫉妬してくれてるの?」
「うん」
「かわいい。俺がこんなことするの希にだけだよ」
「信じていいの?」
「信じて。俺は希だけを愛してる」


宝石みたいなキラキラ輝く瞳が私を写し出す。



本当はね、最近ずっと思っていたことがあるの。毎日毎日そのことばかり考えて、でもそれを口に出す勇気がでなくて、私は意外と臆病であることを思い知った。





2人で手を繋いだまま電車に揺られて、水族館の最寄りの駅に着いた頃には私はすっかり眠ってしまっていた。起こしてくれたら良かったのにって言ったら、悟は俺の肩にもたれかかって気持ち良さそうに眠ってる希がかわいかったからと目を細めて頭をよしよし撫でてきた。柄にもなく少し照れ臭くなってそっかと呟いて俯いたけど、悟はきっと私が照れていることなんてお見通しだった思う。


「綺麗…」


大きな水槽の中でたくさんの魚が泳いでいる姿は本当に綺麗で思わず口からぽつりと呟いた。
魚だけじゃなくてエイやシロワニも一緒に泳いでいてついつい夢中になって見てしまう。


「希」


突然後ろから悟に包み込むように抱きしめられてぎゅっと胸が締め付けられて苦しくなった。


「最近ずっと考えてることあるよね」


嘘。バレてたんだ。心臓がバクバク嫌な音を立てる。


「何を考えてる?」
「さとる、」
「ごめん。質問を間違えたね」


そう言って肩を掴まれて前を向かされる。
私の瞳を見つめている悟の顔は何だか泣きそうに見えた。


「誰のことを考えてる?」
「……」
「希」


まるで懇願するような弱々しい声に胸がきゅっと締め付けられる。悟は気付いていた。だから私を今日デートに誘ったんだ、私から聞き出すために。
悟は私の手に自分の手をそっと近づけて指先を絡める。


「愛してる」


ぽろぽろと涙が頬を伝う。悟はいつだって真っ直ぐに私を見てくれていた。それなのに信じれなかったのは私の弱さのせい。私が信じることを恐れているから。


「………悟が好き、」
「うん」
「好き…大好きなの…」
「うん」
「………悟を、独り占めしたいの。無理だって分かってても、過去の女に嫉妬しちゃうし、悟のはじめてのキスもえっちも、私だったら良かったのにって、色々考えちゃって…」
「……」
「辛いの…悟のことが好きすぎて、辛い…っ」


言葉を言い終えるのと同時に力強く悟に抱きしめられて、悟の体温と匂いを感じてまた涙が溢れる。


「俺のこの先の人生全て、希にあげる」
「……」
「希の為だったら、俺なんでもできる気がするんだ。希の為に善人にだってなれるし、悪人にだってなれる」
「……ふふ、悪人は困るなあ」
「それくらい希のことが大事。俺、こんなにも人を好きになったのはじめてなんだ」
「…本当?」
「希は俺の初恋だよ」
「……っ」
「それでもまだ俺のことを信じられない?」


そう言って顔を覗き込まれたら返事は一つしかないじゃないか。ずるい。悟はいつだって、私の心を掻き回す天才だ。ふるふると首を横に振ったら、悟は意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ちゃんと言葉で言って」


信じてみよう。まだ何もはじまってないのに、恐れてばかりいるなんてそれこそ馬鹿らしいじゃないか。
悟は私が好きで、私も悟が好き。
私のこれからの人生も全て、悟にあげるよ。


今から私が口にする言葉を聞いたら、きっと悟はびっくりするだろうな。もしかしたら悟も泣いちゃうかも。そんな余裕ぶっこいてられるのも今のうちだけなんだから。


覚悟してね、私の愛おしい王子様。


「私を悟の彼女にして」


目を見開いた悟は、宝石のような綺麗な瞳からぽろぽろ涙をこぼして、また私をぎゅーって痛いくらい抱きしめた。


ほら、やっぱり泣いちゃった。
私の世界で一番かっこよくて、かわいい彼氏。
彼女になったからにはこれから一生離してやらないんだから、覚悟してよね。

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