痴話喧嘩と言うにはあまりにも

「ーーー希、そこどけ」


ものすごい轟音と地響きと共に崩れ落ちる辺り一面の壁。
数分前まで寮の共有スペースだった筈のこの部屋は、もはや瓦礫の山と化している。


立ち上がる黒煙の中から此方にゆっくりと歩いてくる“五条悟”は鳥肌が立つ程の殺気を滲ませていて、思わず背筋が凍る。


「…私が退いたら、さとる、ななみんのこと殺すでしょ?」
「んー?流石に殺しはないけど、そうだなあ。ギリギリのとこまでは攻めるかな」
「は、」
「なんで?なんで悟、そんなにななみんのこと嫌いなの?」
「は?お前、まじで言ってんの?」
「だって私、ななみんのこと全くそういう目で見てないよ?前にも言ったでしょ?ななみんはかわいいペットみたいな存在だって」
「抱きつくのは流石に駄目。浮気。許さない」
「でも私、傑にも抱きついたりするよ?」
「傑は特別。まぁ多少嫌な気分にはなるけど」
「んー…じゃあこれから抱きつかないように気をつけるから。今回は許して?」
「あ゛?許すわけねーだろ」


語尾を言い終える前に此方に向かって一気に距離を詰めて攻撃を仕掛けてきた五条先輩のあまりの敏速さにあ、これは確実に避けられないと瞬時に悟り、迫り来る痛みに覚悟を決め瞼を閉じたーーその時。ふわりと身体が宙に浮いて呆然とする。

嘘だろ…。あの眼に見えぬ速さの攻撃を男子高校生一人抱えながら避けるなんて並大抵の事ではない。

“五条悟” “夏油傑” “清宮希”

入学当初からすでに階級が1級という規格外の強さと先輩から話には聞いていたが正直この人が?本当に?という疑念を清宮先輩に抱いていた。
だがその疑念は、今しがた晴れた。
この人はーー強い。それも自分なんかじゃ、到底敵わない程に。


ーードカーーーン


五条先輩が殴打した床は爆発音と共に大きな穴が空いていて冷や汗が頬を伝う。
これ、実際に拳が当たっていたら痛いどころの騒ぎではない。確実に死んでる。


「あのさあ、さとる」


いつもより数段低いトーンの声に、冷めきった瞳。
清宮先輩と出会ってまだ日が浅い自分でも流石に分かる。


「呪力解いて攻撃してくるなら無下限切ってね?そうじゃなきゃ、フェアじゃないでしょ?」


清宮先輩がブチ切れている。


「えー?なんで希が切れてんのー?逆ギレは良くないよ?」
「かわいいかわいい彼女殺す気の悟くんにだけは言われたくないなあ」
「は?かわいい愛しの彼女を殺すわけないだろ」
「ねえバカなの?今の攻撃当たったら死んでたから」
「俺は七海狙ったんだよ?まあ一応希の“反射”使われないように呪力は解いたけどさ〜。てかお前が勝手にコイツ庇っといてその言い草はないんじゃね?ヒス女」
「あ゛?」


ーー再び起こる轟音。


清宮先輩の攻撃を五条先輩が避けながら攻撃を仕掛けてそれを清宮先輩が避けて攻撃するの繰り返し。あまりの速さに目で追いつくことがやっとのことで間に入ろうものなら確実にそこに命はない。


辺りを見渡すと、五条先輩と清宮先輩と一緒にいたはずの家入先輩の姿が見当たらなくて、思わず頭を抱え込みたくなる。いつの間に逃げたんだ。本当に呪術師はろくな奴がいない。

夏油先輩と灰原は今頃任務が終わった頃だろうか。せめて夏油先輩がここにいてくれれば、凄まじい程の殺気を放ちながら攻撃を繰り広げる二人を止められたのかもしれないのに。








そもそも事の発端は清宮先輩が私に抱きついたことがきっかけだった。
任務がなく授業が終わってそのまま寮に戻ってきた私は、共有スペースにいた五条先輩と家入先輩に絡まれ…話しかけられた。
もう学校には慣れたか?と家入先輩に聞かれ当たり障りのない返答をしているとバタバタと此方に駆け寄る足音が聞こえてきて、誰だろうと顔を向けた瞬間、ふわりと甘い匂いに包まれた。
…相変わらず距離感が狂ってる。はぁ、と深い溜息をつきながらその人の肩を軽く押すけどびくともせず、勘弁してくれと心の中で悪態を吐く。


「…清宮先輩、離れて下さい」
「ななみーん。何日ぶりかな?久しぶりだよね?相変わらずかわいい私のにゃんこ♡」
「9日ぶりですね。それよりも私がかわいいとかにゃんことか…清宮先輩、前から思っていましたが目腐ってるんじゃないですか?」
「えー?私、視力めちゃくちゃ良いよ?」
「そうですか。では頭が弱いのですね」
「ははは、ウケる。めっちゃ嫌われてんじゃん」
「硝子〜?ななみんはツンデレなの。でもね、そこがちょーかわいいの♡」
「へー相変わらず都合のいい頭だな」
「それよりも清宮先輩、良い加減離れて下さい」
「ちょっとぉ、二人ともひどくない?」


言葉とは裏腹に全くひどいと感じていなさそうな顔でヘラリと顔を緩めて清宮先輩が笑う。本当に何を考えているのか分からない、飄々とした掴めない人だ。
そんな事をぼんやりと考えていた時だった、五条先輩の氷点下の声が響いたのは。


「………希、七海から離れろ」
「え?」
「聞こえなかった?ーー離れろっつってんの」


その瞬間、私と家入先輩は清宮先輩の術式の結界に覆われており、凄まじい爆発音と共に呪力を纏った攻撃が反射された。その衝撃であっという間に部屋は半壊。これは流石に始末書だけでは済まされないのではないだろうか。目の前の悪夢の様な光景に嫌な汗が止まらない。本当に、呪術師はイかれてる。





そんな回想をしているとバタバタと走る音が近づいてきて、視線を向けると鬼のような形相をした夜蛾先生が元は扉があったはずの場所に仁王立ちをしていた。夜蛾先生の背後からひょっこり家入先輩が顔を出してひらひらと私に手を振る。嗚呼、家入先輩は逃げたんじゃなくて先生を呼んできてくれたのか。失礼なことを思っていたことを一人心の中で謝罪をする。


「悟!希!」


名前を呼ばれてようやく夜蛾先生の存在に気付いた二人はハッとした顔で夜蛾先生を見て、そしてみるみるうちにバツが悪そうな顔になっていく。ズカズカと瓦礫を山を踏みながら距離を詰めて「お前らはほんっっとうに良い加減にしろ!!!!」と夜蛾先生は二人の頭に拳骨を食らわした。
ゴツンと鈍い音が響いて、二人は頭を抑えながら悶えている。
夜蛾先生は神様だったのか。


「喧嘩をするなら加減しろとあれほど言ったはずだろ!!寮や校舎を半壊させるな!!まずは手を出す前に冷静になって話し合いをしろ!」
「だって夜蛾セン、希が…!」
「いや悟が…!」
「は な し あ い を し ろ」
「「すみません…」」


仁王立ちをしている夜蛾先生の前で不貞腐れてぶすっとしている五条先輩と清宮先輩の絵図らはまるで父親と叱られている子供そのものだ。
思わずふっと鼻で笑うと五条先輩にギロリと睨まれてしまった、と咳払いをする。夜蛾先生がいるからといって油断してはならない。
後ろからぽんぽんと肩を叩かれて振り向くと、家入先輩がにやにやしながら私に耳打ちをしてきた。


「こんなの日常茶飯事のことだから気にすんな」


ーー呪術師はクソだ。

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