仲直りをしよう

「私しばらく傑の部屋で寝るから」
「そんなことしたら今度は私が悟に殺されるよ」
「…傑は私のこと嫌いなの?」
「そんなわけないだろ。好きに決まってる」
「じゃあきっまりー♡先シャワー浴びてくるね」
「はあ。今日は私の部屋で寝ても良いけど、明日にはきちんと悟と話し合いなよ」
「やだ。悟なんて知らなーい。てか悟と付き合う前まではしょっちゅう傑と一緒に寝てたんだから別に問題ないでしょ」
「いや問題だらけだよ」



私と灰原が任務から戻ってくると寮が半壊していた。新入生の灰原は初めて見る光景に只々唖然としていたが、私は見慣れているからどうせ悟と希が喧嘩したんだろうな、くらいにしか思わなかった。むしろあの場所は共有スペースのはずだから私の部屋からは距離があるし無事だろうと少しホッとしたくらいだ。
私達からすると、このくらいの事は日常の中にありふれた一コマに過ぎないから、大して珍しい事でも何でもない。呪術師なんてみんなそんなものだ。イかれてなきゃこんな仕事なんてやってられない。

報告書を夜蛾先生に提出しようと職員室の扉をガラガラ音を立てながら開くと、丁度始末書を夜蛾先生に提出している悟と希に出くわした。


「傑〜〜!!!」


私を見るなりたったったって駆け寄ってきてぎゅーっと飛びつくように抱きついてくる希。やれやれと肩をすくめる夜蛾先生に苦笑いをこぼしながら希の背中を優しくさすると、希は「傑の部屋に行く。今すぐ。早く行こ!」と身体を離して今度はぐいぐい腕を引っ張ってくる。
一緒に部屋に行くのは全然構わないけど今から私は報告書を夜蛾先生に提出しなくてはならない。ちょっと待ってて、と頭をぽんぽんしてから足を進めると、眉間に皺を寄せた不機嫌オーラ全開の悟とバッチリ視線が合わさった。うん。この様子だとまだ仲直りはしていないな。
夜蛾先生は疲れを滲ませた顔で「傑。1年との合同任務、お疲れだったな」と私に労わりの言葉をかけながら報告書を受け取ってくれたが、どう考えてもお疲れなのは夜蛾先生の方だと思う。少し同情した。









「悟ってなんであんなに短気なの?怒りの沸点低過ぎてドン引きなんだけど」
「希の話を聞く限り悟は七海に嫉妬したんだろう?かわいいじゃないか。希は愛されてるんだよ」
「全然かわいくないから!彼女に殺気滲ませながら殴りかかってくる彼氏なんて知りませーん」
「七海に抱きついてるのを目の前で見てついカッとなっちゃったんだよ。希だって、悟が他の女の人に抱きついていたら嫌だろう?」
「絶対やだ。浮気。コロス」
「それと一緒だよ」
「でもななみんは後輩だよ?私のかわいいにゃんこなんだよ?」
「ん?にゃんこ?」
「とにかく!今は悟の顔なんて見たくない」
「そんな事言ったら悟泣いちゃうよ」
「泣けばいーよあんなやつ」


そう吐き捨ててベッドの上に置いてあるクッションを思いっきり壁に向かって投げつける希。以前同級生4人で動物園に行った時にお揃いで買ったコアラの顔のクッションがぼすんと音を立てながら床に落ちてゆく。
私の部屋に着いてから希はずっとこんな調子で私は止まることのない悟への愚痴を聞きながら本当に悟と希は似た者同士だな、なんてもし希に心の中を読まれたらぶん殴られそうなことを考えていた。
独占欲。自分のことは棚にあげる。怒るとすぐに手が出る。自己中心的。
悟と希は似ている。入学当初からすぐに馬が合った二人はそれはもう常にべったりするくらい仲良しだったが、ぶつかる時はとことんぶつかり合っていた。初めこそその差の激しさに只々驚いていたが、今ではもうすっかり慣れたものだ。





『もしもし悟?』


希がシャワーを浴びている最中に悟から電話がかかってきてすぐに出ると、悟は『あー…』と話しづらそうに言葉を発し、次にボソボソと小さな声で『…希まだいる?』と問いかけてきた。
悟と希は似ている。けれど、別の人間だから勿論異なる部分もあるわけで。
悟はすぐに言ってしまったことや行動を後悔するタイプだけど、希は人一倍プライドが高いせいか自分は悪くないと意地を張るところがある。だから大体この二人の喧嘩は悟が謝ることで終息することがほとんどだ。


『まだいるよ。今シャワー浴びてる』
『…あいつ俺のことなんか言ってた?』
『うーん。悟の顔なんか見たくないって』
『まじかー…めっちゃ怒ってんじゃん』
『これ以上機嫌損ねないうちに謝りにくるのが賢明だと思うけど』
『だってさぁ…普通彼氏の前で他の男に抱きつくか?あり得なくね?』
『確かにあり得ないけどそもそも希に普通は通用しないだろう』
『おい俺の希をディスるなよ』
『ディスってないよ。そういうところがかわいいよねって話』
『は?お前なんかより俺のが何億倍も希の事かわいいって思ってるから!!』
『ハイハイ』
『その余裕ありますみたいな態度がクソムカつくな!!!』
『悟が希の事になると余裕なさすぎるんだよ』
『仕方ないだろ。愛してるんだから』
『……悟は見た目だけじゃなくて中身も外人ぽいよね』
『は?いきなり何の話してんの?まーいいや。今すぐ希のこと迎えに行くから待ってろよ』
『ハイハイ』











「すぐる〜でた、よ…」


シャワーを浴び終えた希が部屋に戻ってくるなりすぐにベッドに腰掛けてる悟に視線を向けて、元々大きな目を更に大きく見開いて、そしてみるみるうちに不機嫌な顔になっていく。まるで特級呪霊と対峙した時のような険しい顔に思わず少し笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。


「……傑くん?」
「ごめんね。悟が迎えに来るって言うから」
「信じられない!バカ!裏切り者!」
「ちゃんと話し合いなよ、悟も反省しているみたいだし」


私がそう言うと希が怪訝そうな顔で悟を見て、対して悟は真剣な顔で「希」と名前を呼びながら立ち上がり希の頬に手を伸ばす。けれどその手は予想通り思いっきり希にはたき落とされて、悟は眉を下げた。


「希、ごめん。俺が悪かった」
「私今日は傑と寝るから」
「なんで?俺のこと嫌いになったの?」
「……その聞き方はずるくない?」
「ずるくても何でも良いよ、俺は希のこと愛してる」
「……」
「希が隣にいないと寂しくて眠れない」
「……」
「愛してるんだ。本当に、どうしようもないくらい。だから七海に死ぬほど嫉妬した」
「……」
「一緒に部屋に戻って、いつもみたいに抱き合って眠りたい。だめ?」


悟が優しくそう言って希を包み込むように抱きしめると、希がゆっくりと悟の背中に腕を回す。「だめ、じゃない…」と小さく呟く希の声が聞こえてきて、思わずふっと笑みがこぼれる。うん。今のめちゃくちゃかわいい。
「俺のこと愛してる?」「………愛してる」
「もう一回言って」「…愛してる」「悟愛してるって言って」「さとる、愛してる」
「俺も希のこと愛してるぅぅぅぅ」
なんてさっきまでの重苦しい空気が嘘だったかのように一瞬で甘ったるい雰囲気に様変わりするあたり流石はバカップルだと思う。


「…希」
「…さとる」


顔を近づけてキスをする二人を眺めながら、頼むからここではおっぱじめてくれるなよと強く願った。

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