「傑、愛してるよ」
別れ際。ちゅ、と唇にキスを落とされ、笑顔でまたねと手を振る。
女子大生の彼女は顔もまあまあかわいいし、スタイルもいいし、身体の相性だって良い。
それでも別にヤりたい時以外に会いたいとは思わないし、めんどくさくなったらすぐに切れる程度の存在だと思う。
セックスは腐るほどしてきたのに、愛とか恋とか分からないなんて、悟達が知ったらきっとお腹を抱えて笑い転げるだろう。
「すぐる」
突然呼ばれた自分の名前にバッと後ろを向くと、よっと手を挙げている希がいた。
制服姿でところどころ汚れているところを見ると先程任務が終わって帰っているところなのだろう。
希はニコニコしながらたったったっと駆け寄ってきて、腕をんぎゅうと絡めてくる。
「今の誰ー?」
「気になる?」
「彼女?」
「違うよ」
「じゃあセフレ?」
「そんなところ」
「相変わらずお盛んだねえ」
にたにた笑う希に思わずムッとする。
悟と付き合うまではこういう場面を見たらこっちが鬱陶しくなるくらいめちゃくちゃ嫉妬されたのに。
「嫌じゃないの?」
「いや?なにが?」
「…私にセフレがいるの」
「私はね、傑には幸せになってほしいの」
そう言って私を見上げると、希は思わず見惚れるくらい綺麗な顔で微笑んだ。
「だから傑を幸せにしてくれる人がいるなら、私は応援するって決めたんだ」
「…希が幸せにしてくれないの?」
無意識に出た言葉に、自分自身が一番驚いた。
私は希に何を言っているんだ。
希は一瞬キョトンとして、すぐにスッと腕を離すと、正面からぎゅーって抱きしめてくる。
「どうしたの?疲れてる?」
「なんで?」
「傑がだいたい甘えん坊な時は、疲れてるか嫌なことがあった時だから」
よしよし。と優しく背中をさすってくれる希。
疲れている、とは思う。毎日毎日呪霊を祓って、取り込んで、また祓って。この世界はいつだって死と隣り合わせで、未来の確証なんかなくて、気が休まる時なんてない。この地獄のような真っ暗な世界に、どうしようもないくらい息苦しくなる時があるのも事実だ。
「私は、」
「うん」
「私の幸せは、希の笑顔をずっと傍で見ていることだよ」
「…それってプロポーズ?」
クスクス笑う希に、そんなんじゃないよ、と頭を軽く小突いた。
ちょっとぉ!いたいんですけどー!と大袈裟に痛がる希の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。
「ずっと私の傍にいて」
「それは私の台詞だよ」
悟が特別だから、もう私には嫉妬してくれないの?
悟に対するその幼稚すぎる嫉妬心は、私の心の中にそっと仕舞い込んだ。
▽
「硝子。やばい。私のシスコンが悪化してる」
「あっそ」
「少しは関心を持ってくれ」
だって興味ねーもん。とライターの火をタバコにつける硝子。いやここ一応教室なんだけど。せめて喫煙所で吸ってくれ。
「つーかそれ以上悪化することはねーだろ」
「…昨日私とセフレが一緒にいるところを偶然希に見られてさ」
「お前それ何回目?」
「それで希なんて言ったと思う?“傑を幸せにしてくれる人なら応援する”って言ったんだよ」
「へえ。良かったじゃん。希もとうとう兄離れだな」
「それで私、なんで嫉妬してくれないの?ってめちゃくちゃショック受けて」
「うわめんどくさい彼女かよ」
「流石に希には言えなかったけど」
「ふーん。で?」
「悟と希が付き合ってからなんでも悟を優先するようになって、私より悟が特別なのが分かって、なんていうか…」
「うん」
「今、悟に死ぬほど嫉妬してる」
「…………うわあ」
硝子はなんとも形容しがたい表情をすると、タバコの煙をふーと吐き出した。
「夏油はさ、希のこと好き?」
「そりゃあ勿論、好きだよ」
「どういうところが好き?」
希の好きなところなんて数え切れないくらいある。甘えん坊なところ。寂しがりやなところ。少しわがままで無邪気なところ。子供っぽくて好奇心旺盛なところ。プライドが高くて素直になれないところ。優しいところ。意外と人のことをきちんと見ているところ。一途なところ。笑顔が可愛いところ。勿論短気だしすぐに手が出るしシャレにならないイタズラもするし短所もたくさんあると思うけど…そいうところも含めて、全部。
「希の嫌なところも含めて、全部好き」
私がそう言うと、硝子は「まじか…」と独り言のように呟いて、短くなったタバコをジュッと灰皿を押し付けた。
「夏油、お前さ」
「うん」
「希のことを話すときの顔、いっぺん鏡で見てみな?」
「え?え?なんで??」
「あー…夏油は希並みに恋愛偏差値低いよなって話し」
「え?もしかして私ディスられてる?」
硝子の言ってる意味が理解できずに頭にハテナマークを浮かべていると、硝子は呆れたような顔をしながら私を見据えた。
「恋っていうのは、自分が何をしていても自然とその人のことを考えちゃうものなんだよ」
「ん?」
「今、夏油の頭をずっと占めているのは誰?」
「え」
「ま、せいぜい五条にバレないようにな」
嘘だろ。いつから。一体いつから、私は希のことを。いや待て落ち着け私。
今までかわいがっていた妹のような大切な女の子が突然自分の元から離れていったような気がして、今はただ寂しいだけだ。きっと、いや絶対にそうに決まってる。
だって、そうじゃないと。
「んっ…は、希っ…」
「さとる…さとるぅ…っ」
隣の部屋から聞こえてくる喘ぎ声に、思わず耳を塞ぎたくなる。
希は、私の妹のように思っている大事な女の子で、世界でたった1人の大切な親友の彼女だ。
絶対に希だけは駄目だ。何があっても、絶対に。
悟と希が幸せそうに笑いあっている姿を思い浮かべて、ズキリと痛んだ胸に、気付かないフリをした。
自分の感情を押し殺すことなんて、とっくの昔から慣れてるだろう?