懐玉

静岡県浜松市のとある建物に任務に当たった1級術師である冥冥と2級術師である庵歌姫が2日間音信不通ということで、急遽2年生の4人が応援に向かうことになった。


「ねーおかしくない?歌姫センパイだけならともかく冥さんもいるのに音信不通とかさあ」
「確かにおかしいね。もしかして結界で時間軸がズレているのかも」
「あー珍しいけどたまにあるよな、そういうの。つーかさあ、静岡の有名な食べ物ってなに?」
「えー?わかんな〜い。ちょっと調べてみるね」
「五条。希。これは任務だ、観光じゃないんだぞ」
「「ハイスイマセン」」
「ふっ」
「すぐるぅ、何笑ってんのー?」
「ちょっ、希、顔近いから離れて」
「傑が塩対応…泣く…」
「おーいすぐるぅ!俺の希を泣かすなよ!」
「あーもう、希ごめんって。よしよし」
「やーん傑大好きーー♡」
「俺はそんな希が大好きーー♡」
「おいそんなくっつくな!暑苦しい!!」
「…うわマジで助手席で良かった」
「ははは、本当に皆さん仲良しですね」
「はあ。煩いだけですよ」


目的地の建物の近くに到着して車から降りると、悟は手をひらひらさせながら「帳は俺が降ろしとくから先行くね〜」と言葉通りさっさと先に行ってしまって頬を膨らます。ていうか補助監督の仕事奪うなよ。


「ムカつくぅ。うちら置いてきぼりじゃん」
「希。口開けて」
「(あーん)」
「ほら。これあげるから機嫌直して」


私の好きなイチゴ味の棒付きキャンディーを口の中に突っ込まれてペロリとそれを舐め上げる。うん。甘くて美味しい。


「おいひい〜」
「コラ。くわえながら喋らない」
「なんか卑猥だな」
「硝子」
「なんだよ、お前だってそう思っただろ」
「思ったけど」
「ムッツリスケベ」


そんなくだらない話をしていると物凄い爆発音が響いて一瞬で建物が崩れ落ちる。悟の術式相変わらず凄いなあ。なんて何処か他人事のように思いながら悟の元へ足を進める。


「助けにきたよ〜。歌姫。泣いてる?」
「泣いてねぇよ!!敬語!!」


あ、悟。いた。ぎゅうっと後ろから抱きついて棒付きキャンディーをガリッと歯で噛み砕く。


「さとるぅ、置いてくなんて酷くない?」
「ん〜?男はカワイイ女の子に追われたい生き物なんだよ、希チャン」
「えー?普通逆じゃないの?」


ケタケタ笑いながら視線をずらすとボロボロの歌姫センパイが死んだ目で私達を見ていた。


「ウケる。歌姫ボロボロじゃん」
「先輩を!!!つけろ!!!!」
「希美味しそうなの舐めてんね」
「傑がくれたの♡イチゴ味だよ♡」
「おい人の話を聞け!!!!!!」
「「うるさいなあ」」


はあ、とわざとらしく悟とため息を吐くと、後ろから凛とした美しい声が耳に響く。


「あんまり揶揄ってやるなよ、2人共」
「!冥さん」
「それよりーー泣いたら慰めてくれるかな?是非お願いしたいね」
「私が冥さんを慰めます…!全身全霊を込めて!」
「いや冥さんは泣かないでしょ。強いもん」
「確かに冥さん“は”強いけど…!」
「フフフ…そう?」


3人でそんなやりとりをしていると、歌姫センパイがギリギリと奥歯を噛み締めていた。ほんと短気だな、歌姫。


「五条!!希!!私はね、助けなんてーー」


ーーあ、後ろ。って思った瞬間、バグンッと大きな音を立てて傑の呪霊が歌姫センパイを襲おうとしていた呪霊を飲み込んだ。


「飲み込むなよ、後で取り込む。悟。希。弱い者イジメはよくないよ」


ナチュラルに煽っている傑にケタケタ笑う。傑ってそういうとこあるよね。


「強い奴イジメるバカがどこにいんだよ」
「フフッ。君の方がナチュラルに煽っているよ、夏油くん」
「あ゛」


しまったって顔をしている傑まじウケるんだけど。ナチュラルにクズ。



「歌姫センパ〜イ。無事ですか〜?」
「硝子!!」


私と悟の後ろからひょっこり硝子が顔を出すと歌姫センパイがホッとしたような顔をしたのが死ぬほどイラつくんだけど。マジでなんなのお前。


「心配したんですよ。2日も連絡なかったから」
「硝子!!アンタはあの3人みたいになっちゃ駄目よ!!」
「あはは。なりませんよ。あんなクズ共」


そしてあろうことか歌姫センパイは私の硝子にギューーって抱きついた。は?怒りでピキピキと青筋が浮かぶ。


「おい歌姫!!!おま「はーい。希ちゃん、少し落ち着こう。ね?代わりに俺がいっぱい抱きしめてあげるから」


手を振り上げた瞬間、正面からぎゅーって悟に抱きしめられる。悟の匂いがふわりと漂って、一気にイライラした気持ちが浄化していくのが分かる。ああやばい。好き。大好き。


悟の背中越しに死んだフナみたいな目をしている歌姫センパイと視線が合わさって、途端にバッと顔を逸らされたと思ったら、なにかを思い出したかのように「…2日?」と歌姫センパイが呟く。


「あーやっぱ呪霊の結界で時間ズレてた系?珍しいけどたまにあるよね。冥さんいるのにおかしいと思ったんだ」
「そのようだね。それはそうと君達ーー“帳”は?」


あ。






《 続いて昨日、静岡県浜松市で起きた爆発事故。原因はガス管の経年劣化!?現場の節アナウンサー!? 》



淡々とした事務的な声で原稿を読み上げている女子アナウンサーの声を聞きながら、私達2年生は夜蛾センの前で正座をさせられていた。



「この中に『“帳”は自分で降ろすから』と、補助監督を置きざりにした奴がいるな。そして“帳”を忘れた。名乗り出ろ」
「先生!!犯人捜しはやめませんか!?」


真ん中にいる悟を一斉に指差す。


「悟だな」


夜蛾センの指導という名の拳骨を食らった悟を3人で指差してケラケラと笑う。悟はぶっすーとして不機嫌面だ。
あーかわい。私はその不機嫌な悟の顔が結構好きだったりする。なんていうか、ただでさえ悟は童顔なのにもっと幼く見えてかわいいのだ。
悟のサングラスをさりげなく取ってかけてみるけど、視界が真っ暗で何も見えない。


「希似合うじゃん」
「そ?硝子もかけてー」
「ん」
「似合う〜♡かわいい♡硝子はなにしてもかわいいね♡」
「は?そこはかっこいいだろ」


キリッとキメ顔をする硝子の写真を携帯で撮りながらケラケラ笑う。


「そもそもさぁ、“帳”ってそこまで必要?」


頬杖をついて未だむっすーっとしている悟が納得がいかないとでも言うように疑問を吹きかける。


「別に一般人パンピーに見られたってよくねぇ?呪霊も呪術も見えねぇんだし」
「駄目に決まってるだろ」


そんな悟の言葉に、すかさず傑が正論をぶつけてくる。


「呪霊の発生を抑制するのは何より人々の心の平穏だ。そのためにも目に見えない脅威は極力秘匿しなければならないのさ。それだけじゃない「分かった分かった」


傑の言葉を遮る悟に、あーこれヤバイやつかもと不穏な空気を察したけどまあこうなるのはいつものことだし別にそこまで焦らない。
硝子がはめているサングラスをそっと外してちゅ、とその唇に軽いキスを落として悟にサングラスを返す。
「お前この雰囲気で良くそんなのできるな…」なんて硝子は呆れてるけど、悟のサングラスをノリノリではめてる硝子がかわいすぎるのが悪い!


「弱い奴等に気を遣うのは疲れるよホント」
「“弱者生存”それがあるべき社会の姿さ。弱きを助け強きを挫く。いいかい悟。呪術は非術師を守るためにある」
「それ正論?俺、正論嫌いなんだよね」
「…何?」
呪術ちからに理由とか責任を乗っけんのはさ、それこそ弱者がやることだろ。ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ。オ゛ッエーーー」
「外で話そうか。悟」
「寂しんぼか?一人でいけよ」



わーお。やりあうならせめて校舎半壊くらいにしてくれないかなーなんてぼんやりと二人を眺めながら毛先をくるくる指でいじっていてハッと気付いた。硝子がいない。え、嘘いつの間に…?消えるの早すぎない??てか消えるなら私も一緒に連れていこう???


ガラッ


私が呆然としていると、突然教室の扉が開いて夜蛾センが入ってくる。


「センセ…硝子は!?」
「いやそれは此方の台詞だ。硝子はどうした?」
「さあ?」
「便所でしょ」


ちらりと隣を見ると二人とも何事もなかったかのように自分の席に座っていて相変わらずのその切り替えの早さに尊敬する。私はイライラしたらしばらく長引くタイプだからそういうのはムリだ。
悟と傑をギロリと睨みつけると二人とも不思議そうに首を傾げて私を見る。クソっ!!その顔かわいいな!!


「お前らのせいで私の硝子が消えた!!」
「はいはい希ちゃん落ち着こ?かわいい顔が台無しだよ」
「ほら、また飴ちゃんあげるから」
「私は幼稚園児か!?」


ガタンと席から立ち上がると、夜蛾センが「希。座りなさい」と目頭を揉みながら言ってきてしぶしぶ椅子に座りなおす。
え、私まじで何歳児なの…?夜蛾センはふーと長く息を吐き出すと、教卓に両手を置いて私達3人を真剣な眼差しで見据える。



「まぁいい。この任務はオマエ達3人に行ってもらう」


あ、なんかめんどくさそうな予感。


「なんだその面は」
「「「いや別に」」」
「正直荷が重いと思うが、天元様のご指名だ」


!!天元様のご指名?
え、私達まだ高専の生徒だけどいいの?





「依頼は2つ。“星漿体”天元様との適合者。その少女の護衛とーー抹消だ」





ーー嗚呼、何だろう
ざわざわと、酷く胸騒ぎがする。

// //
top