懐玉

少女ガキんちょの護衛と抹消ォ??」


机の上に長い足を乗せながら明らかにめんどくさそうにそう言った悟に心の中で激しく同意する。


「そうだ」


力強くそう言い放った夜蛾センに悟と傑が「ついにボケたか」「春だしね。次期学長ってんで浮かれてるのさ」なんてヒソヒソ話をしていてクスクス笑う。ふざけていたのに傑はすぐに真面目な顔に戻って、隣からその端正な顔立ちを眺めてうっとりとする。傑って本当にかっこいい顔してるよなあ。


「冗談はさておき」
「冗談で済ますかは俺が決めるからな」
「天元様の術式の初期化ですか?」
「何ソレ?」
「え、流石に悟は知ってるよね?」


思わず口から出た言葉に、悟は少しむくれた顔をしながら「なんだよ」と口を尖らす。


「天元様は“不死”の術式を持っているが“不老”ではない。ただ老いる分には問題ないが一定以上の老化を終えると術式が肉体を創り変えようとする」
「ふむ?」
「“進化”ーー人でなくなりより高次の存在と成る」


さっきからつまらない話ばかりでゲンナリする。はーとため息を吐きながら携帯を取り出して硝子宛にメールを送信する。


《 今どこ? 》
《 喫煙所 》
《 待ってて。今すぐ行くから 》


返事がくる前に携帯をぱこんと閉じて、席を立つ。
悟と傑が目を丸くして私を見て、夜蛾センは目頭を揉みながら深いため息を吐いた。


「希。まだ話は終わっていないぞ」
「実は体調が悪くて…」
「「嘘つけ」」


キッと悟と傑を睨み付けると、2人共わざとらしく視線を泳がせる。


「希」
「……」
「席につきなさい」
「……」
「また反省文書くか?」
「……」


無言で席に着くと悟と傑がニヤニヤしながら私を見て舌打ちをする。もうなんなのイライラするなあ。
携帯を取り出して開くと硝子から返事がきていて、ごめんもう少し待っててと慌てて泣いてる絵文字をつけて送信する。


夜蛾センはゴホンと咳払いをすると、腕組みをしながら話を続けた。


「その星漿体の少女の所在が漏れてしまった。今少女の命を狙っている輩は大きく分けて2つ!!」


えー話聞いてなかったからなんの話してんのかさっぱり分からないんだけど…てか夜蛾セン張り切り過ぎじゃね?ふわああ〜眠くて欠伸が止まらない…


「天元様の暴走による現呪術界の転覆を目論む呪詛師集団『Q』!!
天元様を信仰崇拝する宗教団体ーー盤星教『時の器の会』!!
天元様の星漿体の同化は2日後の満月!!それまで少女を護衛し天元様の下まで送り届けるのだ!!
失敗すればその影響は一般社会までに及ぶ。心してかかれ!!」


………。


「あれ、希寝てない?」
「ウソだろ。おーい希〜?」
「爆睡だね…」
「お姫様。王子様のキスで目覚めて?」


「希。反省文」
「…っ!!!!」
「あ、起きちゃった。せっかくだからチューして起こしたかったのにぃ」
「てか希反省文嫌すぎじゃない?」


夜通し反省文地獄はもうこりごりなんだよ!!!






「星漿体のガキが同化を拒んだ時ぃ!?」


傑の問いかけに、私はんーと考えてみせる。
正直言って、私はその星漿体の少女の命なんてどーでもいいし、全くもって興味がない。
だけど悟は違うみたいで、少し間を置いてから「その時は同化はなし!!」と言ってのけたのだ。
同化をしなかったら天元様の敵になるかもしれないのに、悟はさもそれが当然かのように言ってみせて、そんな優しい悟のことを誇らしく思うのと同時に、つまらなくも感じる。私以外の誰かに興味を持つ悟のことはあまり好きにはなれない。


「クックッ。いいのかい?」
「あぁ?」
「天元様と戦うことになるかもしれないよ?」
「ビビッてんの?大丈夫。なんとかなるって」
「ハハッ。悟らしいね。ーー希はどうしたい?」


傑に優しく問いかけられて、ふいっと顔を逸らす。


「正直、星漿体の少女なんてどーでもいい。だけど、悟と傑の意見になら、従う」
「希。ありがとう」
「流石俺達の希だな」


よしよしと傑に頭を優しく撫でられて、悟に後ろからぎゅーって抱きしめられる。任務だとはいえ星漿体の少女について真剣に考えてる2人に拗ねていることなんてきっと2人にはお見通しだったんだろうな、なんて思うと少し恥ずかしくなった。






「でもさー」


悟は私から離れて、ピッと自販機のボタンを押すとガタンと缶ジュースが落ちる。


「呪詛師集団の『Q』は分かるけど、盤星教の方はなんで少女殺したいわけ?」


あー…確かに。それは私も思った。


「崇拝しているのは純粋な天元様だ。星漿体…つまり不純物が混ざるのが許せないのさ。だが盤星教は非術師の集団だ、特段気にする必要はない。警戒すべきはやはり『Q』!!」
「まぁ大丈夫でしょ。俺達最強だし。……って、あれ?希ちゃーん?何拗ねてんの?」
「その中に私は含まれてるの?」
「は?今更何言ってんの?俺達“3人”で最強だろ?だから天元様も俺達を指名したんだし」
「ん、それならよし」
「あ〜今日も希がさいっこうに可愛い……って、今度はお前が何?」
「いや…悟。前から言おうと思っていたんだが、一人称『俺』はやめた方がいい」
「あ゛?」
「特に目上の人の前ではね。天元様に会うかもしれないわけだし。『私』最低でも『僕』にしな。歳下にも怖がられにくい」
「はっ嫌なことった」


ケラケラ悟を指差して笑っていると、傑がやけに真剣な眼差しで私を見据える。


「希も、普段の言葉使いをもう少し柔らかくした方が良い。あまり乱暴な言葉使いをするのは女性としてよろしくない」
「分かったよママン」
「お前ぜっっってー分かってねえだろ」


ゲラゲラお腹を抱えて笑う悟。
傑のこの指摘を私達がきちんと守るようになるなんて、この時の私達は想像すらしていなかったね。


( この頃の私達、マジでクソガキだったからな )




ボンッ


ホテルの一室が爆発して、3人で一斉に視線を向ける。


「これでガキんちょ死んでたら俺らのせい?」
「反省文?始末書?はごめんだなあ」


はーとため息を吐くと、黒煙が上がっている部屋から人が落ちてきた。あの子が星漿体の少女で間違いないだろう。傑が呪霊に乗りながらその子を助けるのを悟と見ながらホッとしていると、突然呪力を纏った炎が襲いかかってきて掌印を組む。


「おおっと!危ない!これはーー“反射術”だね。見るのは初めてだ。すごい威力だ。素晴らしいね」
「お褒めの言葉どーも。さとる〜。こいつ私がもらってい?」
「いーよ。たくさん遊んであげて。俺はこっちの奴と遊ばなくちゃいけないから」


悟は悟で別の呪詛師の相手をしている。
ふーん。コイツらが噂の「Q」の戦闘員か。


「とっとと終わらせよう。お前みたいな雑魚相手にするの面倒だし」
「あ゛?」
「土下座して謝れば半殺しで済ましてやるよ、オッサン」
「このクソアマがっ!!!!!!」


あーあ、今頃硝子はなにしてんのかなあ。後で電話かけてみよーっと。

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