いっそ壊してしまおうか

2007年 8月


“あの日”から1年が過ぎた


悟は“最強”になった


任務も全て1人でこなす
硝子は元々危険な任務で外に出ることはない
特級の話も出ていた希だが悟の妨害もあって階級は1級のまま
特級になった私と悟とは階級が違うこともあって任務が被ることはほとんどなくなった


必然的に私は1人になることが増えた


その夏は忙しかった
昨年頻発した災害の影響もあったのだろう
蛆のように呪霊が湧いた

祓う 取り込む その繰り返し

祓う
取り込む

皆は知らない 呪霊の味

吐瀉物を処理した雑巾を丸飲みしている様な

祓う

取り込む



誰のために?



あの日から自分に言い聞かせている

私が見たものは何も珍しくない
周知の醜悪

知った上で私は
術師として人々を救う選択をしてきたはずだ


ブレるな


強者としての責任を果たせ



「すぐ…る」


「であってくれて…ありがとう」




希が死にかけたのは 誰のせい?
ーー誰の


「猿め…」







「九十九さん。傑にあんまり変なこと吹き込まないでくれます?」


傑が立ち去った後に九十九由基を捕まえてそう言えば、九十九由基は一瞬キョトンとした顔をして、そしてすぐに口角を吊り上げてニヤリと笑う。


「そういう君は清宮希じゃないか。会うのは初めてだね。一度会って話してみたかったんだよ」
「はあ?貴方私のこと知ってるの?」
「珍しい術式の“反射”を使いこなすだけではなく、攻撃を受けた際に相手の呪力の3割を吸収する。そのため呪力が消耗することはほとんどなく、『呪力タンク』の異名を持つ。近接戦闘が得意で、その実力はあの『五条悟』『夏油傑』と並ぶほど。そりゃあ術師ならその名を知らない者はいないよ」
「長々とお褒めの言葉どーも。そんなことより私今怒ってるんですよ。それはもうめちゃくちゃ。その意味分かります?」
「夏油くんに言ったことは事実だよ。何も間違えたことは言ってない。早かれ遅かれ夏油くんだって知ることだよ」
「タイミングって大事ですよね。傑は今悩んでるんです。暖かい一般家庭で育った傑は、今この世界の不条理に悩み苦しんでるんです。そんな時に貴方の言った“術師からは呪霊は生まれない”という事実に傑がもし変なことを考えてそれを実行したとしたら?私は絶対に貴方のことを許さない」


ギロリと睨み付けながらそう言えば、九十九由基はニコニコしながら私の頭をぽんぽん撫でてきて、思わず顔を顰めてその手を振り払う。


「ははは!青春だねえ。若いってやっぱりいいな〜。羨ましい限りだよ」
「あの、もしかして私のこと馬鹿にしてます?」
「まさか。最高の褒め言葉だよ」
「むかつく」


舌打ちをしてその場を後にする。
今はとにかく傑が心配でたまらない。
“あの日”以来、傑は日に日にやつれていって、ずっと様子がおかしかった。
傑が今何を考えているのか、私は傑じゃないから全てを分かっているわけじゃない。でも、傑が今1人で苦しんでいることは分かってる。
そんな傑を、ほっとけるはずがない。傑の傍にいたい。



ーーじゃあ、非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか


誰よりも繊細で、心優しい傑。
お願い。全てを1人で抱え込もうとしないで。







コンコン


控えめな扉を叩く音が部屋に響いて扉を開くと、眉を下げた希が立っていて、心臓が嫌な音を立てる。


「…どうしたの」
「入ってい?」
「ごめん。今日は疲れてるんだ」


あの時。あの瞬間。希の死を目の前ではっきりと意識した時、私の世界は真っ暗になった。
あんなにも全身が凍りつくような恐怖を感じたことは、産まれて初めてのことだった。


呪術師という職業についている以上、いつだって死と隣り合わせだ。昨日笑いあっていた仲間が明日にはこの世にいない。そんなこと、珍しいことでもなんでもない。
積み重なる屍の山に、いつか希も加わったら?
そんな考えが頭を過ぎるたび、心臓が押しつぶされそうな不安と恐怖に襲われる。
希を失いたくない。
じゃあ、どうしたら。私は一体、どうしたらいい。



「…傑、痩せたね。ちゃんとご飯食べてる?眠れてる?」


イライラする。何もかも、この世界の全てに。
胸の奥がずっとモヤモヤしていて、晴れることがない。朝がきて、呪霊を祓って、取り込んで、また祓って、疲れ果てて眠って、また朝がくる。嗚呼、なんて意味のない毎日。そんな地獄を作り出しているのは、他の誰でもない非術師だというのに。私は何のために、こんな思いをしてまで、大切な人を失いそうになってまで、一体、それになんの意味が。









希の腕を引っ張って、ベッドにぼすんと投げ捨てて、その身体の上に跨る。
希は目をぱちくりさせて、そして私の頬に両手を当てた。



「いいよ」



涙がぽたぽた溢れ落ちて、希の顔を少しづつ濡らしていく。
イライラする。守れなかった命。自分のことしか考えていない非術師。今までの自分の考えが正しいのかさえ、今はもう何も分からない。
私はただ、大切な人にずっと笑っていてほしいだけなのに。


「…自分が何言ってるのか分かってる?」
「私の身体を好きにしていいよって言ってる」
「悟への裏切りになる」
「今私の目の前にいるのは、悟じゃなくて傑だよ」


そんなこと分かってる。そういうことを言ってるんじゃない。希は身体を起こすと、部屋着のTシャツと短パンを脱ぎ捨てて下着姿になって、私の手を取ってその胸の上に乗せる。は?と思わず目を見開く。


「私は傑を見捨てない。何があっても、絶対に」


まるで自分に言い聞かせるようにそう言った希は、私の迷いに気付いていると思った。
今の希の行動に特別な感情なんてなくて、あるのは私への慰めの気持ちだけだ。
そんな希に無性にイライラして、それ以上に愛おしくて、そのちぐはぐな感情に胸が締め付けられるように苦しくなる。


「後悔しても知らないからな」
「後悔なんて、そんな意味のないことしないよ」


嗚呼、もういっそ
全てを壊してしまおうか。

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