その手はどこまでも暖かい

「希っ…はっ…希、」
「んっ…ぁ、傑、大丈夫、大丈夫だからっ…」


大丈夫。大丈夫だから。
希は最中の間もずっと私に言い聞かせるようにそう言って、私の背中に腕を回して必死にしがみついてきた。まるで離れないでと言われているようで、胸が締め付けられて、涙が溢れた。
悟を裏切ってまで、私を救おうとしてくれている。そんな希のことを、誰よりも愛おしくて、そして、全てを敵に回しても失いたくないと思った。
















「傑、」


ぎゅうと後ろから抱きしめられて、その手を握りしめる。


「私達は、共犯者だね」


その声が震えているように聞こえて、咄嗟に後ろを振り向いて噛み付くようなキスをした。

希とキスをしたのも、身体を重ねたのも、この日が最初で最後で、今でも時より、この日のことは私が見た都合の良い夢だったんじゃないかって本気で思うんだ。

















その翌日だった。灰原が任務中に亡くなったのは。


「なんてことない2級討伐任務のハズだったのに…!!クソッ…!!産土神信仰…アレは土地神でした…1級案件だ…!!」


ボロボロの七海と、横たわる灰原の遺体。
昨日、眩いほどの笑みを浮かべていた彼は、もう二度と目を覚ますことはない。そんな灰原の隣で、希は静かに涙を零しながら優しく頭を撫でていた。


「希」


名前を呼ぶと、希は俯きながらそっと灰原から離れて、灰原の遺体に真っ白な布を被せている私を、後ろからきつく抱きしめた。


「今はとにかく休め、七海。任務は悟が引き継いだ」
「……もう、あの人1人で良くないですか?」
「悟は、」
「……」
「何でもない。ごめんね、ななみん」


あの時、希が何を言ようとしていたのか私には分からない。

ただ、もう誰も失いたくない。その想いは、きっと希も同じだったんだと思う。







2007年 9月
◼◼県 ◼◼市(旧◼◼村)
任務概要
村落内での神隠し、変死
その原因と思われる呪霊の祓除


「これはなんですか?」


檻に閉じ込められている、2人の幼女。顔は暴力を受けた痣で赤く腫れ上がっていて、衣服はボロボロだ。あまりにもその酷い有り様に、今まで感じたことのないような嫌悪感、憎悪が全身を駆け巡る。真っ黒な感情が私を支配して、深く息を吐き出す。


もう、いい。もう、限界だ。
非術師の発する言葉が、もう人間のものに聞こえない。


非術師を見下す自分
それを否定する自分


どちらを本音にするのかはーー


「皆さん。一旦外に出ましょうか」


君がこれから選択するんだよ

























「傑」


全身を震わせて怯えている猿共を覆う結界に、小さくため息を吐いた。


「そう言えば希の任務先、この近隣の山だったね」
「傑」
「予定より随分と早く終わったんだね。流石希。悟の妨害があっても特級への道は近いんじゃないのかい?」
「傑」
「どうしたの?なんでそんなに泣きそうな顔をしているの?」


「傑。今、ここにいる人達は、誰も、傷一つだってついていない。傑は、この人達の後ろにいる呪霊を祓おうとした。任務を遂行しようとした。たった、それだけのこと。何も可笑しなことはしていない。だから、帰ろう、傑。みんな待ってるよ」


「何言ってるの?希。私は、この猿共を、今から皆殺しにするんだよ」


希だって、本当は分かっているだろう?


希は真っ直ぐに私を見据えて、そして意を決したように口を開いた。


「術師、辞めよう。傑」
「は?」
「私も辞める。卒業したら、一緒に就活しよ。術師以外にも、いくらでも道なんてある。あ、ごめん。高専も嫌だよね。うん、じゃあすぐ辞めよ。明日にでも。それがいい。そうしよう」
「…いや、何言ってるの。悟と硝子はーー「私は、傑の傍にいる。傑のことが大事だから。大好きだから。こんなに苦しんでいる傑を、絶対に1人になんてさせない」


あんなに酷いことをしたのに。弟みたいに可愛がっていた後輩を失ったばかりなのに。

世界で一番大切な人を、裏切ってしまったのに。


希はどこまでも、私を信じ、私の手を離そうとしない。
ただ、私を1人にしないために。


「傑」

「迎えにきたんだよ、傑。一緒に、帰ろう」


そんな希のことを、誰よりも、どうしようもないくらい、愛しているんだ。

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