これからも共に生きていこう

私にとって悟と傑と硝子は、家族だ。
ただの同級生なんかじゃない。
誰よりも大切で、自分の命より大事な、かけがえのない人達。誰が特別とかじゃない。
悟も、傑も、硝子も、誰一人として代わりは居ない。失いたくないんだ。私は、なにを犠牲にしても、どんなに辛い目にあっても、傍にいる。私に初めて“愛”を教えてくれたあの日、あの時。そう心に決めたの。

















お姉ちゃんみたいとくしゃりと微笑んでくれた、この世界に似つかわないまるで太陽みたいにみんなを明るく照らしてくれたかわいい後輩も、一緒に笑いあった理子ちゃんも、優しい黒井さんも、みんな、みんないなくなってしまった。
抱きしめることも、二度と声を聞くことさえできない。
たくさんの大切な人を、私達は失った。

傑は、そんな世界に絶望し、全てを捨てて呪詛師になろうとした。


呪術師は地獄だ。


毎日死と隣り合わせのこのクソみたいな世界は、傑みたいな真面目で繊細で優しい人にはあまりにも不釣り合いだ。
傑が非術師を猿と呼び嫌悪して殺そうとする気持ちは分からなくもないし、私だってそうしたいと思ったことは正直何度だってある。
だけど、もし傑が本当に非術師を殺したら?
傑は処刑対象になって、呪詛師となった傑を私や悟が追って、もし見つけたら、私は、悟は、傑を殺さなくてはならない。


傑を殺す


そんなこと、できるはずがない。


優しく目を細めて笑いかけてくれるところ
頭をぽんぽん撫でてくれるところ
ぎゅーっと抱きしめて思いっきり甘やかしてくれるところ
意外と短気なところ
喧嘩してもすぐに謝ってくるところ
私のことを、誰よりも大切に想ってくれているところ


そんな傑を、殺せるはずがない。


だから私は、私は…
自分のために、自分がただ傑と一緒にいたいがために。

傑と一緒に術師を辞める。


そう決めたの。








悟と硝子にそう告げたら、二人は目をまん丸にして、そして悟は唐突に「沖縄に行こう」と私と傑の手を取った。私と傑は不思議そうに顔を見合わせて、硝子は「はー…」とめんどくさそうにため息を吐き出す。
沖縄…なんで沖縄?え、まさかの思い出巡り?
そんな思考が頭をよぎって悟を見上げると、悟はくしゃりと子供みたいに笑って、私の髪の毛をぐしゃぐしゃに撫で回す。


「よくわかんないけど、色々二人とも病んでるみたいだし?黙って俺についてこいよ。同級生みんなで沖縄ってのもいいだろ?」


そう言って硝子を見ながらにんやりと口角を釣り上げる悟に、硝子はげんなりとした顔を見せて、思わず笑ってしまう。そうだね。“あの時”は硝子はいなかったから、これも良い思い出になるかもしれない。ふと隣を見ると、傑が困ったように笑っていて、頭をよしよし撫でてあげる。
悟が「希〜!俺にもよしよしして!」って頭をぐりぐり押し付けてくるから、仕方ないなあ、なんて言って傑の時より少し乱雑に撫で回す。目を細めて気持ち良さそうにしている悟に、意外だな、なんて冷静に思う。傑と高専を辞める。なんて言ったら、絶対に悟はブチ切れるか必死になって止めるかのどちらかだと思ったからだ。

私は高専を辞めても、勿論悟と別れるつもりなんてないし、硝子ともずっと親友でいるつもりだ。
でも、今まで毎日一緒にいたみんなが急に離れ離れになるのは、やっぱり、寂しい。凄く寂しい。本音を言えば、ずっと4人で一緒にいたい。そんなこと、絶対に口が裂けても傑の前では言わないけど。


















一年前と変わらない景色なのに、そこには理子ちゃんも黒井さんもいなくて、代わりにいなかったはずの硝子がここにいる。
たった一年。一年で、私達は大きく変わった。


悟は一人でも“最強”になった

傑はこの世界に絶望した


私と傑が、一線を超えた


何が正しいのか、何が間違ってるのか
この世界にはきっとそんなものない
ただ、毎日を、必死に生き抜くだけ
たった、それだけのこと








「俺も辞めるわ、術師」


人間驚きすぎると声も出ないらしい。
は?と口を開けて3人揃って悟を見上げると、立ち上がっていた悟はそんな私達を見てケラケラ笑う。


「なにその間抜け面!だっせー!」


お腹をかかえて笑い出す悟を、唖然としたまま見上げる私達はその言葉通り随分と間抜け面だと思う。だけど本当にびっくりしたのだ。私と傑とはわけが違う。悟は、五条悟は、この呪術界の宝だ。奇跡のような人だ。そんな神様のような悟が、術師を辞めるなんて、そんなこと


「誰にも文句は言わせない。他の誰でもない、俺の人生だ。俺が自分で決める」
「…まじで言ってんの?」
「硝子だってどーせ高専辞めるくせに」


えっと傑と一緒に硝子を見ると、硝子は気まずそうに顔をそらして頭をぽりぽり掻きはじめる。


「…お前らがいないと毎日退屈じゃん?」


硝子…っ!思わずぎゅーっと硝子を抱きしめると、優しく背中を撫でられて涙腺が緩む。
そんな私を横からぎゅーっと抱きしめる悟が私の頬にキスをする。


「世界で一番大切な彼女と親友がいない高専なんて、具が入ってない味噌汁と一緒だろ?」
「…なにそのヘッタクソな例え、ダッサ」
「とか言ってほんとは嬉しいくせにぃー!」


ばか。大バカものだよ。硝子も、悟も、勿論、私も。みんな、みんなばか。大好き。大好きだばか。ぎゅうぎゅうと3人で抱き合っていると、傑がぷっと吹き出して、そして大口を開けて笑い始める。そんな傑を、ぽかんとしながら見つめる私達。


「あー…なんか、色々悩んでたのがアホらしくなってきた」
「そうそう。傑は考えすぎなんだよ。そんなに考えすぎたら将来ハゲんぞ?」
「つか夏油、お前いつまで優等生ぶってんだよ。そろそろ化けの皮剥がせ」
「いや硝子…ひどすぎない?」


目尻に溜まった涙を指で拭いながら、傑は真っ直ぐに私達を見据える。


「こんな頭のイかれたクズ共を雇ってくれるとこなんてないだろうから、仕方ないしみんなで術師続ける?」


ニートはごめんだし。そう言って舌をベーっと出す傑に、みんな一瞬キョトンとして、そして一斉に飛びつく。うおっ!とよろけながらもしっかりと受け止めてくれた傑に、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「だってよ、希。お前はどーすんの?」
「…いじわる…そんなの聞かなくても分かるくせに…」
「あぁ〜!いじわるって言い方がかわいすぎて死んだ」
「私はキモすぎて死んだ」


あの海で、4人でぎゅうぎゅうに抱き合っている私達を、きっと傍で理子ちゃんと黒井さんが微笑ましく見守ってくれていると思う。
根拠はないけど、そんな気がしたの。


「4人で生きていこう。これからも、このクソみたいな世界を。手を繋いで、離さないで」


真っ黒で、未来の確証すらない腐った世界に、私達は存在している。
泣き叫ぶくらい苦しくても、辛くても、平等に明日は訪れる。そんな日々を、これからも私達は生き抜いていく。
この4人で、ずっと、手を離さないで。


















「はー!?傑が京都校の教師!?!?」


あっさり手を離しやがった裏切り者が、一人。





fin

// //
top