君に出会うために産まれてきたんだよ

12月6日。
後少しで、俺は年に一度きりの特別な日を迎える。
本当だったら一番に祝ってくれるはずだった希が隣にいなくて、完全に自業自得のくせに寂しくてたまらなくて後悔ばかりしてしまう。


ああ、誕生日の前日に喧嘩してしまうなんて、なんて俺は大バカ者なんだろう。



喧嘩の発端は、俺の小さな小さな、嫉妬だ。
希が補助監督の男に告白されているのを偶然見かけて、希がきちんとその男を振っているところまで見届けたはずなのに、ドロドロとしたドス黒い感情が身体中を支配して、とにかくイライラしてたまらなかった。

今夜は希の部屋に行って一緒に朝まで過ごす予定だった。それに、次の日は俺の誕生日だから、誕生日のお祝いを少なからず期待していたし…。いやウソ本当はかなり期待してる。だって俺、希の彼氏だし。それなのに。めちゃくちゃ楽しみにしていたはずなのに。イライラが止まらなくて希に会う気になれずに部屋に閉じこもっていた。


なんでこんなにイライラするんだろう。別にアイツが男にモテるのは今に始まった事じゃないのに。
…ああ、そうだ。あの補助監督の男は、俺たちが一年の時から随分と希と親しげだった。趣味が合うから話していて楽しいと希は確かそう言っていたと思う。…クッソ腹立つ。つーか仮にも成人している大人が高専の生徒に告るとか論理的にどーなの?アウトじゃねーの?アウトだろ死ね。


「…悟?寝てるの?」


扉越しに聞こえてくる声に何も答えずに携帯をいじっていると、カチャと扉の開く音が聞こえてきて希が部屋の中に入ってくる。


「ねえ、起きてるじゃん」
「……」
「今日は悟が私の部屋に来るって言うからずっと待ってたんだけど」
「……」
「メールも電話もしたのに。携帯触ってるなら返事くらいしてよね」
「……」
「…ねえ、良い加減こっち見てよ。なんで怒ってるの?理由言ってくれなきゃ分かんない」
「……」
「さと「うるさい」
「…は?」
「部屋から出てって」
「……なにそれ。理由も言ってくれないの?意味わかんない。私にむかつくとこあるならはっきり言ってよ。ちゃんと聞くから」
「ねえ、「今はオマエの顔見たくない」
「……」
「ごめん」
「っ、もういいっ、悟のバカっ!!」


グチャっと頭の上に何かを投げ付けられて、それがケーキだと気付くのにそう時間はかからなかった。ハッとして顔を上げると希はもう部屋から出て行くところで、バタンッ!!と大きな音を立てながら扉が閉まってゆく。


「……ケーキ、本当に作ってくれたんだ」


誕生日は希の愛情がたーっぷりこもった手作りのチョコケーキが良い〜♡なんて半端冗談でお願いしたけど、常に忙しい希がまさか本当に作ってくれるなんて思わなかった。
髪の毛にべっちゃりとついているチョコクリームを指ですくって、ペロリと舐め上げる。


「………うま、」


きっと俺が部屋に来る予定だった時間までに頑張って作ってくれたんだろうな。それで俺が部屋に来たら、このケーキを渡して、喜ぶ俺を見ながら希も嬉しそうに笑うんだ。それで、それで。一番に「お誕生日おめでとう」と、俺の隣で言ってくれるはずだったのに。俺のくだらない小さな嫉妬のせいで、最悪の誕生日だ。そもそも希はきちんと告白も断っていたし、何も悪いことはしていないのに。それなのに、全部俺のせいで。


「っ、」


目頭がグッと熱くなって、視界がじわりと滲んでゆく。嫉妬で勝手にキレた挙句に泣くとかマジでダサすぎんだろ、俺。五条家の次期当主が聞いて呆れるわ。つーか傑と硝子が見たらぜってー腹抱えて爆笑するんだろうな。


とりあえずシャワーでも浴びるか。そんで希の部屋まで行って、ちゃんと謝ろう。希、許してくれるかな。アイツ短気だから今頃怒ってるだろうな。いや、完全に自業自得だけど…。


ハァ、と大きなため息を吐きながら立ち上がろうとした瞬間、ふわりと甘い香りに包まれて、思わず目を見開く。


「お誕生日おめでとう。悟」


愛してる。誰よりも、何よりも。俺はきっと、希に出会うためにこの世に産まれてきたんだよ。


「…ふはっ。頭ケーキまみれで泣いてるとかウケるんだけど」
「……っ」
「悟?また無視とかやめて「希…っ」
「うん?」
「………酷いこと言って、ごめんなさい」
「ふっ…ははは。いーよぉ。ね?だからもう泣かないでよ〜かわいいなあ。悟くんは〜」


頭をぐちゃぐちゃに掻き回されて、「あーあ、せっかく悟のために作ったケーキ台無しになっちゃった!」なんて歯をむき出しにして笑う希をぎゅうって力強く抱きしめる。


「本当に、ごめん。ケーキ作ってくれたの、すっげー嬉しかった…」
「…悟の喜ぶ顔が見たくて頑張ったんだけどなあ」
「…すいません」
「いいよ。そのかわり、来年も再来年もずーっと悟の誕生日にケーキ作ってあげるから、その時はちゃんと食べてね?

まっ、悟が悪いとは言えケーキ投げつけたのは私なんだけど!」


いたずらっ子のように舌をぺろりと出す希が可愛すぎてその唇にちゅ、と優しいキスを落とす。
俺たちの未来を当たり前のように言ってくれる希。そんな希のことが、何よりも大切で愛おしくてたまらない。


「すき。だいすき。あいしてる」
「私もさとるのことがだぁいすき」
「愛してる?」
「愛してるぅ」


二人でチョコクリームまみれになりながら啄ばむのようなキスをし合う。ついさっきまで最悪の誕生日を迎えるはずだったのに、もうこんなにも幸せで溢れている。



「ねえ、悟」
「ん?なあに、希」
「ちょっと後ろ向いて」
「え?どうして?」
「いいから〜ね?」
「? 分かった」


希に言われた通りに後ろを向くと、首元に冷たい感触があって、ソレに触れてみて目を細める。


「この世に生を享けて、私と出会ってくれて、私を選んでくれて、本当にありがとう。


愛してるなんて言葉じゃ足りないくらい、悟は私の全てなんだよ」


宝物みたいな言葉に、また目頭が熱くなる。お礼を言うのは俺の方だよ。この世に誕生したその日から、俺は“五条悟”だった。周りの奴らはみんな俺の術式と目しか見えてない。誰も、家族だって、俺自身には全く興味がない。それが当たり前だと思っていたし、別に悲しいとか寂しいとかそんな感情は抱かなかった。だけど、高専に入学して、希と傑と硝子に出会って、俺の人生は変わった。コイツらは、初めて俺のことを五条家の嫡男としてじゃなくて、ただの人間として見てくれた。めちゃくちゃ驚いたけど、それ以上に泣きたくなるくらい、嬉しかった。

そして初めて本当の恋を知った。完全に一目惚れだったと思う。毎日がキラキラと輝いて、楽しくて仕方なかった。希と付き合えた日は今でも鮮明に覚えている。それくらい、俺にとったら特別な日なんだ。


俺と出会ってくれて、俺を選んでくれて、本当にありがとう。
希は俺の、生きる意味だよ。
大袈裟でもなんでもなく、君に出会うために、俺はこの世に産まれてきたんだ。



「…っ」
「ふっ、ふふ。悟ぅ、今日泣きすぎじゃない?」
「幸せすぎて涙止まんねえ…」
「リア充じゃん」
「リア充だよ爆破しねえけど…」
「ははっ。そんなに気に入ってくれたの?このネックレス」
「う゛ん。あ゛りがどお」
「ん。それなら良かった」


俺の瞳の色をした、美しい碧のダイヤが輝くネックレス。こんなの気に入らないわけないだろう。マジですっげー嬉しい。希は「実は…」とニコニコしながら言葉を発すると、「私とお揃いでーす♡」とタートルネックをずらして首元を露わにする。そこには今俺がつけているネックレスと同じものがキラキラと輝いていて、俺はふにゃりと顔を緩ませる。


「マジでお揃いじゃん」
「うん。嬉しい?」
「死ぬほど嬉しい。
間違いなく俺が今この世界で一番の幸せ者だと思う」
「えー?大袈裟だよ〜」


なんて言いながら嬉しそうな顔をして笑う希が、可愛くて愛おしくてたまらない。


「ねえ、そろそろ一緒にシャワー浴びよう?二人してチョコクリームまみれで笑えるんだけど」
「ハハッ。今更ぁ?つーか一緒にシャワー浴びたら間違いなく悟の悟くんが元気になっちゃいますけど…」
「別にいいよぉ?今日悟誕生日だし」
「は、」
「ちょっとぉ!何今までで一番嬉しそうな顔してんの!エッチ!」



















事後


「ねえさとる…」

ちゅ、ちゅ、

「ん?なあに?希」
「なんであんなに怒ってたの?」
「あー…」
「私なにか悪いことした?」
「ううん。希は何にも悪いことしてないよ」
「じゃあなんで…」
「希が割と仲良い補助監督に告られてんの偶然見かけて…頭に血が上って…」
「ああ…あれ、悟見てたんだ。でも私、はっきり断ったよ?今もこれからも貴方と付き合う気はありませんって」
「うん。知ってる。知ってるけど、無性に腹立ってさ…希は俺だけのモノなのに、って」
「ふっ、」
「なんだよ」
「いや。悟はかわいいなあって思って」
「もしかしてバカにしてる?」
「んー…ちょびっとしてる、かも?」
「おいバカにすんな」
「大丈夫。そんなに心配しなくても、私は悟だけのモノだよ。

…だから朝まで、私の身体を悟でいっぱいにシてっ?」
「っ…ゼッテー抱き潰すっ!!」



あの日にもらったお揃いの碧のダイヤのネックレスは、今も二人で暮らしている家で美しく輝いているよ。だって、希からもらった大切な宝物を、任務でダメにするわけにはいかないだろう?


「あっ…さとるぅ…っ」
「希っ…愛してるっ…」


君と出会って、僕は本当の愛を知ったんだよ。
そんなことを言ったら、君はきっとキザすぎって照れ臭そうに笑うんだ。





Happy Birthday to SATORU GOJO

// //
top