君にはいつだって敵わない

後数分でまた一つ歳を重ねる。そんな言い回しをしたらきっと希に「傑おじさんくさい」なんてクスクス笑われるんだろうなあ。こんな時にでさえ思い浮かべるのは想いを向ける彼女のことばかりで、我ながら悟のこと言えないなあ、なんて自嘲気味な笑みを浮かべる。


「…傑?どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
「ふふ。もう少しで0時だね。傑のお誕生日をこうして一緒に迎えることができて幸せっ」


ふにゃりと嬉しそうに顔を緩ませながら腕を絡めてくるさ…いや女子大生の彼女はなかなかの美人だと思う。小顔で目鼻立ちがはっきりとしていてハーフみたいだしおまけにスタイル抜群で巨乳。付き合ったキッカケは彼女についていた呪霊がまあまあ使い勝手が良さそうだったから、偶然彼女が落としたハンカチを拾うフリをしてそのまま取り込んだ。その瞬間、顔を真っ赤に染めた彼女から連絡先を聞かれて何度か誘われて会ううちに猛アプローチをされて別に断る理由もないし受け入れて今に至る。まあ本音を言えば私は彼女のことを見た目が綺麗な性処理のオナホくらいにしか思っていないのだけれど、そんなことを言ったら硝子からゴミを見るような目で見られることは分かっているから口には出さない。


「3.2.1!すぐる〜♡お誕生日おめでと〜♡」


きゃーっと嬉しそうに抱きついてくる彼女の背中に手を回す。何も感じない。何も、うれしくない。渡されるプレゼントも、用意してくれていた甘さ控えめの手作りケーキも、何もかも。それでも私だって一人の男なわけで。溜まるものは溜まるから、ただ欲を吐き出すためだけに、彼女を抱いた。シーツに散らばる美しいブロンドのサラサラの髪の毛も、長くカールされたふさふさの睫毛も、薄桃色のぷるんとした唇も、希と重なる部分はいくつもあるのに、それでもやっぱり、違うんだ。匂いも、温もりも、声も、全て。


隣でスヤスヤと規則正しい寝息をたてながら眠っている彼女に背を向けて、携帯を取り出す。パカリと開くと、暗闇に慣れた瞳にはその光は眩しく感じて、思わず目を細める。


「ふふ」


無意識に笑みがこぼれる。
“すぐる!お誕生日おめでとう”
“誕生日おめでと〜。”
悟と硝子からのシンプルな誕生日祝いのメールは、彼女からの凝った誕生日プレゼントなんかよりもずっとずっと嬉しかった。他にも親しくしている先輩と後輩からや中学の時の友人からもメールが届いていて、こうやって自分が生まれた日を誰かに祝ってもらえることは幸せだなあ、なんて心がほんわかする。


「きてないな…」


だけど。一番誕生日を祝ってほしかった人物からはメールが届いていなくて、少しだけ寂しく思ってしまう。いや嘘。本当はめちゃくちゃ寂しい。彼氏でもなんでもない自分がそんなことで寂しがるなんておかしいことくらい分かってる。それでも私はどうしたって、希のことが好きなんだ。
今すぐ会って抱きしめたい。希の声が聞きたい。
好きだ。本当に。自分でも信じられないくらい、希のことを…愛してる。


「ごめんね…」


誕生日に一緒に過ごしたいのは、君じゃない。
別れを告げる置き手紙を残して、彼女のアパートから立ち去った。






いや待てよ。冷静に考えてみたら希は今頃悟と一緒に眠っているかもしくは…ああそんなこと想像すらしたくない。こんな深夜に希に会いたいからって呪霊に乗って高専まで飛んできたけど、なんでそんな分かりきったことが頭が抜けていたんだバカすぎるだろ、私。はあ…。一気に身体が脱力して熱くなっていた気待ちが徐々に冷めていく。まあ、いいや。とりあえず疲れたし部屋に行ってすぐに寝るか。そんなことを思いながら男子寮に足を踏み入れた瞬間、目を見開いた。


「お誕生日おめでとう、傑」


ーーは?いや夢?これは夢…なのか?
そもそも今は深夜の3時過ぎだ。こんな時間に希がいるはずがない。これは私の強すぎる願望が見せたリアリティ溢れる幻覚に違いない。
そのまま希の横を通り過ぎようとしたら、ガシッと力強く腕を掴まれてまたもや目を見開く。いや普通に痛いんだが。幻覚なのに痛みすら感じるなんて私の会いたい欲凄すぎるだろ…。


「え、シカト?流石に希ちゃん泣いちゃう」
「…………は、え、本物?」
「ふふっ。もしかして酔ってんの?」


そう言って可笑しそうにクスクス笑う希をぎゅうっと腕の中に閉じ込める。その瞬間ふわりと香る甘い匂いに、思わずグッと目頭が熱くなる。…希だ。私が会いたくて会いたくて堪らなかった希が…今、私の腕の中に、いる。


「ん〜?なあに、傑。甘えん坊?」
「うん」
「ふふ。今日は彼女とお泊りじゃなかったの?」
「……希が恋しくなって帰ってきた」
「えー?傑くんの寂しんぼぉ」


よしよーし。と頭をわしゃわしゃ撫でられて、目を細める。かわいいなあ。好きだなあ。愛おしい気持ちが溢れてしまいそうで、時よりそんな自分が、少しだけ怖くなる。


「…なんでこんなところにいるの?」
「ん?傑の呪力の気配感じだから来ちゃった」
「…悟は?」
「さとるー?今寝てるよ」
「…希からメールこなくて寂しかった」
「ふふ。寂しかったの?どうしてもメールじゃなくて直接言いたくて。てか今日の傑めちゃくちゃ素直じゃん。もしかして本当に酔ってる?」
「…今日くらいは素直でいたいんだ、なんて「うん。いいよ。傑はいつも溜め込んじゃうから、私にくらいは弱い部分もたくさん見せて。もっともっと、私にワガママ言って、甘えていいんだよ。全部私が、受け止めてあげるから」


堪えていたはずの涙が目尻から零れ落ちて、泣いていることがバレたくなくて希の華奢な肩に顔を埋める。細い身体。叩いたら折れてしまいそうなその身体で、一体どれだけの痛みと苦しみを背負ってきたのだろう。
希は私の背中を優しくさすって、まるで小さな子供に言い聞かせるように、私に囁く。


「頑張りすぎなくていいんだよ。我慢しなくていいんだよ」
「……うん」
「どんな傑も私は大好きだから」
「……」
「産まれてきてくれてありがとう」


それは私の台詞だよ。君がこの世に生を享けて、君と出会って、私の人生は変わったんだ。
しばらくぎゅーっと抱きしめあっていたら、寝ぼけずらの悟が希を探しにきて少しだけ喧嘩したのはまた別の話。













Happy Birthday to SUGURU GETO



希がプレゼントしてくれた財布は、今でも大切に使っているよ。愛が重いって?そんなこと言われなくても知ってるよ。

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