「おーい生きてる〜?」
「………天使?」
「お。生きてる生きてる。帰んぞ、みんな希のこと心配してる」
「白くてふわふわで可愛いねえ」
目が虚ろな希を横抱きにして歩き出す。
所詮お姫様抱っこってやつ。
希はずーっと俺の顔を見つめてニコニコしてる。
「何、惚れた?」
「……悟〜。私生きてるの?」
「生きてなきゃ今俺としゃべってんのは幽霊ってことになるけど」
「ふふ、そっかー。私、生きてるのか」
死んだかと思った。
小さな声で独り言みたいに呟いて瞼を伏せる。
「珍しいね、お前がここまで傷おうの」
「1級だって聞いてたんだけどあらびっくり。実際現れたのは特級でしたー」
「なにそれサプライズじゃん」
「あれおかしいな?私誕生日まだなはずなんだけど」
おかしそうにクスクス笑う希の額にそっと口付ける。
「お前は俺が絶対死なせねえよ」
「カックィーー」
「惚れた?」
「んー…」
「そこは即答しろよ」
「あのね。もう死ぬかもって思った時ね、悟の顔が一番に思い浮かんだんだよ」
「…まじ?」
「まじ」
「なぁに、俺のことが恋しくなったの?」
「………最期にせめて顔だけでも見たかったなぁって思ってたら、天使がきた」
「俺天使だったんだ」
「白いから」
「お前も大概白いけどな」
「……ねえ悟」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう」
「どーいたしまして」
ふわりと微笑んでからゆっくり瞼を閉じてすぅすぅ寝息を立てる希はきっともう限界だったんだろう。補助監督から希が危ないって連絡きた時は息が止まるかと思うくらいの衝撃だった。
なんで、どうして、嘘だろ。今日の相手は一級相当の呪霊だと言っていたのに、まさか特級だったのか。もし特級だったならいくら強い希でもただではすまないだろうし下手したら命だってーー。
辞めろ、嫌なこと考えるな。あいつが死ぬわけねぇだろ…!向かってる最中もずっと心臓がばくばく煩くて生きた心地がしなかった。
だから血まみれの希が俺を見た瞬間安心したように微笑んだのを見て本当は涙が出そうなくらい安堵したんだ。良かった、生きてる。良かった、本当に良かった。こんなにボロボロになるまで頑張って呪霊祓って偉かったな、本当に良く頑張ったな。
でもな希、お前なら敵わない相手かくらい対峙した瞬間に分かったはずだ。
なんで逃げなかった?
希は幼少期からずっと両親に酷い虐待を受けていた。物心ついた頃から周りの人間には見えないモノが見えていたせいで両親から気味悪がられたのだ。
殴る蹴るは当たり前。食事もろくに取ることができず当時はリアル骸骨だったと希は笑っていたけど、俺はその話を聞いた時見たこともない希の両親にとてつもない殺意を覚えた。
7歳の時にそこまで大きくない呪術の家に売られてからは食事は三食でるようになったもののそれはそれは酷い扱いをさていたらしい。毎日寝る暇も与えられずひたすら呪術、体術の特訓の日々。10歳の頃、いきなり寝起きに2級相当の呪霊の大群の前にだされて祓えなかったら死ねと言われたから死ぬ気で祓ったけど本当に死ぬかと思ったおかげで目は覚めたけどって聞いた時は思わず耳を疑った。当の本人はケラケラ笑っていたけど。
希は誰しもが当然のように受けている無償の愛とやらを全く知らずに育った。
だから希は、誰よりも愛に飢えている。
いつも愛を求めてる。
だれかが離れていくのを酷く恐れる。
希にとって、俺や傑や硝子は生まれて初めて愛を与えてくれた人間なんだと思う。
だから異常なまでに俺達に依存する。
「悟!!」
「五条!!」
補助監督が運転してた車から降りると寮の前に傑と硝子が待っていて思わず笑ってしまう。
「あら〜随分熱烈なお出迎えだこと。そんなに俺が恋しかった?」
「五条、早く希を見せろ!」
「悟がふざけた冗談を言うってことは希は無事なんだな…!本当に良かった…」
「いやお前ら酷くね?」
まぁ良いけど。今回ばかりはこいつらの気持ちめちゃくちゃ分かるし。きっと夜蛾センあたりに希のことを聞いたんだろうな。傑は任務だったけど、めちゃくちゃ急いで終わらせたんだろう。髪が汗でしめってる。いつも冷めた目をしてる硝子も珍しく取り乱してるし。
ほら。なぁ、希。
みんな、お前が思っている以上に、お前のことが大事なんだよ。
だから頼むから、希が俺らを大切に思ってくれているように、自分の命ももっと大切にしてくれ。
俺だって、お前がいなくなったら、生きていけねぇんだから。
硝子に見てもらうためにそっと希を下ろすと、希はゆっくり瞼を開けて、そして幸せそうにふわりと微笑んだ。
「ただいま」