及川徹の誕生日



日付が7月20日に変わった瞬間に突然忙しく震えだす俺の携帯に、思わず顔が緩んでしまうのは許してほしい。やっぱりいくつになっても、誕生日というものは特別で、嬉しいもので。

携帯の画面には、たくさんの“お誕生日おめでとう!”の文字で溢れている。
同じバレー部員をはじめ、仲良しの先輩やかわいがっている後輩、小中の同級生からもお祝いのメッセージがたくさん届いて、そりゃあ勿論めちゃくちゃ嬉しいし凄くありがたい気持ちでいっぱいなんだけど…あれ?と思わず目をぱちくりとさせてしまう。


「…ひまり、寝ちゃったのかなあ」


一番にくると思っていた最愛の彼女からのメッセージが今もまだ届いていなくて、胸がキュッと締め付けられる。

だって…今日はひまりと付き合ってはじめての、俺の誕生日だから。
去年、ひまりと付き合った時にはもうすでに俺の誕生日は過ぎていて、だからこそ今日という日を俺は誰よりも心待ちにしていた。それはもう、岩ちゃんに心底ウザがれるほどに。


まだ俺たちが1年の、付き合って間もない頃。
俺の誕生日を知ったひまりが、少し頬を赤らめながら「来年は、一番に私が徹くんにおめでとうって言うね」そんなことを言ってくれて、俺はあまりにのかわいさにひまりをぎゅーっと抱きしめて、その時にはじめてひまりにキスをした。
まだ唇と唇が触れ合うだけの…優しい、キス。
唇をゆっくりと離すと、ひまりの唇が微かに震えていて、まるでりんごみたいに顔が真っ赤に染まっていて。
…正直、その反応にかなり驚いて、でもそれ以上に、めちゃくちゃ嬉しかった。
ひまりは人気モデルで、誰もが振り返るほどの美人でスタイルも抜群で、いつのまにかファンクラブも結成されているほどのモテっぷりで。怖くて聞けなかったけど、もしかしたら俺と付き合う前に彼氏の一人や二人いたかもしれない。だけどキスは、していなかったんだ。俺とのキスが、ひまりのファーストキスだったんだ。
嬉しくて嬉しくて泣きそうになって、俺って実はめちゃくちゃ重くて独占欲の強い人間なんじゃないかって自覚しはじめたのも、確かこの時だった。


「一生大事にする」
「ふふっ。それってプロポーズみたい」
「プロポーズみたいなもんだよ」


ありったけのキメ顔でそう言えば、ひまりが嬉しそうにふにゃりと笑う。幸せだと、思った。この先もこの笑顔をずっと隣で見ていたいと、本気でそう願った。














「忘れちゃったのかなぁ…」


一番に俺に、おめでとうって言ってくれるんじゃなかったの。
女々しいことなんて俺が一番分かってる。それでもどうしたって、不安になってしまうんだ。


ひまりは俺のこと、ちゃんと、好き?


二人きりの時は好きって言いながら甘えてくれるし、デートの時も楽しそうだし、喧嘩だってしたことない。誰が見てもラブラブだし、順調だとは思う。
だけど…俺がファンの子と仲良く話していても、ひまりの目の前で告白された時も、ひまりは拗ねるわけでも悲しむわけでもなく…何も気にしていないような顔をして、「さっきの子結構かわいかったね」なんて平然と言ってのけるのだ。俺はひまりがクラスの男子と楽しそうに話しているだけで、胸が締め付けられて苦しくなるのに。
もしかしてひまりはそこまで俺のこと好きじゃない?俺のこと、興味ない?そんなことを思うたびにどうしようもないくらいの不安に襲われて、少しでも俺に関心を持ってほしくて、嫉妬してほしくて。わざとひまりの目の前で他の女の子と仲良くしたりするけど、ひまりはにこにことかわいらしい笑みを浮かべるだけで、俺は余計に不安になるばかり。


一人部屋の中で考えれば考えるほど、どんどんネガティブなことばかりが頭に浮かんで、思わず目頭がぐっと熱くなる。いやいやいや。彼女からおめでとうメッセージが届かないだけで、せっかくの誕生日なのになに泣きそうになってんの、俺。岩ちゃんが見てたら絶対にウゼェ‼ってぶん殴られる。
はあ…もう、寝よ。なんか色々考えてたら疲れたし。
電気を消して布団を被った瞬間、ブーブーと震えだす携帯にため息を吐く。ひまりじゃないって分かってるのに、もしかしたら…なんて期待してしまう自分に嫌気がさす。
俺、まじでひまりのこと、めちゃくちゃ好きなんだよなあ。


「……えっ」


“寝てる?”

たった一言。それだけでどん底まで落ちた気分が一気に天にも昇る気持ちになってしまうから、少しだけ悔しいけれど、俺は彼女に夢中なんだと思う。
好きで好きでたまらなくて、不安に押しつぶされそうになって、なにをしていてもひまりのことばかり考えてしまって。バレーは俺の全てだけれど、ひまりも俺にとって絶対になくてはならない存在で、バレーとひまりが、俺の世界の全てを構成しているんだ。


“起きてるよ”

“眠くないの?”

“うん。ひまりは寝ないの?”

“電話したい。ダメ?”

“いいよ。俺もひまりと電話したい”


送信してからすぐにひまりから電話がかかってきて、心臓がバクバク煩くなる。


『もしもし』
『お誕生日おめでとう!』
『えっ』
『えっ?今日徹の誕生日でしょ?』


忘れてたわけじゃ、なかったんだ。
でも…それなら、なんで?


『覚えてたの?』
『? 当たり前でしょ?私が彼氏のお誕生日を忘れるような薄情な女に見える?』
『…みんなからはたくさんおめでとうってメッセージがきたのに、ひまりからは来なかった』
『うん。だって直接おめでとうって言いたかったんだもん。去年言ったでしょう?徹に一番におめでとうって言うねって』
『………マジ?』
『うん。えっ、なに。本気で私が徹の誕生日忘れてると思ったの?』
『……』
『忘れるわけないでしょう?今日はねえ、学校終わったら一緒に帰って、私の家でケーキ食べて、プレゼント渡して、お泊りするの。仕事も今日だけは絶対に入れないでってずっと前からお願いしてたんだよ?あーあー。せっかくサプライズしたかったのにぃ』
『っ、ねえ、ひまり』
『ん?なあに?』
『俺、今日、誕生日だからさ』
『うん』
『特別にワガママ、言ってもいい?』
『ふふっ。うん、いーよぉ。どうぞ?』


『今すぐひまりに、会いたい』


『…そんなの、ワガママでもなんでもないよ』
『今深夜じゃん』
『…私も。今すぐ徹に…会いたい、から』
『ん。すぐ行くね』


どこでもドアがあったらいいのに。そんな子供染みた願いを本気でそう思ってしまうほど、1分1秒すらも惜しい。早く、早く、ひまりに会って、抱きしめて、そしてーー。


誕生日プレゼントは、ひまりがいい。
そんなことを言ったら、きっとひまりは照れ臭そうに笑って、そして「ばかっ」なんて幸せそうにはにかみながら、キスをしてくれるんだ。









Happy Birthday to toru oikawa !





「誕生日プレゼントは、ひまりがいい」
「……ばかっ」


ほらね?
やばい、好きすぎて涙がでそう。
絶対にいつか結婚してやる。
離してなんかやんない。
もう君がいない未来なんて、考えられないんだ。