こんなに泣いたのはインターハイで白鳥沢に敗退した時以来かもしれない。
結局松川は休憩時間が終わるギリギリまで俺の傍にいてくれた。申し訳ないと思いつつも、松川の優しさに甘えてしまった。つーか冷静に考えると普通に恥ずい…。
こんな精神状態で授業を受ける気にも部活をする気にもなれず、体調不良を言い訳にして早退してしまった。普段真面目に頑張ってるから今日くらいは特別に許してね、先生。

さっきから数分おきに徹から電話がかかってくる。
アイツ授業受けてないんかなって心配になったけどいやいやもう関係ないだろって考えるのを辞めてベッドの布団に潜り込んだ。徹のことなんてどうでもいい。あそこまで酷いこと言われて流石の俺もプッツンしたしもう徹のことはすっぱり諦めて俺は新しい恋に生きる!!

端末が震える。また徹からのメールか電話かと思って無視しようと思ったけど、少しだけ、ほんの少しだけ気になって携帯を手にとり見てみると、画面に表示されている名前は徹じゃなくて松川で。慌てて電話に出る。


「もしもーし。今うち?」
「あ、うん。あの、松川、」
「無事に着いたなら良かった」
「え……俺は子供か」
「ふははっ。じゃあまたね」
「え」
「ん?」
「…そのためにわざわざ電話くれたの?」
「まあ、心配だからね」
「あ、ありがとう…」
「どーいたしまして。「松川ー!」あ、呼ばれてるから切るわ。じゃまた」
「あ、またね」


電話を切ってから、悶える。や、優しいぃぃぃぃ。いや絶対松川モテるだろ!!!顔も良ければ中身も良いなんて狡い。絶対女の子好きでしょそういう男。流石バレー部内の女の扱い上手そうランキングで堂々の一位を獲得してるだけあるわぁ。常に色気ダダ漏れだし。そりゃ彼女途切れんわけだわ…。
なんかほんとバカバカしくなってきた。今までずっと徹のことしか見てこなかったから周りのこと見てるつもりで実は全然見えてなかったのかも。きっと徹以外にも良い女や良い男なんて山ほどいる。俺はバイセクシャルだから女の子も男の子も恋愛対象になるけど、次に恋をするなら松川みたいに優しい子がいいな。そしてできれば、外見も綺麗な子。(超絶面食い)あとあと。俺だけを好きでいてくれて、大切にしてくれる子。あれ?もしかして理想高い?いやいやアイツと比較してみろ。大抵のことはかわいいもんだって許せちゃうわ。

ようやく目が覚めた。今までなんであんなに盲目的に徹しか愛せなかったんだろう。催眠術にでもかかってたのか?だって冷静に考えると結構な最低野郎だろアイツ。
そう考えるとさっきまでどん底まで落ちていた気持ちが少しずつ浮上していく。今度こそ俺は自分の幸せのために生きる。絶対に。そう決めたから、いつまでも落ち込んでなんかいられない。


ピンポーン、と家のチャイムが鳴る。どうせ母さんがでると思って布団に潜りながら携帯を触っていたら、ダンダンと階段を上る音が聞こえてきて、ガチャリと俺の部屋の扉が開く。


「え。なに」
「なにじゃないわよー。徹くんがアンタのこと心配してわざわざ来てくれたのよ」
「は?いや、今日はむり「徹くんもう来てくれるから。徹くん、お茶でいい?」
「うん。おばさんありがとう」
「いえいえ。バカ息子のためにありがとうね。ゆっくりしていってね」
「はあい」


いやウソだろ。誰かウソだと言ってくれ。つーかコイツ授業は?部活は?まさか早退してきたとか?は?俺に会いに?いやまさかそんなこと。


「…電話したんだけど」
「え、うん」
「…なんででなかったの?」
「…じゃあ逆に、あんなこと言われた後に普通に電話で会話できると思う?」
「っ、ごめん」
「もういいよ」


はぁ、とため息を零すと徹が傷付いた顔をする。だからなんでオマエがそんな顔するんだよ。オマエ、俺のこと嫌いなんだろ。


「もういいって…」
「つーか学校どうしたの」
「…早退した」
「部活は?」
「今日は休むことにした」
「は?主将がなにしてんの…」
「だってどうしても蓮と話したくて…っ」
「俺はオマエと話すことなんてない」


自分でも驚くほど低く冷めた声だった。酷いことを言っている自覚はある。小さな頃から徹の後ばっかりついてべったりだったから、こんな風に自分から徹を突き離したのは初めてだ。心臓がバクバクと音を立てる。俺は思っている以上にコイツに怒っているのかもしれない。


「酷いこと言ってごめん。あんなこと思ってない。思ったことなんてない。蓮が今までどれだけバレーを頑張ってきたのか誰よりも傍で見たきたはずなのに、カッとなって一番言っちゃダメなこと言った。本当にごめんなさい」


バッと頭を下げる徹。タイミング悪くお茶を運んできた母さんが扉を開けて、「あらなに喧嘩〜?早く仲直りしなさいよ〜」なんてお茶を置いてニコニコしながら部屋から出て行く。頼むから空気読んでくれよ母さん…。


「それだけじゃない。今までずっと蓮に酷いことしてきた。今更謝ったところで許されるとは思ってないけど本当に反省してる。ごめんなさい。もう二度と、蓮の彼女を奪ったりしないから…っ」
「…一応聞くけど、なんでいつもそんなことするの?」
「それは……………」
「うん」
「………高校に入学して、蓮がいきなり金髪に染めて、急にモテはじめて…なんか急に蓮が俺の知らない人になったみたいで、寂しくて…」
「え」
「しかも彼女まで作っちゃってさ…ずっと女の子より俺らと遊ぶ方が楽しいって感じだったのになんで?って…蓮には俺がいるじゃんって………だから、」
「だから、俺の彼女を寝取ったの?」
「っ、ほんとにごめん」


分かりやすくしゅん、となる徹。はあ、とため息を零すと徹がビクッと肩を揺らす。


「あんなことする前に寂しいなら寂しいって言えよ。言葉にしないとなんにも伝わらない」
「うん……おっしゃる通りです」
「俺ずっとオマエに嫌われてると思ってたからな」
「きっ、嫌いなわけないじゃん!!!!!す、すっ、すきだよ!!!!」
「ふはっ。噛みすぎ」


徹の慌てふためく姿が珍しくて思わず吹き出して笑うと、徹の顔が分かりやすく真っ赤に染まる。
そっか。徹、俺のこと嫌いじゃないんだ。つい寂しくなってあんなことしちゃうくらい、俺のこと好きだったんだ。…ふーん。へえ。さっきまでの怒りは何処へやら。徹への想いはもう綺麗サッパリと捨ててきたけど、そういうの抜きにしても俺と徹は幼馴染であって、バレー部の仲間だ。徹に嫌われていないという事実は、純粋に嬉しかった。


「もう二度と、俺のバレーへの想いを侮辱しないで。彼女も寝取らないで。これだけは絶対に、約束して」
「うん。絶対にしない。約束する」
「………うん。じゃあ、この話はこれでおしまい」
「え」
「なにその顔」
「…もう怒ってないの?」
「怒ってないよ」
「本当に?」
「ほんとに。だって約束したじゃん。だからもういいよ」
「……このまま絶交されたらどうしようかと思った」
「まあ徹の態度次第ではその選択肢もあったかな」
「…っ、良かったぁ…」
「なあに。オマエ、そんなに俺のことが好きなの」


ニヤニヤと笑いながらそう言えば、徹の綺麗な瞳が俺をじっと見つめる。思わずドキッと胸が高鳴るのは仕方ないと思う。だってコイツまじで綺麗な顔してるんだもん。こんなの俺じゃなくても誰だってトキメクだろ。


「好き」
「……アリガト」
「えーなにその塩対応」
「俺も徹のこと好きだよ」
「えっ」
「つーかなにこの付き合いたてのカップルみたいな会話」


笑いながらそう言えば、急に黙り込む徹。え、冗談のつもりで言ったけどまさか気持ち悪がられた?


「じゃ、じゃあ…………………………………………ほんとに、付き合って、みる?」


………………は?
なに、言ってんの。耳まで真っ赤にして。そんなマジっぽく言うことじゃないだろ。つーかなに照れてんの。照れるなら言うなよ。
…長年の片想いをついさっき終わらせたばっかりの俺にその冗談は流石にキツイって。


「そういう冗談やめろって」
「じゃあ冗談じゃなかったらいいの?」


いやいやいやいや。なにちょっとムキになってんの。オマエ昔から女の子大好きじゃん。幼馴染ナメんなよ。オマエの初恋の相手も小学生の時担任の若くて美人な先生に恋してたのも歴代彼女も全員知ってるからな。男が好きとかそんな話聞いたことないしそんな風に見えたこともないし、絶対に本気で言ってるわけじゃないって分かるからちっとも嬉しくなんかなくて、むしろ普通にイライラする。


「いや冗談じゃん。なんなのマジで」
「なんで冗談だって思うの?」
「は?俺ら男同士だろ。もういいよこの話。終わり終わり」
「勝手に終わらすなよ。同性だったら付き合っちゃダメなの?それは違うでしょ」


えぇなにこれ。なんでこんな必死になってんのオマエ。
あ、もしかして俺がバイなのバレた?だから揶揄ってやろうって?それともなんかの罰ゲーム?男に告白してOKもらってこい的な。どんな理由にしろこんなくだらない話題を続けるつもりはない。

胸がジクジクと痛む。
だって俺、コイツにガキん頃から片想いしてるんだよ。
もし徹と付き合えたらって考えて、あまりにも虚しくて一人で何度も涙を流した。そんなの無理に決まってる。もしもなんて一生こない。バカな考えはやめろって。


何十年もの間、ずうっと。


その気持ち、オマエに分かる?


「………俺は、俺だけを一途に愛して、優しく甘やかしてくれて、大切に想ってくれる子がいい。そんな人なら真剣に付き合う」


なんかマジなトーンで返すのも恥ずかしいけど。こうやって言わないとこの話題終わりそうもないし。徹はキョトンとして、そして「分かった」となにかを決意したような表情でぽつりと呟く。いや分かったってなにが?


「おいで」


え?え??え???まじでなんなのオマエ。意味がわかんなすぎて怖いんだけど。
ベッドに座る俺の隣に座って、自分の膝の上をポンポンと叩く徹。まさか俺の膝の上に乗れってことじゃないよな?もうコレ無視していいやつだろ。
近くに置いてある漫画を手にとって読み始めると、徹にそれを奪われて「は?」と睨みつける。


「お、い、で♡」


イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ怖いって!!!!なに語尾にハートマークなんてつけてんの!!!


「徹」
「ん?なあに?」


イケメンを最大限に発揮しながら俺を優しい眼差しで見つめる徹を正面から見つめ返して、俺は口を開く。


「キモチワルイ」


この日、徹の笑顔を見ることはなかった。





徹の本音を聞けて無事に仲直り(?)をして俺は自分の幸せを掴むと決めて。めでたしめでたしで終わるかと思いきやなぜかあの日から徹にタチの悪い冗談を言われ続けている。
最初こそ意味わかんなすぎてイライラしたけど言われすぎて流石に慣れてきたのか今ではもう適当に流せるようになるまでに成長した。ああ今日もなんか言ってんな〜早くこの遊び?飽きねえかな〜って。
俺思ったより順応力高いみたい。


「一ノ瀬って最近彼女作んないよね」


休憩時間。隣の席の仲良しの女友達にそう言われて「なに恋バナすんの」と笑うと、百武は「しようよ恋バナ〜」とニヤニヤしながら机をピタリとくっつける。


「なんで彼女作んないの」
「ん〜?本気じゃないのに付き合うのはやっぱり不誠実だと思いまして」
「はぁ?じゃあ今までの彼女さんたちは全員本気で好きじゃなかったってこと?」
「まあ」
「うわーサイテークズひとでなし男」
「辛辣」


素直な感想すぎて思わず笑ってしまう。実際マジで最低なことしてたしな。徹のことを想いながら女の子と付き合ってヤることはヤって。徹に寝取られても徹に抱かれた彼女に嫉妬してたくらいだし。徹に抱かれるなんていいよなズルいって。


「百武は彼氏とうまくいってんの」
「あー…別れた。つい最近」
「え?マジで?あんなにラブラブだったのに」
「…彼氏に言われたんだよね。他に好きな男がいるんだろって。そんで喧嘩になって、結局振られちゃった」
「なんだそれ。誤解なんだろ?つーかその男もバカだよな。百武みたいな良い女振るなんてさ」


本心から出た言葉だった。百武は美人でサバサバしてて誰に対しても優しくて明るい子だから常にクラスの中心にいるような目立つタイプの子だし。俺がそう言えば、百武はキョトンとして、そしてみるみる顔を真っ赤にさせる。え。


「良い女って…ばっかじゃないの」


プイッと顔を逸らす百武の耳も真っ赤に染まっていて。褒め言葉なんて言われ慣れてるはずなのにこういう反応されるのは意外すぎてなんだかこっちまで照れてしまう。
もしかして百武って俺のこと好き?なんて。それは流石に自過剰すぎ?


「……あのさ」
「え?」
「……一ノ瀬って、もう彼女作る気ないの」


あー…これは多分自惚れなんかじゃない。
そしてこれまた驚きなのが、俺が満更でもないということ。百武といると気使わないし話も合うから付き合ったら上手くいくかもしれないって思ったんだよね。


「本気になれる子がいたら付き合うよ」
「ふーん…?」


この子なら好きになれるかもしれない。徹のことを忘れられるかもしれない。こんな時でさえ徹のことが頭に浮かぶなんて、未練タラタラじゃん俺。
それもこれも最近ずっと徹に変なこと言われ続けてるせいだ。全部全部、アイツのせい。
















「百武となに話してたの」
「ん?」
「さっきの休憩時間。机くっつけてめちゃくちゃ仲良しじゃん」


頬杖をつきながら不機嫌そうに口を開く徹。
卵焼きを食べ終わって、「なあにヤキモチ?」ニヤニヤしながらそう聞くと「うん」と即答されて目を見開く。今までの徹なら“なわけねーだろ自惚れんな”って返ってくるところだと思うんだけど。やっぱりあの日から徹の様子がおかしい。


「まだそれ続いてんの?」
「は?」
「そろそろ飽きろって。俺そんな面白い反応できてないと思うんだけど」


唐揚げに箸をつけながらそう言えば、徹が俺をギロリと睨みつける。怖。つーかその顔見んの久々だわ。


「そんなに冗談にしたいわけ」
「は?」
「悪いけど冗談なんかじゃないから」
「ハイハイ」
「正直今百武に嫉妬しすぎて頭おかしくなりそうだし…」
「俺愛されてんね」
「まぁいいよ。時間がかかってもちゃんと俺の気持ちが本気だって分かってもらうから」


罰ゲームにしては随分と長いなぁ…そんなことを思いながら唐揚げを口に含む。うん。やっぱり母さんの唐揚げが世界一美味い。



徹はあれからも懲りずに俺に付き合ってみる?とか付き合おうよ。とか言ってくる。そして俺も変わらず流すだけ。最近はそれが日常化としていて、最初こそ面白がって揶揄ってきたバレー部員の連中は今ではもうなにも言ってこない。いやそこはツッコメよ。スルーすんな。慣れって怖いな、俺も含め。

そんな中で女友達の枠組みだった百武と、少しづつ距離が縮まっていった。

友達以上恋人未満。

俺たちの関係は、多分今こんな感じ。


「一ノ瀬〜」
「んー?」
「今日月曜日だから部活ないよね?」
「ないけど」
「じゃあ帰りに前に言ってたクレープ屋さん行こうよ」
「いいよ」
「いいの?!」
「うん。お腹空いたし」
「私もお腹ぺこぺこ!」


あ、かわい。百武のたまに見せる照れた顔や嬉しそうな顔が好き。かわいいなあって思う。
2人で他愛のない話をしながら教室をでる。
テストの話。苦手な先生の話。3組と4組のあの子とあの子が実は付き合ってるらしいよって話。
百武と話してると楽しい。自然に笑える。
今思えば徹と話している時は怒らせないように言葉を選んでから話してたし常に顔色を伺っていた気がする。つまらないって思われたくない。嫌われたくない。そんなことばかりで、俺は心から笑えてたのかな。

初恋は実らないらしい。
女は二番目に好きな人と結婚すると幸せらしい。

俺は女じゃないけど、昔は全く理解できなかったその言葉の意味が、今ならなんとなく分かる気がする。


「あれー?一緒に帰るの?」


廊下で岩ちゃんと一緒にいる徹に話しかけられる。百武は徹とも仲良しだから、「これからクレープ屋さんに行くんだよ〜いいでしょ〜及川羨ましい?」なんてニヤニヤしながら徹の腕をツンツンしている。
徹はニコニコしながら「えーなにそれズルい!俺も一緒に行く!」なんて言ってるけど、長年の付き合いだから分かる。目の奥が全く笑ってない。


「おいクソ川。デートの邪魔すんな」
「ちょっ岩ちゃんぐるじい!!!!」
「悪ぃな2人とも、邪魔して。デート楽しんでこいよ」
「「……」」


徹の後ろ襟を引っ張りながら引きずる岩ちゃんと本気で苦しそうな徹を見送りながら、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。


「ははっ。デ、デートだって」
「まあ、他の連中にはそう見えるかもね」
「そ、そうだね。……行こっか」


顔を真っ赤に染める百武。やっぱりかわいい。






雑誌で特集されるほど有名なクレープ屋さんだから、それはもうめちゃくちゃ美味しかった。引くほどの行列だったけど、もう一度並んでもいいから食べたいと思えるほどに。


「今日楽しかった!付き合ってくれてありがとね」
「俺も楽しかったよ。また行こうね」
「う、うんっ!行こ!絶対!」
「ふは。じゃあまた明日。学校でね」
「うん!またね!」


家まで送って行くつもりだったけど、まだ明るいから大丈夫!って百武に断られて駅で解散。

楽しかったな。なんかずっと笑ってた気がする。
百武と恋人になったら…って考えて、幸せな未来しか頭に浮かばなかった。徹に片想いしてた頃とあまりにも真逆すぎて笑えてくる。





「デート楽しかったぁ?」


は?
いやなんでいんの。
俺ん家の前で腕を組みながら立っている徹に目を見開く。
今もう17時半だけど。
オマエ、いつからそこにいんの?


「なんでいるの」
「いちゃ悪いの」
「そうじゃないけど…なんか用?」
「は?」
「なんで怒ってんだよ…」


でたでた。理不尽にキレられるやつ。最近怖いくらい優しかったからなんか懐かしさすら感じるわ…。
スタスタと無駄に長い足で距離を詰めてくる。美人の無表情ってこえーな…。なんか人形みたい。
つーか、え、なに。もしかして俺殴られんの?流石に意味なくそれされたら今度こそ絶交案件だけど…。
そんなことを思っていたらいつの間にか徹の端正な顔が目の前にあって、そのままぐいっと胸ぐらを掴まれる。
ッ!!??ウソだろ!?まじで殴んの!?!なんで!?!信じらんねええ!
咄嗟にぎゅっと目を瞑ると、くるはずの痛みはなくて、変わりに唇に柔らかな感触が触れて。いやこれどう考えてたってくちびる……………は?


「な、なにし…んッ…」


角度を変えて何度も触れるだけのキスをされる。ちゅっとわざとらしくリップ音を立てながら徹の唇がゆっくりと離れて、あまりにも驚きすぎて呆然としている俺のおでこに徹がまた一つ、キスを落とす。


「え…なに………
「冗談じゃないって分かった?」
「や……は…?」
「少しは俺のことも意識しろよ、バカ蓮!」


いや少しどころの騒ぎじゃないんですけど…
ドドド、と心臓の音がうるさい。
そもそもこれって現実?夢じゃないよね…?
言うだけ言って耳まで真っ赤に染めた徹はそのまま走り去ってしまった。


「つか……キス………え…?」


唇に手を当てて、ボンって顔が熱くなる。つーか全身が熱い。沸騰しちゃったのかな俺。そのまま壁に寄りかかってずるずると座り込む。キ…キス…徹とキス…しちゃった……


「うわぁぁぁ…」


両手で顔を覆って悶える。明日からどんな顔でアイツに会えばいいんだよ…!



その日の夜は徹のことで頭がいっぱいで、一睡もできなかった。
 

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