俺は不毛な恋をしている。

何十年もの間、ずーっと。

何度も何度も諦めようとした。
だって一生叶わない恋なんて、そんなの辛すぎるでしょ。
だけどどうしたって俺はアイツのことが好きで、愛していて。
恋の終わらせ方を、俺はまだ知らないままでいる。


「とーおーるー!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ!」


満面の笑みで俺に向かって駆け寄ってくる蓮をぎゅうっと抱きしめる。
家が近所で幼稚園も同じ。母親同士も仲良くて、俺と蓮は物心ついた頃からいつも当たり前のように一緒にいた。
この頃の俺たちは友達というよりも、兄弟みたいな関係だったと思う。
蓮は昔から人見知りが激しくて、幼稚園でもみんなの輪から離れて一人隅っこの方で積み木をしているような、そんなおとなしい子だった。
俺はそんな蓮のことがいつも心配で気にかけていて。今思えば俺は末っ子だから、勝手に蓮のことを弟みたいに思って嬉しかったのかもしれない。
いつだって俺にべったりな蓮のことがかわいくてしかたなかった。蓮は俺がいないとダメなんだって本気でそう思ってた。


「あいねえ、おおきくなったら蓮くんと結婚するの!」


幼いながらに、は?って思った記憶がある。
いやいや。俺の蓮なのになにいってるの?って。
この時確か6歳。幼稚園の年長の頃だった。
わかってんのかわかってないのか(多分わかってない)にこにこと嬉しそうに笑う蓮にも無性に苛立った。俺以外の子ににこにこすんなよ。オマエ、ケッコンの意味わかってんの?お母ちゃんが言ってた。ケッコンって、一生一緒にいるってことなんだって。オマエは俺がいないとダメなのに、俺じゃない子とケッコンなんてそんなのムリに決まってるでしょ!

その日はいつもみたいに俺の後ばかりついてくる蓮を無視して、蓮を泣かせてしまって。それでも俺の怒りは収まらなくて、ごめんなさいとポロポロと涙を流す蓮に言ってやったんだ。


「あいちゃんはおれとケッコンするから!」


だからオマエはあいちゃんとケッコンすんなよ!
蓮は涙で潤む目を驚いたように丸くして、そしてすぐに「わかったから、おれのことゆるして、きらいにならないで」って俺にぎゅーっと抱きついてきて。その時に思ったんだよね。ああ。蓮が1番好きなのはやっぱり俺なんだって。安心して、心が落ち着いていくのが分かった。

この頃の俺はあまりにも幼なすぎた。
だからどうしてこんなにもイライラするのか、自分で自分の感情を理解することができなかった。
だけど小学校に上がると、嫌でもこの感情の意味を知ることになる。

俺は蓮が好き。
蓮に恋をしているんだって。

いつからなんて覚えてない。
好きになった理由も分からない。
だけどいつのまにか俺はどうしようもないくらい蓮のことを好きになっていて。
蓮の表情や仕草の一つ一つが愛らしくて胸がドキドキとときめいた。
いつも無意識に目で追って、目が合うと全身が沸騰するみたいに熱くなって、心臓が煩くなった。
クラスの連中は陰で蓮のことを地味だって言ってたけど、その目は飾りなの?って内心バカにしてた。
だって蓮は本当に綺麗だから。
でも、蓮の良さは俺だけが知っていればいいとも思った。
どうやら俺は、自分が思っている以上に独占欲が強い男らしい。

小学校で岩ちゃんと出会って同じクラスになって、あっという間に意気投合して、仲良くなって。
初めは人見知りしていた蓮も、岩ちゃんを含めた何人かで何度か遊ぶうちに少しづつ距離が縮まって、放課後はよく俺と岩ちゃんと蓮の三人で遊んでた。
テレビでバレーの試合を見てからバレーのかっこよさに気づいて、そこからはもう三人でバレーに夢中。顔を合わせばバレーの話ばっかりして、バレーばっかりして。毎日が本当に楽しかった。


「先生って美人だよな」


小学六年の春。蓮と三年ぶりに同じクラスになってテンションが上がっていたのもつかの間、蓮の衝撃発言に一気に俺のテンションはがた落ちした。

それはまるで夢から覚めたような、そんな感覚で。

俺は蓮のことが好きだけど、蓮は普通に女の子が好きで。(いや別に俺も男が好きとかじゃなくて蓮だから好きなんだけど)。
いつか女の子に恋をして、付き合って、キスをして、セックスをして。
将来は結婚して、子供が産まれたりして。
俺じゃない誰かと、いつか蓮はーー。

深い絶望感に襲われて、心臓が飛び上がったように息苦しくなった。
苦しくて、辛くて、どうしようもないくらいの不安に襲われて。
ぐっと目頭が熱くなって、必死になって堪えた。


嗚呼、そうか。
蓮がいないとダメなのは、俺の方だったんだ。


「俺さぁ、先生のこと好きなんだ」
「えっ。マジで?」
「うん。だから蓮は好きになったらダメだよ」


元々大きな目が更に大きく見開かれる。「…わかった」小さな声でポツリと呟かれた言葉に安堵して。もうさ。必死すぎて笑えるよね。蓮がかわいいって言った女の子や好きそうなタイプの女の子はみーんな俺の彼女になった。だって俺の彼女になれば、俺のことが大切な蓮は手を出せなくなると思ったから。蓮はそんな俺に何も言わなくて。ずっと変わらず俺の傍で笑ってくれて。やっぱり蓮が1番好きなのは俺なんだって再確認して、優越感に浸ってた。そんな中学時代。


「とーおーるー」


高校に入学してまだ間もない頃。
蓮がいきなり金髪に染めた。
それだけじゃない。
服に無頓着だったくせにいきなりオシャレに目覚めて、ビビリのくせに両耳にピアスの穴まで開けて。
いきなり俺の目の前に現れた。
「どう?イメチェンしてみた」
元々整った顔立ちしてるんだよ。目はぱっちり二重で、色素薄くて、鼻筋通ってて、顔もめちゃくちゃ小さくて。スタイルも良いから本物のモデルさんみたいで。今まで奇跡的に気付かれなかっただけで、本当に蓮は綺麗な子なんだ。

でもなんで
なんでいきなりそんな
俺なんも聞いてないのに

「似合ってねえ!!!!」

ウソだよ。
本当はめちゃくちゃかっこいいしかわいいし世界一綺麗だって思ってる。
でも蓮の良さは俺だけが知っていたかったんだよ。
蓮は「…ひどっ」なんて眉を下げて笑う。ああかわいいなクソ!!!!!きっと赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、バッと視線を逸らした。








「一ノ瀬くーん♡」
「及川さーん♡」

ニコッ


「「「「「キャァァァァァア」」」」」


見た目だけでなく中身も変わりはじめた蓮は、以前より明るくなって人見知りも克服したように見えた。物腰が柔らかく人当たりも良いからファンの子から密かに「王子様」と呼ばれているらしい。

イライラした。
蓮の表面上だけしか見てないくせになにが好きだよって。俺は。俺は…!好きだって言いたくても、言えないのに。
こんなにも蓮のことを愛してるのに。なんで。


「及川知ってる〜?蓮とうとう彼女できたらしいよ」
「…は?」
「顔怖www」
「蓮から聞いたの?」
「いーや。彼女が言いふらしてるらしい。今すげー噂になってるよ」
「……へえ」


激しい嫉妬に苛まれて、目眩がする。

蓮に彼女ができた。
俺一言もそんな話聞いてないんだけど。
怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合って、息苦しい。なんで。蓮には俺がいるのに。どうして。どうしてオマエは、俺から離れていこうとするの。

もう蓮は、俺がいなくても平気なの?

ねえ

俺の傍から、離れないで。


「蓮、彼女できたんだって?」
「え。なんで知ってるの?」
「なんでって…すごい噂になってるよ。彼女が嬉しくて言いふらしてるんじゃない?」
「マジか…」
「どんな子?」
「普通にかわいい子だよ」
「ふーん。今度紹介してよ。俺も蓮の彼女と仲良くしたいし」
「…別にいいけど」


蓮は俺のだから。他のヤツなんかに渡さない。










「あっ…ンっ…♡ああ…ッ…おいかわ、くん…っ♡」


蓮の彼女を抱いた。
俺の下で甘い声で喘ぐ女を見下ろしながら、蓮はどんな風にコイツを抱いたんだろうって考えて吐き気がした。蓮から俺に上書きするように、好きでもない女を優しく丁寧に抱いて。なにしてるんだろうって思う。こんなことして仮に蓮と彼女が別れたとしても俺と蓮が恋人になれるわけないのに虚しくないのかって。でもどうしても嫌なんだ。蓮が俺以外の奴のものになるなんてそんなの絶対に許せない。


「蓮のことはもういいの?」


事後。蓮の彼女の頭を優しく撫でながらそう聞くと、彼女は瞼を伏せて小さな声でポツポツと語り始める。


「蓮くんは私のこと、好きじゃないから」
「え?」
「私ばっかりが蓮くんのこと好きで、一生懸命で。それなのに蓮くんはいつも受け身で。デートもメールも電話も、全部全部、私から。蓮くんから私に求めてきたことなんて、ただの一度もないの。なんかもう、私のことなんてどうでもいいのかなって」
「……そっか。ずっと寂しかったんだね。俺はそんなことしないよ」


思ってもないことをペラペラと吐き出して、その唇を奪って。

ホッとした。
蓮は別にこの女のこと好きじゃないんだって。
良かったって、本当に心の底から思った。


蓮に新しい彼女ができるたび、積極的に近づいて、距離を縮めて。蓮がいるくせにすぐに俺に目移りする尻軽女にゲンナリしながら、俺は彼女を抱いた。

結局そんなもんなんだよ。
オマエらの蓮への愛なんて。
蓮のことなにも見てない。知ろうともしない。
好きなのは蓮の顔と身体だけ。

なあ、蓮。
そんな女、いらないだろ?

別に隠してるわけじゃないからすぐに蓮にバレたけど、特になんの反応もなくて。
いつも通り俺の傍で笑って、バレーの練習に励んで。普通彼女が寝取られたら怒るはずなのに、蓮は俺に怒ったことなんてただの一度もなくて。(代わりに岩ちゃんたちには死ぬほど怒られたけど)
ああ。やっぱり蓮は彼女のことなんてどうでもよくて、彼女より俺の方が大切なんだなぁって。優越感に浸って。その繰り返し。


だから俺は過信してしまったんだ。
俺がなにをしても、なにを言っても。
蓮は絶対に俺を嫌わないんだって。
そんなこと、あるはずないのに。










「もう、むり。顔も見たくない」


血の気が引いて、心臓が縮み上がった。

蓮のこんな冷たく刺すような目を、俺は知らない。見たことがない。
今まで、どれだけ俺が酷いことをしても、言っても。いつだって蓮は「仕方ないなあ」って笑って許してくれた。
くだらないことで喧嘩した時だって、例え俺が悪かったとしても、いつも蓮から「ごめんね」って歩み寄ってくれて。いつだって蓮は優しく包み込むような愛情を俺に与えてくれてた。


「おいグズ川」
「その呼び方やめて!!」
「オマエ、蓮の優しさに甘え続けてたら、そのうち痛い目にあうぞ」


今更、岩ちゃんに言われた言葉が頭を過ぎる。



部活の退部届を見た瞬間、頭に血が上ったんだ。
蓮がバレー部を辞める。なんで??あんなに一緒にバレー頑張ってきたのに。全国行こうって誓い合ったのに。しかもそれを、俺に何の相談もなしに決めたことが本当にショックで。しかも俺じゃなくて岩ちゃんに相談していることも、全てが俺を絶望させた。

だから。だからーー。

あんな心にもないことを、言ってしまったんだ。

蓮が今まで血の滲むような努力をしてきたのを、俺は誰よりも傍で見てきたはずなのに。


眉間にシワを寄せて鬼みたいな顔をしている岩ちゃんに思いっきりぶん殴られて、ハッとして、慌てて蓮を探しに行く。
今更すぎるのは分かってる。だって今回のことだけじゃない。俺は今までどれだけ蓮を傷付けてきたんだろう。蓮だって俺と同じ人間なのに、アイツなら大丈夫、俺のこと嫌わないからって勝手に決めつけて、好き勝手にして。
もしかしたら俺のいないところで一人で泣いていたのかもしれない。辛い思いをずっとさせていたのかもしれない。心臓を鷲掴みされる。苦しくて、目頭がぐっと熱くなった。
謝りたい。謝って、俺の気持ちをちゃんと、伝えたい。


「あっ、蓮……え、」


廊下でまっつんに抱きしめられている蓮を見つけた瞬間、身体が硬直して動けなくなった。
俺の前では泣かないのに、まっつんの前では泣けるんだ。こんなこと思っていい立場じゃないのは分かってる。蓮をあそこまで泣かせたのは、間違いなくこの俺だから。だけど、自分で自分の感情を抑え切れなくて。胸がきゅっと締め付けられる。

まっつんにどうしようもないくらい、嫉妬した。

そこからの記憶は正直あまり覚えていない。

気付いたら俺は学校を早退して、蓮の家の目の前に来ていて。


好きなんだ。
どうしようもないくらい、好きで好きでしかたなくて。
涙が出そうになるくらい、蓮のことを、愛してる。












蓮と無事に仲直りできて。心底ホッとしたし、めちゃくちゃ嬉しかった。だけど。蓮への想いを隠すことで蓮を傷付けるくらいなら、もう、自分の気持ちに素直になろうって思った。元々勝算のない恋なんだ。振られて当たり前。けど、さ。俺を恋愛対象として意識してもらうことはできるはずだから。
とびっきり優しく、愛を惜しみなく伝えれば。きっと蓮は俺のことを多少なりとも意識してくれるはず。そう思っていたのに、どうやら俺が思っている以上にこの恋は難関だったらしい。
俺が勇気を奮って「付き合って」と言っても本気にされず流されるし、しまいには俺がアプローチ中なのにも関わらずクラスメイトの女子と何やらいい感じになっていて。そんなのさ。脈なしにもほどがあるでしょ。

最初は振られて当たり前。
だからまずは意識してもらうところから頑張ってみようって思ってた。
だけどここまで相手にされないと流石に悲しくなってきて。
だって何十年もずっと片思いしてるんだよ。
やっぱりもう、無理なのかな。なんて落ち込んだりして。
まあ諦める気なんてサラサラないけど。
俺こう見えて、結構諦め悪い男なんだ。






「少しは俺のことも意識しろよ、バカ蓮!」


蓮にキスをした。

百武と学校終わりにデートするって知って、居ても立っても居られなくてアイツの家の前で待ち伏せして。やってることがストーカーみたいで自分でも引くけど。百武と付き合ってほしくなくて、百武より俺を見てほしくて。嫉妬して、イライラして、悲しくて。いろんな感情が混ざり合って、頭がぐちゃぐちゃになって。気付いた時にはずっと触れたくてしかたなかったその唇に、自分の唇を重ねてた。
…ッ。蓮の唇は想像以上に柔らかくて、気持ちよくて。一度触れてしまうと、もう我慢なんてできなくて。何度も何度も、その唇に触れた。

ゆっくりと唇と離すと、呆然としている蓮と視線が交わって。その顔が本当にかわいくて愛おしくて。そのおでこにまた一つ、キスを落とした。



捨て台詞みたいな言葉を吐き出して、勢いよく走り出す。顔が、熱い。絶対今俺の顔真っ赤じゃん。つか、やっちゃった…俺さっき、キス、した。蓮と、キス、


「うわぁぁぁぁぁ‼‼‼」


走りながら絶叫する俺は不審者でしかないだろうけどどうか今は許してほしい。だって長年の片思いの相手と今さっきチューしちゃったんだよ俺。
もう、好きが溢れてどうにかなってしまいそうだと思った。絶対百武なんかに渡したくない。俺だけのものでいてほしい。


明日、きちんと告白しよう。
そして。
俺の今までの気持ちも、全部全部、君に伝えるよ。


だから、ねえ、お願い


俺のこと、好きになって
 

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