長年片思いをしていた幼馴染にキスをされた。

なんで?






「なんつー顔してんの」


朝練終わり。部室で着替えてるといきなりそう言われながら花巻に肩を組まれる。なんつー顔って…普通の顔ですけど。心の中でツッコミを入れてると顔を覗き込まれて、はは〜ん。と何か意味有りげな顔でニヤつかれる。いやほんとになに。


「恋だな!!!!」
「うるさ…」
「分かったあれだろ、とうとうあのかわいこちゃんと付き合ったんだろ?」
「え?百武さんと付き合ったの?」


花巻の隣で着替えていた松川も面白そうに話に参加してきて、「違う」と答えると二人とも「「またまた〜!」」と顔を合わせる。悪ノリやめろ。


「いやまじで付き合ってないって…」
「じゃあさっさと告白しろって。デートもしてんだろ?ぜってえ脈ありじゃん!」
「は?」
「金田一と国見が二人がデートしてたの見たって♡」


デートって…昨日学校終わりにクレープ屋に寄ったやつ?ちらりと金田一と国見の方に視線を向けると、顔をほんのりと赤く染めた金田一があわあわしていて国見は何故か無表情のまま親指を立ててくる。なんでグッジョブ??まあなんでもいいけど後輩ってかわいいよね!


「百武さん美人だし蓮とお似合いだと思うよ」
「それは俺もイケメンってことでいいのかな?松川くん」
「んー…蓮はどっちかって言ったらかわいい」
「かわ…?」
「たしかに蓮小せえしなぁ」
「平均身長は!!!超えてますから!!!!」
「「声でかw」」


ケラケラと笑う二人に頭をぐちゃぐちゃに撫でまわされる。松川くんも花巻くんも俺のこと小さい子供かなにかと勘違いしてるんじゃないのかな??そんで国見はなんで写メ撮ってるの。しかもめちゃくちゃ連写されてるし。


ーーガチャ


そんな時。部室の扉が開いて、「おつかれー」なんて言いながら徹と岩ちゃんが入ってくる。今度の練習試合について話し合ってたみたいだけど、意外と早く終わったみたい。


「なんの話してんのぉ〜?」


ヘラヘラと笑う徹がジャージを脱ぎながらそう聞いてきて、俺はというととにかく顔が熱くて徹の顔が見れなくて。

ドッドッドッ

心臓の音が、煩い。


「ん〜?恋話」
「コイバナ?」
「蓮がとうとう百武さんと付き合ったらしい」
「…は?」
「付き合ってないから」


すかさずツッコむと、つまんなぁいと二人同時に頬を膨らませる。仲良しか。
ていうか、


「びっくりした〜!変な冗談やめてよね!」
「いやでも付き合うのは時間の問題じゃね?」
「美男美女でお似合いじゃん」


…なんでそんなあからさまに嫌そうな顔すんの。
そんな顔されたら、昨日あんなことされた身としては、嫉妬されてるのかもって期待しちゃうんですけど。


「は?ぜんっぜんお似合いじゃない」


さっきまであんなにヘラヘラしてたのに急に無表情になっていつもより低めの声でそんな言葉を吐くから、ガヤガヤと騒がしかった部室が一瞬でシーン、と静まり返る。き、気まずい…
そんな凍りつく空気を壊したのは、やっぱりこの人で。


「い゛っ、で〜〜っ!!!ちょっ、岩ちゃんなんでいきなり殴るの!?暴力反対!!!!」
「ムカついたから」
「シンプルかつ辛辣!!!!」


ぎゃあぎゃあといつもみたいに騒ぎ出す二人に、みんなおかしそうに笑っている。









徹と岩ちゃん。
この二人の関係は、特別なんだと思う。
いつも、誰も、二人の間には入れない。入る隙がない。
昔からその事実が少しだけ寂しくて、羨ましくて。
だって徹が頼るのはいつだって岩ちゃんで、俺じゃないから。

ぼんやりと二人のやりとりを眺めていると、松川にぽんと肩を叩かれて振り返る。


「見すぎ」


もしかしたら、勘の良い松川は気付いているのかもしれない。俺の、徹への想いに。松川の顔を見たらふとそんなことを思って「ごめん」と小さく呟くと「なんで謝るの?」なんて困ったように松川に聞かれて、返答に困って眉を下げる。

俺は岩ちゃんのことが大好きだ。
大好きだし、その気持ちの中には憧れも混じっているんだと思う。
ぶっきらぼうに見えて情が深く優しいところも、一本芯が通った男前な性格も。
出会った頃からずっと岩ちゃんは変わらない。
変わらず、真っ直ぐでかっこいい男なんだ。

なのに、俺は。


「岩ちゃんってほんと俺のこと好きだよねー!」


徹はくしゃりと笑いながらそう言って岩ちゃんを後ろから抱きしめて、岩ちゃんは「おい離れろ!暑苦しい!!」なんて徹の身体を引き離そうとして。「ほんと、及川さんと岩泉さんって仲良いよね」「流石幼馴染って感じ」そんな後輩の声が聞こえてきて、うん、俺もそう思うよ。なんて心の中で返事をする。

じわじわと、お腹の中に真っ黒い感情が渦巻いていくようだ。今までもこの二人の関係に全く嫉妬しなかったわけじゃない。だけどこんな苦しくなるくらいの気持ちは初めてで。
二人の姿を見たくなくて、ロッカーから鞄を取り出して早々に部室を後にする。

徹と岩ちゃんのじゃれあいなんて見慣れてるはずなのに。
なんで今更?
…徹にキスをされたから?

もしかしたら徹って……俺のこと、好き?なんて。そんなことを思ってしまったから?

だから。


「蓮っ」


人間は欲深い生き物なんだと、いやというほど思い知る。


「……なに」


幼馴染で、大好きなのに。それなのに。
岩ちゃんに嫉妬してしまう自分が酷い人間のように思えて、胸がキュッと締め付けられて苦しくなる。


「…今日一緒に帰ろ」
「…別にいいけど」
「その時に、大事な話があるから」
「………うん、」


つかまれた腕が、熱い。ねえ徹。大事な話って、なに。俺バカだからさ。そんな顔で、そんな風に言われたら。流石に期待しちゃうよ。

期待しても、いいの?

教室に戻るまでの間、徹は何も俺に言わなかったし、俺も何も徹に言わなかった。











ずっと徹に嫌われてると思っていた。それか、俺のことなんてどうでもいい存在なんだろうなあって。徹はイケメンでモテるし、徹自身も女の子が好きだから常に徹の隣にはかわいい彼女がいて、ああ、徹が俺のことを好きになることなんてこの先一生こないんだろうって、本気でずっとそう思っていた。恋を、諦めていた。幼馴染として、バレー部の仲間として、徹の傍にいれるだけで幸せなんだと自分自身に必死に言い聞かせて。

徹の本音を聞けて、嫌われてないと知った時は安心したしそれに何より嬉しかった。その日から何故か好きとか付き合ってとか言われるようになったけど、徹が本気でそんなこと言うはずないからなに?からかってんの?なんてイライラしたりして。そんな時に隣の席の女の子のことが気になりはじめて、この子なら本気で好きになれるかもって思った。

だけど…心の奥底では、ずっと忘れられなかった。
冗談だと分かっていても、好きだと言われて本当はめちゃくちゃ嬉しかったし、付き合ってと言われるたびに何度も頷きそうになった。でも、でもさ。「は?冗談に決まってんじゃん。なに本気にしてんの?」そう言われるのを分かっていたから、本当の気持ちを必死になって押し殺した。もうこれ以上傷付きたくなかったから。俺は自分で自分を守るために、徹への想いを消した。


はずだったのに。







「少しは俺のことも意識しろよ、バカ蓮!」


もう、少しどころの騒ぎじゃない。


徹が俺のことを、好き?

本当に?

…これは、夢?


夜。さまざまな思いが交錯して、涙が込み上げてくる。
消し去ったはずの徹への想いは、唇が触れた瞬間に溢れ出して、止めることなんてできなくて。
結局俺は徹のことが好きで好きで苦しくなるくらい愛していて、簡単に忘れることなんてできなくて。大袈裟でもなんでもなく、徹に愛してもらえるならもういつ死んでもいいって本気でそう思った。それくらい徹は俺にとって、全てだったから。


「………のせ、一ノ瀬っ」


ハッと我に返って声のした方に視線を向けると、百武が心配そうな顔で俺を見つめていて。「体調悪いの?大丈夫?」授業中だから顔を寄せながら小さめの声でそう聞かれて、「…眠くてボーっとしてた」咄嗟に思いついた言葉を発すれば、「どうせ夜更かししてたんでしょっ」クスリと百武が笑う。
こんな美人で良い子なのに。百武と付き合いたい男なんてきっと山ほどいるのに。それなのに、俺はーー。


もう、百武に曖昧な態度を取るのはやめよう。
この子を傷つけたくない、そう思った。


ーーキーンコーンカーンコーン


授業が終わるチャイムの音が学校中に響き渡る。「ねえねえ」百武がニコニコしながら話しかけてきて、他愛のない話をする。その間、徹からの視線を常に感じていて。ちらっと徹を見ると、パチリと視線が交わる。やっぱり勘違いなんかじゃない。徹はずっと、俺のことを見ていた。

なんで?

心臓がバクバクと、鼓動を打つ。


「一ノ瀬…顔赤いけど大丈夫?」


心配そうな顔で百武が下から俺の顔を覗き込む。相変わらず美人だなぁ。そんなことを思いながら口を開こうとした瞬間、「蓮」低めの声が頭上から聞こえてきて、目を丸くする。いつの間に来てたの。


「徹?」
「部活のことで話したいことあるんだけど」
「え、うん」
「と言うわけで百部悪いけど。今からコイツ借りるね?」
「か、借りって…!どうぞ…」


百武の顔がほんのりと赤く染まるのを見つめていると、徹に「ほら、行くよ」不機嫌そうに腕を掴まれる。部活の話なんて珍しいな…いつもそういう話は俺じゃなくて岩ちゃんに話すのに。そんなことを思いながら、徹の後ろをついて歩く。

着いた場所は今は使われていない空き教室で、徹はそのままガラガラと扉を開ける。俺も続いて教室に入ると、さっきからずっと黙っている徹がゆっくりと口を開く。


「………百武さ、」
「え?百武?」


部活の話なのになんで百武?疑問に思って首をこてんと傾げると、徹が「そういうの!そういうのまじでやめて!!!」と悶えはじめる。え、いきなりなに…


「絶対オマエのこと好きだよね」
「え、そ、そうかな」
「うん。絶対そう。誰が見ても分かる。百武は蓮に惚れてるよ」


まあ、あからさまだったし流石に俺も気付いていたけど…なんで今そんな話をするんだろう。

話の意図を汲み取れなくてキョトンとしていると、徹は一歩、距離を縮める。顔が、近い。


「蓮は?」
「え?」
「蓮は百武のこと、どう思ってんの」
「俺は……」


もう訳がわからない。部活の話はいいの?つーかそんなことよりとにかく顔が近すぎて…徹の薄い唇が嫌でも目に入って……ポッと顔が火照る。いや、さ、流石に今思い出すことじゃねーだろ…っ!


「……そんな顔すんなよ」
「は?」
「俺以外のヤツにっ、そんな顔すんなって言ってんの!」


ぽろぽろと、徹の綺麗な瞳から大粒の涙が溢れだす。あまりにも信じられない光景に、一瞬思考が停止する。

徹が、泣いている。

バレー以外のことで徹が泣いている姿を見るのは、何十年ぶりなんだろう。


「っ、俺はっ、」
「徹、ちょっと落ち着いて」
「やだ!!!!」
「やだって……」


まるで駄々をこねる子供のようで、そんな徹をかわいいなんて思ってしまう俺も大概だと思うけど。好きなんだもん。仕方ないよね。頭をよしよしと撫でると、涙で潤んだ瞳が驚いたように大きくなる。


「百武のこと、好き?」
「好き…だけど、友達としての、好きだよ」
「本当に?」
「うん」
「……友達としての好きも、やだ」
「………なんで?」


やばい。心臓が破裂しそう。

どうしてそんな顔で俺を見るの。今までずっと、俺のことなんて興味ないみたいな顔してたのに。ねえ、徹。


「蓮のことが好き」
「………っ」
「小さい頃からずっと好きだった」


鼻の付け根がツンと痛くなって、視界がじわりと滲む。

俺にとって徹は
一番近くにいるけど、一番遠い存在だった。
手が届きそうな距離にいるはずなのに、絶対に俺のものにはならない。

目が合うと嬉しくて、傍にいるだけで胸がドキドキと高鳴って、徹が女の子といる姿を見るたびに胸が張り裂けそうに苦しくなった。
徹のことが好きで好きで仕方なかった。
徹は俺の、全てだった。
だけど、それは俺の一方通行な想いでしかなくて。
徹は女の子が好きで、俺はそもそも恋愛対象にすら入っていないのだから。
もう、一生叶わない恋なんだと諦めていた。
徹が俺のことを好きになるはずなんてない。だったらせめて、幼馴染として徹の傍にいたい。そのために必死になって自分の気持ちを押し殺した。






何度も何度も、夢を見た。
徹と想いが通じ合って、唇を重ねあって、愛の言葉を囁き合う。目の前にいる徹という存在がただただ愛おしくて、幸せで、涙が溢れた。だけど。目が覚めるとそこに徹はいなくて。ああ、夢だったんだなって、現実に絶望して。こんなに辛いなら徹のことなんて好きにならなければ良かった。夢から覚めるたび、そう思った。


だから。


「愛してる」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、まるで縋るようにそう言う徹に信じられない気持ちでいっぱいになって、それでも徹が嘘をついているようには見えなくて…


「愛してる…っ」


こんな、だって。一生報われないと思っていたのに。徹にそんな風に言われたらどんなに幸せだろうって、ずっとそう思っていたのに。


「俺と付き合ってください」


まるで世界中の幸せを全部集めても足りないくらいの幸せが詰まっていて。何処が現実味がなくて。


「一生かけて、大事にするから」


「ずっと俺の、そばにいて…っ」


これは、俺が見ている都合の良い夢なんかじゃないよね…?


「……なんで泣くの」


徹の長くて骨張った指が、目尻から流れる涙を優しく救う。


「……やっぱ、だめ?俺じゃ、むり?」


違う、だめなわけない。そんなはず、あるわけない。俺がどれだけ徹のこと愛してると思ってるんだ。こちとら何十年もオマエにクソデカ感情抱いてるんだぞ。ナメんな、バカ。そんなことを思っていても、涙がとめどなく流れて上手く言葉がでてこなくて。


ーーキーンコーンカーンコーン


休憩時間の終わりを告げるチャイムの音が響き渡る。


「…………授業、はじまる…」
「うん」
「……戻らなきゃ、」
「やだ」
「やだって…」


眉を下げてしゅんとしながらそんなことを言われたら、元々徹に甘々な俺はこれ以上強く言うことなんてできるはずがなくて。どうしよう…困っていると、ふわりと徹の匂いに包まれて、心臓がバクバクと煩いくらい脈打つ。


え?


「好き…」
「……」
「絶対に大事にするから…っ」


ぎゅうっと優しく抱きしめられて、徹の体温が暖かくて。徹の背中にそっと手を回す。


「…………すき」
「…え」
「……俺も徹のこと、ずっと好きだった」


ウルウルと、涙で潤んだ綺麗な瞳が俺を見つめる。


「本当に…?」
「…ん」
「え、嘘じゃないよね…?本当だよね?」
「…嘘じゃないよ」
「本当に蓮、俺のこと、好きなの…?」
「………うん。すき」
「……蓮が俺のこと、すき……………まじで…やっば、ちょーーー嬉しぃぃぃぃ…………」


今度は苦しいくらいきつく抱きしめられて、なんだかおかしくなって笑ってしまう。徹と俺がまさかの両思いだった。そんなこと、つい最近までの俺は想像すら出来なかった。正直今この瞬間も夢心地で、現実味がなくて、信じられない気持ちでいっぱいだけど。だってこんな幸せなことがあっていいの?って。俺明日死ぬのかな?って本気で怖くなるくらい。


「蓮〜……すき…ちょーすき……だいすき…」


ああ、もう、だめ。

すき。すき。だいすき。あいしてる。

徹が愛おしくてたまらない。


「ねえねえ」
「ん?」
「俺、もう蓮の、彼氏なんだよね…っ?」
「ふ、うんっ。ねえ、泣きすぎ」
「だってめちゃくちゃうれしいんだもーん……」
「もんって、かわいいなあ」


目を細めて頭をよしよしと撫でると、徹が幸せそうにふにゃりと笑う。


「……浮気すんなよ」
「それはこっちの台詞」
「俺は絶対しない!蓮一筋だから!」
「ふはっ。どの口が言ってんだか」
「この口でーす」


ツンとわざとらしく尖らせた唇が視界いっぱいに写って、自分の唇をちゅっと重ねる。


「この前の仕返し」


ベーっと舌を出すと、リンゴみたいにみるみる真っ赤に染まっていく徹の顔を見ながらクスクスと笑う。


「クソッ!!一生幸せにするからな!!!!」


徹くん、それってプロポーズってやつですか?


「うん。幸せにして」


俺の彼女ばかり寝取る幼馴染くんは、今日から俺の彼氏になりました。
 

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