一生叶わないと思っていた恋が叶った。
一生分の幸せを使い果たしたんだと思った。
想いが通じあって、恋人になって。
部活が終わった帰り道。
帰り道が同じ方向の俺と徹と岩ちゃんの三人で夕暮れの空の下、肩を並べて歩く。
「でさぁ、そん時先生に叱られて…「それは及川が悪い」ウソでしょ!?」
「ふは、即答じゃん」
他愛もない会話をしながらダラダラと歩く。途中でコンビニに寄って、肉まんを買って公園のベンチに座って食べて。いつもみたいに「じゃ、お疲れさん」なんて手をひらひらとさせながら岩ちゃんが背中を向けて歩き出すをぼんやりと見つめていると、徹の手がそっと触れて、瞳が交わる。
「…家まで送る」
「え?いや、いいよ。もうすぐそこだし」
「ダメ。送らせて」
「…なんで?」
「心配だから」
家まで徒歩五分もかからないし、そもそも男もだから心配なんてしなくていいんだけど…徹の頬がほんのりと赤く染まっているのを見て、もしかしてまだ俺と一緒にいたいって思ってくれてるのかな?なんて思うと、心が温かくなった。
「ありがとう」
「ん」
なんかこうしてると本当の恋人同士みたいだな…いや実際に付き合ってるんだけど。片想い歴が長すぎてまるで雲の上にいるかのようにふわふわしていて現実味がなくて。なんて話したらいいのか分からなくなって、気恥ずかしい気持ちになる。
「あの、さ」
「え?」
手が触れて、離れて、また触れて。
「手、繋いでもい?」
耳朶まで真っ赤に染めて、そんなことを言ってくるもんだから。なに、それ。そんなの、勝手に繋げばいいのに。ドキドキして、胸がいっぱいになる。
「…いいよ」
指と指が絡み合って、ぎゅっと手のひらが重なって。「…恋人繋ぎじゃん」「だって恋人だもん」なんて会話をして、また静かになって。心臓がバクバクと音を立てる。これ、手汗とか大丈夫かな?なんて心配になってきたけど、そんなこと恥ずかしくて聞けないし。
あれ?
俺って今まで、どんな風に徹と話してたんだっけ?
「蓮」
「え?」
あっという間に俺ん家に着いて、手は繋いだまま、徹に名前を呼ばれて視線を遣ると、視界いっぱいに徹の綺麗な顔が広がって、そしてちゅっと唇に柔らかな感触が触れる。
「じゃあ、またね」
「……あ、うん。また明日」
徹の姿が見えなくなって、夢心地のまま家の中に入る。これは、やばい。なにがやばいかって…
「かっこいぃぃぃぃぃ……………」
玄関で、悶える。徹って恋人にはこんな感じなんだ……?めちゃくちゃ甘い雰囲気だったし優しいからなんかもはや誰??状態なんだけど、あまりのかっこよさに危うくキュン死にしそうになる…
だってだいたいいつも俺のことバカにしてたし、基本的に俺に対して当たり強かったから、あんな砂糖を煮詰めたような甘ったるい顔で見つめられたことなんてなくて、調子が狂ってしまう。
「蓮ー!ご飯冷めちゃうから早く食べなさい!」
「はーい」
でも、幸せ。めちゃくちゃ、幸せ。
幼い頃から一途に想っていた徹と恋人になれて、徹の新たな一面を見ることができて、もうこれ以上のことないよ。大切にしたい、この恋を。徹のことが本当に大好きだから。ずっと一緒にいたいから。
この頃は本当にそう思っていた。
人間はやっぱり欲深い。
徹と付き合いはじめて分かったことは、徹はとにかく恋人(俺)に甘い。みんなといる時は普通なんだけど、2人きりになると甘えてきたり、甘やかされたり。歴代の彼女にもそうだったのか分からないけど、まあこんな彼氏なら俺より徹を選ぶわな…って悔しいけど納得した。
後、もうひとつ。
「一ノ瀬〜。聞いてよ、こないださあ」
「どうせまた彼氏の惚気話だろ?もうお腹いっぱいですご馳走様」
「ちょっ、そんなこと言わないで聞いてくださいよ一ノ瀬さん」
「はは、ジョーダンだよ。なあに?」
百武はつい最近、元カレと復縁したらしい。正直なところ、ホッとした。自過剰かもしれないけど、告白されたら悲しませることになるし嫌だなあって思っていたから。
今も変わらず百武とは友達として仲は良い方だと思う。こうして百武の彼氏の愚痴と言う名の惚気話を聞かされたり、昨日見たドラマの話をしたり、授業で分からなかったところを教え合ったり。
俺としては百武はただの友達だし、別に何とも思ってないんだけど。
徹は百武のことが、気に入らないらしい。
「……俺、アイツ、嫌い」
お昼休み。屋上で並んで購買で買ったパンを食べてると、徹が頬を膨らませながらポツリとそう言った。アイツが誰のことなんて、聞かなくても分かる。
「百武さ、彼氏とめっちゃラブラブで、俺と話す内容もほとんど彼氏の惚気話だよ」
「彼氏いんのに他の男とあんな仲良さげに話す?普通」
「ただの友達だから」
「確か前別れた理由ってアイツに他に好きな人がいるって誤解されたからでしょ?また誤解されるって思わないのかな。てか元サヤに戻るまで絶対蓮に気があったでしょ。好き好きアピール凄かったもん」
「俺も好きな人いるってちゃんと百武に話してるよ」
「あんなコロコロ好きな男が変わるような女信用できない」
フン!って不機嫌そうにそっぽを向く徹の制服の袖をキュッと握ると、徹が「……なに?」と眉を寄せながら俺を睨む。
「俺のことは信用できない…?」
上目遣いで、瞳をうるうるさせながら徹を見つめると、徹が「……ぐっ」と胸を押さえて悶える。うん、知ってる。徹、俺のこの顔にめちゃくちゃ弱いもんね。
「……その聞き方は、ズルいよ」
「俺が好きなのは、徹だけだよ」
「…ん。俺も」
ヤキモチ妬きですぐ拗ねる、世界で一番かっこよくてかわいい俺の恋人様。徹のことが愛おしくてたまらない。毎日好きが更新されていく。…だから、だからこそ。俺にはたったひとつだけ、不安なことがある。
それはーー。
「蓮…」
「んっ…」
唇が触れて、ゆっくりと離れる。
「じゃあ、またね」「うん、また明日」
いつものように部活終わりにそのまま家まで送ってもらって、軽いキスをして、そのままバイバイ。
徹と付き合ってから、毎週部活が休みの月曜日は学校終わりにそのままどっちかの家に行ったり遊びに出掛けたりする。2人きりになると、手を繋いだりハグしたりキスだってする。毎日「好き」って言ってくれるし、片想いしてた頃と比べると充分すぎるほど今は毎日が幸せなんだけど…
贅沢な悩みなのは分かってる。
分かってるんだけど。
どうしても、不安になってしまう。
[キス以上の関係に進まない]
携帯を開いて、その言葉を入力して検索する。
俺は乙女かって思わずツッコミたくなるけど、正直に言うと俺にとってはかなり深刻な悩みなのだ。
だってもう付き合って2ヶ月も経つのに軽いキス止まりなんだよ!?ディープキスでさえしたことないんだよ!?俺の彼女を寝取ってたくらいだから(嫌味)徹は絶対に手出すの早いと思ってたのに…!
自信がない
必要性を感じない
緊張してしまう
そこまでの魅力を感じられない
どれもしっくりこなかったけど、最後の言葉が心にぐさりと突き刺さった。なるほどなって、思ってしまったから。だって徹は幼い頃から端正な顔立ちをしていて、女の子から引く手あまたでいつも徹の周りにはかわいい子達がたくさんいて。
学校で一番美人だと言われていた先輩も、読者モデルをしてるお人形のようにかわいい同級生も、みんな徹に恋をしていた。そんなかわいい子ばかと付き合ってきた徹が、幼馴染の男の俺なんかに欲情するのだろうか?考えて、いや普通しねえよな…って勝手に落ち込んで、そっと携帯を閉じた。もう色々と考えるのはやめよう。どうせ今はネガティブなことしか考えられないし。明かりを消して、瞼を閉じる。
その日の夜はあまり眠れなかった。
◇
「岩ちゃんって彼女と付き合ってどれくらいでヤった?」
「ブッッッッッ!!!!」
「うわ汚なっ」
「いきなりおめえが変なこと言うから!!!!」
「そこまで動揺するとは思わなくて…ごめん」
飲んでいたスポーツドリンクを盛大に吹き出す岩ちゃんにドン引きしていると、岩ちゃんがタオルで濡れたところを拭きながらはあ、と大きなため息を溢す。
「蓮にそんな話題振られたことねえし…」
「いや、なんとなく気になって」
「言わねえよ」
「え、なんで、教えてよ」
「なんでって…彼女に失礼だろ」
えー…なにそれ男前すぎる。めちゃくちゃ彼女愛されてんじゃん。じゃなくて!
「…実はさ、女友達にちょっと相談されてて」
「相談?」
「うん。その子、彼氏と付き合って2ヶ月経つのにキス止まりみたいで」
「それで?」
「自分に魅力がないのか不安なんだって」
徹と付き合ってることは誰にも話してないから、女友達の話という体で岩ちゃんに話してみる。
すると岩ちゃんは怪訝そうな顔をして、「そんなの決まってるだろ」と俺の目をじっと見つめる。
「その子のこと、大事にしたいんだろ」
胸がじーんと熱くなって、思わず目頭が熱くなる。
今泣いたらいくら鈍感な岩ちゃんでもこの話が友達じゃなくて俺のことだって気付いてしまうだろうから、ぐっと堪える。
本当は、ずっと怖かった。
付き合ってみて、やっぱり男とは付き合えないって思われたらどうしようって、徹と過ごす時間が幸せであればあるほど、漠然とした不安がいつも心の隅っこにあって。
だから。もしかしたら焦っていたのかもしれない。心だけじゃなく、身体を重ね合わせたら、徹を繋ぎとめれるような気がして。そんなはずないって、心の底では分かっているのに。
「蓮?」
「…あ、うん、ごめん。なんでもない」
「大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと疲れただけ。てか相談に乗ってくれてありがとう。今度友達にそう言っとく」
「おう」
徹は俺のこと、大事にしてくれてるのかな。
だとしたらめちゃくちゃ嬉しい。
でも、でもさ。
松川と花巻と笑いながら話している徹を見つめる。
激しい練習をした後だからみんな汗だくで、徹の首筋を伝う汗に欲情してしまって、堪らなくなって視線を逸らす。
徹に触れたい、と思う。
骨張った大きな手も、逞しい背中も、引き締まった身体も、全て…俺だけのものしたいって、そう思ってしまう。
徹は俺に、触れたいって…思わないの?
そんなことを思ってしまう俺は、エゴイスト?
「蓮…?」
いつも通り、家まで送ってくれて軽いキスをして、じゃあまた明日ってバイバイするところで、徹の制服の袖をぎゅっと握った。徹は「ん?」と不思議そうに俺を見つめる。
「どうしたの?まだ及川さんと一緒にいたいの?」
そう言いながらニヤニヤする徹に、「うん」と素直に答えると、徹が驚いたように目を丸くする。そうだよね。こんなこと言ったの初めてだもんね。
「実はさ、」
「ん?」
「今日、親いないんだ。旅行に行ってて…」
「え」
「…うち、泊まる?」
「あーー…」
緊張しながらそう言えば、徹は珍しく困った顔をする。その表情を見て、胸がズキリと痛んだ。ほら、やっぱりこうなるじゃん。大切にされてるとか、そういうことじゃなくて。ただ単純に、徹は男の俺には、欲情しないんだよ。
制服を握っていた手を離す。徹の目を見れなくて、俯いた。はあ…やばい、気分が沈む。泣きそう。
「…それ、意味分かって言ってる?」
「意味って?」
「俺は蓮の彼氏なんだよ?」
「うん。そうだね」
「誰もいない家に彼氏と2人っきりって、そういう雰囲気になるかもって少しは思わない?」
「え」
驚いてバッと顔を上げると、顔がリンゴみたいに真っ赤に染まってる徹と視線が交わって。バクバク、心臓の音が、煩い。
「流石の俺も好きな子と2人きりで我慢できるほど大人じゃないしそんな自信もないんだけど」
眉を寄せて堪えるような顔でそう言う徹に胸がドキドキして、おかしくなりそう。愛おしくてたまらなくて、徹をぎゅうっと抱きしめる。
「我慢、しなくていいから」
「は?」
「今日うち、泊まる?」
「…………………………泊まる」
もしかして、本当に岩ちゃんが言っていた通り、俺のことを大事に想ってくれて、我慢してくれていたのかな。そう思うとさっきまでの不安はどこへやら。心の底から安堵して、例えようもなく嬉しくなった。徹も俺とキス以上のことをしたいって思ってくれてたんだ…溶けるような幸福感に、胸がいっぱいになる。
「………あー…ごめん。先に謝っとく」
「え?」
「今夜…蓮のこと、抱くから」
「…うん。抱いて」
徹がごくりと喉を鳴らす。熱を孕んだ瞳で見つめられて、初めて見る徹の表情にドキドキして身体が熱くなった。
早く、早く——徹に、触れてほしい。
そして。
俺の全てを、暴いて。
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