「五条さんって彼女いるのかなあ」
「五条さんって…あの五条悟?」
「そう。あの五条悟」
聞き慣れた名前が聞こえた瞬間、ぴたりと足が止まる。別に悟に憧れたりそれこそ恋心を抱く女の子なんて数えきれないほどいるのだけれど、やっぱり彼女としてはいい気はしないもので。
…聞きたくないのに、気になってその場から動けない。絶対嫉妬するって分かってるのに。自己防衛下手くそすぎでしょ。
「うーん、どうだろ。でも同期の清宮希と家入さんとはちょくちょく噂になってるよねぇ…」
「うん……清宮さんと家入さんってめちゃくちゃ美人だよね……ねえ、その噂って本当だと思う?」
「え、なに、まさかアンタ…あの五条悟に恋してるわけ?!」
「ちがっ…ちが、わないけど…」
「五条悟はやめときなって。あの五条家のご当主様だよ?絶対幸せになんてなれないよ」
「うぅ………でも、この前五条さんとはじめて任務一緒になったんだけど、足を怪我した私を心配してお姫様抱っこまでしてくれて……」
「は!?!?お姫様抱っこ!?!?あの五条悟が!?!!」
「ちょっ、声大きい……っ!!」
「その話詳しく教えて!!!!」
胸がきゅうっと締め付けられて、苦しい。
頭では分かってる。悟はただ足を怪我した術師を助けただけで別におかしなことはなにもしてないし、いくら普段非常識的な悟でも流石に同業者を見捨てることはしない。それくらいのことはきちんと理解してるつもり。だけど…
わざわざお姫様抱っこする必要ある????
え、他になんかなかった?
別におんぶとかでも良くない?(まあ本音を言うとそれも嫌だけど‼)
ちらりと、扉越しに悟がお姫様抱っこした女の子を見る。………ふーん。黒髪ボブの童顔フェイス。顔だけならざっと70点くらい。私の方が百億倍かわいいし綺麗。
でも。うん。
おっぱいでかいわ。
ぱっと見てスーツの上からでも分かる。
私と同じくらいあるよね???
悟はああ見えて、おっぱい星人なのだ。
家の中だと大体私の胸揉んでるし隙あらば舐めようとするし(やめて)。本人の口から直接聞いたことはないけれど、おっぱいが好きなのは間違いないと思う。
仮に悟が…あの子のおっぱいにちょっとムラっとして多少の下心を持ちながらお姫様抱っこをしていたとしたら?
そんな考えが頭に浮かぶ。いや、ダメだ、想像するだけでめちゃくちゃイライラする…!
とりあえずその場を後にする。あのままあそこにいたら自分でも何をしでかすか分からない。学生時代に比べて随分と丸くなったとはいえ、やっぱり根本的な性格は変わらないのだ。
高専の喫煙所で、ふー…とタバコの煙を吐き出す。この調子だと禁煙なんて夢のまた夢だね。ブーブーとスマホが震えはじめて、手に取るとディスプレイには見慣れた名前が表示されている。少し迷ったけど出ないとしつこいから仕方なく電話に出る。
『もしもし』
『もしもーし。でるの遅かったけどなんかあった?』
『報告書だして今喫煙所。ちょっと疲れてるから…』
『大丈夫?今高専だよね?』
『うん』
『今からそっち行ってい?』
『え、授業は?』
『今自習だから平気』
『んー…でもほんとに今ちょっと疲れてて…私なんかより生徒のこと見てあげて。じゃ』
『は?ちょっ
悟の言葉を遮って無理矢理通話を終わらせる。またすぐスマホが震えはじめたけど今度はスルー。だって胸のもやもやが消えないうちに会ってもどうせ喧嘩になるだけだし、少し落ち着いてからの方がいいに決まってるもん(経験上)。
灰皿にジュ、とタバコを押し付けて足を一歩踏み出した、瞬間。目を丸くする。
「来ちゃった♡」
…まあ、そうなりますよね。そういう男だよね、五条悟って。うん、知ってた。知ってた、けど。
はあ、とため息を零すと、悟にぎゅうっと抱きしめられる。
「僕なんか希を怒らせるようなことした?」
「……別に」
「どう見ても怒ってんじゃん。ねえ、なんで怒ってるの?僕にちゃんと教えて?」
ね?とアイマスク越しでも分かる優しい眼差しで、悟は私をじっと見つめる。そんな悟にさえイライラして、胸が苦しくなって。だから今悟に会いたくなかったのに。思ってないことまで口走りそうで、怖いから。
「……も、やだ」
「え?」
「離れて、」
「…なんで?僕に抱きしめられるの、いや?」
「や」
他の女の子をお姫様抱っこした悟に今触れられるのはどうしても嫌だった。
ぐっと悟の胸を押すけどビクともしなくて、それどころかさっきよりもきつく抱きしめられて、心臓の辺りが重くなって苦しい。
「ねえ、なんでそんなにご機嫌斜めなの?」
「……」
「ちゃんと言ってくれないと伝わないよ」
「……」
「それとも…僕とはもう話したくない?」
コクン、と頷くと頭上から小さなため息が聞こえてくる。ーーは?自分から勝手に会いに来たくせになに、逆ギレ?イライラやらもやもややら色々な感情が混ざり合ってもう何もかもが嫌になってくる。とにかく今は悟と一緒にいたくない。それだけ。
「………離れて、ほんとにやだ…」
「なんでそんなこと言うの?流石に僕だって傷付くよ」
「やなもんはやなの」
「だからなんで嫌なの?ちゃんと言えよ」
昔みたいな口調に戻ってる。昔から短気なところは変わらないね。悟はイライラした様子で私から離れると、喫煙所の椅子に座って無駄に長い足をゆっくりと組みながら私を見る。
「心当たりないんだけど。朝は普通だったじゃん」
「……」
「希」
「………なんで悟が怒ってんの。逆ギレ?」
「別に怒ってないから。なんでそうなんの」
「もういい」
「は?」
今日は受け持ちの生徒もいないからもう高専に用はないから帰る。他の女の子をお姫様抱っこしたのも嫌だけど悟のこの態度もムカつくし無理。プイッとして足を踏み出した瞬間、後ろからぎゅーっと抱きしめられる。はやっ。
「もういいってなに?」
「…………悟が悪い」
「なんで?なにが悪いの?ちゃんと教えて」
今度は甘えるように頭をぐりぐりされて、はぁ、とため息を吐き出すと悟が「希…」とさっきとは変わって寂しそうな声色で私の名前を呼ぶから、単純な私はそれだけで少し絆されそうになってしまう。
「僕のこと嫌い?」
「……」
「嫌わないで…お願い…」
こういう悟に私が弱いのを分かってわざとやってるからたちが悪い。だって私が悟のことを嫌いなるはずがないもん。そんなこと、悟が一番分かってる。
「………足を怪我した術師の女の子、お姫様抱っこしたんだって?」
「え?お姫様抱っこ?」
「うん。今日偶然その子が話してるのを聞いちゃって…」
少し驚いた様子でそう言う悟に、向きを変えて正面からじっと見つめる。
「足を怪我してるんだから、それは助けて当然だと思う。私はそういうことを怒ってるじゃないの」
「うん」
「ただ……お姫様抱っこは、してほしくなかった。うん、嫌。普通に嫉妬する」
「……………………………あぁ!あん時のか!ごめん!!!!マジでごめん!!!!」
ようやく思い出したのか、突然大声を出す悟にびっくりしてビクッと身体が震える。いきなり大声はやめて。心臓に悪い。
「邪魔だな〜役に立たねえな〜って何も考えてなかった…そうだよね。冷静に考えたら希以外の女をお姫様抱っこしてたなんて嫌だよね…僕が軽率だった。本当にごめんね。希に悲しい思いさせて…」
しゅんと、分かりやすく反省しながらまたぎゅうっと腕の中に閉じ込められる。
「……その子、おっぱい大きくて、普通にかわいい子だった」
「……そうだっけ?全然覚えてない」
「…少しはその子にドキッとした?」
「は?ないない。マジでない。ありえない。つーか希以外の女なんて興味ねえから」
「…本当に?」
「本当」
「……うーん、」
「希、ごめんね。許して」
ここぞとばかりにアイマスクを外してご尊顔を披露する悟。う、顔が良い。そしてウルウルと瞳を潤ませながら私を見つめる。いや、かわいすぎでしょ…。これで許さない女なんているの?
「…もう二度と、私以外の女の子をお姫様抱っこしないで」
「うん。約束する」
「私だけを愛して」
「希しか愛せない」
「……じゃあ、許す」
ぷくっと頬を膨らましながらそう言えば、悟に「帰ったらいっぱい愛し合おうね」と耳元で囁かれて、そのまま頬にちゅ、と触れるだけのキスをされる。
悟のことを愛してる。
悟は私のものだから。
私の悟に触れないで。私の悟のことを考えないで。ああ、悟のことを想う女がこの世からいなくなればいいのに。なぁんて。流石に冗談だけど。
そんなことを思いながら、悟の唇に噛みつくようなキスをした。
後日。悟にお姫様抱っこをされた術師が退職したのは、誰のせい?