タイムリープしたから浮気性の五条と付き合う未来を変えようと思う

俺の彼氏は浮気性だ。


と言っても、最初から隠す気なんてないし最近は俺と悟が同棲してる部屋に普通に女の子連れ込んでイチャイチャしてるからなんかもうここまで堂々としてると俺も悟の浮気相手なんかじゃないかと疑ってしまう。いや多分、実際のところそうなんだろうけど。
今となっては俺が本命か浮気相手かなんて至極どうでもいいことだ。

「あっ……あんっ♡♡♡」
「ン、はぁっ、あみちゃん…っ」

疲れ切った身体で帰宅してこの仕打ち。まあ玄関に見慣れないヒールがあった時点で察してたけど。でも、さあ。怒涛の10連勤終わりの身としては流石にこの状況はきついわけで。いくら悟への愛が冷めているとはいえ、ここまでくると殺意さえ覚える。
寝室の扉の向こう側から聞こえてくるわざとらしい喘ぎ声に「うるさ」と呟きながら、普段俺と悟が一緒に眠っているキングサイズのベッドで盛り上がってるであろう二人に背を向けて歩き出す。そして、出張用のスーツケースに必要最低限の物を無心で詰め込む。私服は新しく調達すればいいし、本当に必要な物だけ。あんまり大荷物にしたくない。
はーーー。だる。






金はある。仕事も順調。アラサーだけどまだまだ人生やり直しできる、と信じたい。
ーーさよなら
玄関の扉を開けて恋人だったはずの男に一言LINEで送る。十年来の付き合いだったけどこんなあっけなく終わるなんて、今までの時間を返してほしい。時間の無駄遣いもいいとこだ。

嗚呼、太陽の光が眩しい。恋人と別れたはずなのに、不思議と涙はでなかった。まあいつかはこうなることを予想していたし、それが少しだけ早まっただけのこと。そもそもあの御三家の五条家の御当主様が生産性のない同性の俺なんかと交際していること自体が間違いだった。最初からこうするべきだった。まあ、元から俺が浮気相手で本命は綺麗な女の子かもしれないけれど、浮気相手だとしても俺はあまりにも悟と不釣り合いすぎる。

悟は、この呪術界において神様のような存在だから。

平凡な俺なんかと一緒にいてはいけない。
一緒にいたところで、明るい未来なんてないんだから。

エントランスを出て、スマホを取り出す。悟からの返事はまだ来ていなかったから、もういいやってそのままブロックして削除した。そしてすぐにあ、仕事の時困るかな?って少し焦ったけれど、まあ何か用があったとしても補助監督を通して伝えてくれたら問題ないかって解決した。ふーと無意識に深く息を吐き出す。疲れた…そう、俺は今心底疲れている。目を瞑ったら今にも眠れそうなくらいには。

さて、これからどうしようか。

同期の顔がすぐに浮かんだけれど、硝子が俺を家にあげてくれるとは思えない。何故か悟と同様にクズ呼ばわりされてるし。(ひどい)

新しい住居が決まるまでしばらくはホテル暮らしかなあ。スーツケースを引いて足を踏み出した次の瞬間、ガシッと力強く腕が掴まれる。

「薫」

怒っているような寂しそうな、そんな声色で。俺は困惑した。何で今ここに悟がいて、俺を引き止めるように腕を掴んでいるのだろう。
後ろに目を遣ると視線が交わる。真っ黒なサングラス越しに見える宝石のような美しい瞳が揺れていて、ああこの男はこんな顔もできるだなあとふと他人事のようにそう思った。

「どこに行くの」
「え」
「あのLINE、なに」

なにって、そのまんまの意味ですけど。なんて言えばいいのか分からずに固まっていると、悟は「ごめん」と謝罪の言葉を口にして目を丸くする。

「薫に…嫉妬されたかっただけなんだ。あんな女なんてどうでもいい。僕が愛してるのは今もこの先も薫だけだよ」
「……えーっと」
「まさか振られるなんて思わなくて…薫いつも僕が他の女といても顔色一つ変えないで平気そうだから…」
「…いや」
「本当にごめんね。もう二度と浮気しない。だからさよならなんて言わないで…っ」


「俺はもう悟のこと愛してない。だからもう別れよう。さよなら」


悟が驚いたような顔をするのを見ても、俺は酷く冷静だった。今となってはこの男のどこを愛していたのかさえ思い出せない。そもそも最初から愛していなかったのかもしれない。もうそんなことはどうでもいいけど。

「後、最後にもう一つ」
「えっ…」
「忘れさせてくれるって言ったのに、嘘つき」

悟の瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れるのを見ても、やっぱり他人事のようにこの男の泣いてる姿を見るのははじめてだなあ。としか思えなかった。
腕を掴まれていた手がゆっくりと力無く離れていく。俺は「じゃ」と今度こそ足を踏み出す。

「まだ傑のこと愛してるの?」
「秘密」

振り返らずにそう答える。悟は追いかけて来なかった。













「俺がっ、俺が傑のこと忘れさせてやるから…っ」

優しく触れた唇は微かに震えていた。
ぎゅうっと悟の腕の中に閉じ込められて、悟の心臓の音が聞こえてきて。「ずっと好きだった…っ」耳元でまるで縋るようにそう言われて、今まで友達として見ていなかった同級生の好意を利用した。

それくらい、辛かった。
生きる意味がわからなくなるほどに。
でもそれはきっと、悟も同じだったはずなのに。

悟は男の俺のことをまるでお姫様のように大切にしてくれた。俺もそんな悟に次第に惹かれていって、付き合った当初は飽き性の悟のことだから長くは続かないだろうと思っていたのに意外にも悟との交際は順調だった。傑のことを考える時間も日に日に減っていった。うん。今思い出した。俺は確かに、悟のことを愛していた。

全てが狂ったのは、そう
悟がたった一人の大切な親友を自分の手で殺した、あの日からだ。

「芹澤さん…っ!」

まずいと思った。任務中なのに油断した。向こう側からめちゃくちゃ焦った顔をしている後輩が走ってくるけど、きっと間に合わないだろう。仕方ない、昨日のことだもん。流石に俺だって何十年も共に過ごした恋人と別れて何も思わないほど非常な人間ではないんだよ。まあ、いっか。もう、終わりにしよう。俺はきっと天国には行けないから、地獄で待っているであろう元彼にそろそろ会いに行くとするよ。アイツ、意外に寂しんぼだからさ。
瞼を閉じる。こんな職業だ、いつだって死の覚悟はできてる。何も怖いことはない。だってもうすぐ傑に会えるから。ずっとずっと、会いたかったから。


辺り一面が眩い光に包まれて、そしてゆっくりと瞼を開ける。


「っ!いっ……!」
「授業中に堂々と寝るなんていいご身分だなあ、芹澤」
「………、や、夜蛾セン…??」
「ブッ……‼‼」

吹き出して笑う声にバッと視線を向けると、そこには懐かしい姿をしている同級生がいて、目を見開く。俺の隣に傑、悟、硝子が座っていて、目の前にはチョークを握りしめている夜蛾センが仁王立ちで立っていて。みんな真っ黒な制服を着ている。そして、俺自身も。
今どういう状況なんだ。呪霊の攻撃か?それともこれが走馬灯ってやつ?俺は確かに呪霊の攻撃をもろに受けたはずだ。普通に考えたら即死だろう。だとしたら、後者?えぇ…随分とはっきりとした走馬灯だなぁ…
それともまさか、過去に戻ったとか?ぼーっとしていてあまり補助監督の話を聞いていなかったけれど、確か今回の任務に当たっていた術師が皆口を揃えて「過去に戻った」と言っていたらしい。いやまさかそんなことが有りえるのか?うーん…と一人で考え込んでいると、頭の上に大きな手がふわりと乗る。

「大丈夫かい?疲れてる?」

目頭が熱くなる。傑だ。傑が、いる。走馬灯でも過去に戻ってたとしてもなんでもいい。俺は今度こそ、傑のことを助けたい。もう二度と、離れたくない。

「大丈夫じゃない…」
「ふはっ。なにそれ」

この意地悪そうな笑顔も、傑の全てが好きだった。傑のことを助けたら、俺と傑は付き合ったままだから悟と付き合うこともなかっただろう。
もしも今過去に戻っているのだとしたら、もうあんな未来は二度と見たくない。絶対に未来を変えてみせる。心の中で強く決意した俺を、悟がじっと見ていることには気付かないフリをした。