「彼女できた」
思わず目を丸くした。
それはもう、少女漫画のヒロイン並みに。それくらい、驚いた。
今日は珍しく朝から悟と2人きりの任務だった。
心霊スポットとして有名な某廃墟ホテルに肝試しに来た人々が次々と消息不明になり、窓が複数の呪霊を目視。正直なところ、別に単独でよくね?って思ったけれど、呪霊の数がそこそこ多く、予期しない場合に備えて俺達が駆り出されたみたい。
まず最初に思ったのが、元彼と二人きりで廃墟ホテルとか何の罰ゲーム?って。前日から憂鬱で夜もあまり眠れなくて寝不足だしコンディションは最悪。悟も何故か機嫌悪くて全然目合わないし。今日の任務大丈夫か?なんて思ったけど、そんな俺の心配をよそに任務は迅速に終わった。呪霊の数は多かったけど、どれも低級の呪いで悟の蒼≠ナ瞬殺。俺の出番はなし。やっぱ単独で良かったじゃねえか!心の中でそう叫んだ。
『え?後三時間くらいかかる…?……あ、そうなんですね。いえ、大丈夫です。はい…分かりました…』
早々に任務が終了したから補助監督に迎えの電話をかけたら、急なアクシデントで他の術師のところに今向かっているらしく、迎えは三時間程かかるとのこと。三時間!?嘘だろ……いや、頭では分かってる。これは仕方のないことだって。分かってるんだけど……こんな気まづい雰囲気の中で三時間は流石に地獄すぎる。胃がキリキリと痛む。
「あ、悟…迎え三時間くらいかかるって…」
「知ってる。聞こえてた」
「はぁぁぁ…………」
思わず深いため息を吐き出すと、悟は俺の顔をじっと見つめる。あ、今日初めて目合ったかも。
「そんなに嫌?」
「え?」
「俺と二人きりで待つの、そんなに嫌なの」
そりゃあ…まぁ…ぶっちゃけ一緒にいる相手が悟じゃなくて傑や硝子だったらここまで嫌な気持ちにならなかったとは思うけど、そんなこと流石に本人に言えるわけないし。「悟と2人きりが嫌とかじゃなくて、こんなところで三時間も待つなんて普通に嫌じゃない?」眉を下げながらそう言うと、悟は「俺は嫌じゃない」と真っ直ぐに俺を見つめながらそう言って、目を丸くする。
「まじで?悟って実は廃墟マニアだったりする?」
「は?んなわけねーだろ」
「はは、だよね〜」
「………お前と一緒にいると、退屈しねぇから」
「え」
「だから別に嫌じゃない」
頬を赤らめながらそんなことを言うもんだから、驚いて目をぱちくりとさせる。
おかしいな。この頃の悟は俺の記憶の中だと、こんな風にわかりやすいアプローチはしてこなかったはず。それとも俺が気付いてなかっただけ?
「悟って実は俺のこと大好きだよな」
意地悪してみた。
ほら、耳朶まで真っ赤。顔なんて、リンゴみたい。こんなに全力で俺に恋してます!って感じなのに、手に入ったら平気で他の女とセックスしちゃうもんね。
「……………そういえば前に言ってたじゃん」
いや、スルーかよ。
「俺に恋人作ればって」
「あーうん、言ったね。確か」
「だから、作った」
「は?」
「彼女できた」
まじで?????
記憶を遡る。え、この頃の悟って確か彼女いなかったはずだよな?そんな話聞いたことないし、いる感じもしなかったし。…じゃあもしかして、過去が変わったってこと?
「………おい、なに固まってんだよ」
「あ、ごめん。びっくりして…」
「そんな驚くことじゃねえだろ。俺、イケメンだし」
「顔はね。顔だけは」
「あ?中身も男前だろうが」
「でも悟に彼女かぁ……」
「おいスルーすんな」
「おめでとう」
ニコッと笑ってそう言えば、悟の顔が僅かに歪み視線を下に落とした。うん。そうだろうね。だからわざと、そう言った。悟が傷付く顔が見たいから。俺でたくさん傷付いて、たくさん泣いて、苦しんでほしい。俺はもっともっと、苦しかったから。
「彼女、どんな子?」
「………」
「写真とかないの?かわいい子?同い年?」
「ねえ、悟」
「美人だよ。お前なんかよりずうっと」
はっと鼻で笑って見下ろされる。
「…へえ。そんな美人な子なら会ってみたいな。今度紹介してよ」
「ナルシ?別にいいけど好きになんなよ。俺のだから」
「大丈夫。俺も傑がいるから」
「……………あっそ」
ムカつく。でもそれは多分、悟も同じ。眉間にシワが寄ってる。自分で言ったくせになんなんだよ。ほんと腹立つ。大っ嫌い。
「なんかイラついてる?」
「それは悟じゃない?」
「は?」
「……ほらイラついてんじゃん」
「なあ」
「なに」
「嫌?」
「なにが」
「………俺に彼女できたの」
「なんで?嫌なわけないだろ。嬉しいよ」
「…………少しは嫌がれよ」
「え?なんて?」
「べっつにーーー」
本当は聞こえてたけど、聞こえないふりをした。バッカじゃないの。ヤキモチなんか妬くわけないねえだろ自惚れんな。つーか心底どうでもいいわ。
それから補助監督の迎えが来るまで、お互いに一言も話さなかった。
◇
「終わった……」
はぁ………ため息を吐きながら項垂れると、硝子は興味なさそうに「ドンマイ」と言って、それに俺は「もっと優しくして!!」と顔を上げる。
「クズに優しくするつもりはない」
「だって彼女作ったらもしかしたら少しは妬いてくれるかもって…やけになってたんだよ…」
「そもそも芹澤は夏油と付き合ってるのに、なんで五条に彼女ができて嫉妬するんだよ。普通におめでとうで終わりだろ」
「でもさぁ…もう少しなんか………」
「男がぐちぐちうるせえなぁ、黙れ」
「ひどい」
彼女を作った。相手は非術師で呪霊に襲われてるところを助けたら猛アプローチされて、顔もそこそこ綺麗でおっぱいもでかいからまぁこいつでいっかって告られたからOKした。
「あ、でも…」
「なに」
「薫より彼女の方が美人って言ったらイラッとしてた」
「は?そりゃ誰でもイラつくだろ。つーか仮にも好きな相手によくそんなこと言えるなお前…」
「なんかもうなんでもいいから俺のこと意識してくんねぇかなって…」
「小学生かよ。てか彼女そんな美人なんだ?」
「まぁ美人は美人だけど。薫の方が何百倍も美人」
「まぁ芹澤はね〜顔だけはいいもんな顔だけは」
「はぁ?中身もさいっこーにかわいいんですけど!!!」
「そういうの少しは本人にも言ってやれ。アイツ鈍感だから、直接言わないと伝わらないよ」
知ってるよ。でも本人を目の前にすると心臓がバクバクして、つい思ってないことを言ってしまう。こんなんじゃダメだって頭では分かってるのに。
本当は、もっと薫に優しくしたいし、かわいいって甘やかしたいし、任務の後は頑張ったなって頭をよしよし撫でたい。
…でも実際の俺は薫に悪態をついてばかりで。せめて友達としてアイツの傍にいたいのに、このままだといつか嫌われてしまうかもしれない。
「しょーこぉ……」
「なに」
「こんなに辛いなら、恋なんてしなければ良かった…」
「……五条も人間らしくなってきたじゃん」
ふっと笑う硝子。元から人間だっつーの!
◇
「悟と喧嘩した?」
え?と傑に視線を向けると、傑は気遣わしげな表情で俺を見つめる。
授業が終わって久々に俺も傑も任務がないから一緒に買い物して、カラオケに行って、今はファミレスに来てる。所詮、デートってやつ。俺はこの日を楽しみにしていた。
傑がいなくなったあの日。まさかまたこんな日々を過ごせるなんて夢にも思わなかった。
傑が存在している。
それがどれだけ奇跡的で、幸福なことか。
失って、気付いたんだ。
「喧嘩してないよ。なんで?」
「いや…昨日任務戻ってから悟とあまり話さないから…」
「そうかな?別に普通だけど」
ハンバーグを一口含んで、咀嚼してごくりと飲み込む。傑はまだ俺のことをじっと見つめている。
そういえば、傑は箸があまり進んでいない。食欲ないのかな?
「悟に恋人ができたのがそんなに嫌だった?」
…………は?予想外の言葉に目を見張る。
「待って。なんでそうなんの?嫌なわけないじゃん。友達に彼女ができて嬉しいよ」
「そうかな。悟が恋人の話をするたび、君の顔が強張ってるように見える」
「気のせいだよ」
「気のせいなんかじゃい。私がどれだけ薫のこと見てると思ってるんだ」
「でも本当に嫌とかじゃない。信じて」
俺が今愛してるのは、目の前にいる傑だよ。傑のことしか愛してない。悟に彼女ができたからって別に興味ないし、嫌だなんてそんな感情1oもない。
「私には、君が悟の恋人に嫉妬してるように見える」
な、んでそうなるんだよ。こんなに俺は傑のこと愛してるのに。捨てられても傑のこと忘れられなかった。いつも俺の中には傑が存在していた。それなのに。
「……すまない。嫉妬してるのは、私の方だ」
「俺が愛してるのは傑だけだよ。悟じゃない」
「……」
「信じて…本当に傑が大切だから。傑しか見てない。それくらい愛してる」
「うん……」
「不安にさせてごめんね」
「……正直に言ってもいい?」
「なに?何でも言って」
傑の手をぎゅっと握ると、傑の切れ長の目が不安そうに揺れる。
「薫といると、苦しくなる時がある」
「え」
「君が私以外の人間と親しげに話してるだけで、吐き気がするくらい嫉妬してしまう。
薫は綺麗だから。君のことを好きな人間を何人も見てきた。正直、消してやりたいと何度も思ったよ」
「……」
「………ごめんね。心の狭い恋人で」
ううんと首を振ると、傑の瞳が俺を見据える。
「それは俺も同じだよ。傑は俺に心配させないように色々気遣ってくれてるから不安はないけど、傑まじでモテるからさ。夏油くんかっこいいとか素敵とか恋人いるのかな?とか。そんな会話が聞こえてくるたび、すげぇ嫉妬したし苦しくなったよ。俺の傑なのにって」
「え」
「俺だってそれなりに独占欲あるし嫉妬だってするよ…でもごめん。これからは俺も傑が不安にならないようにちゃんと気持ち伝えるから」
「……ありがとう」
見つめ合って、微笑み合う。
こんなに俺のことを愛してくれているのに、なんであの日、俺のことを置いていったの?
幸せなのに。傑といるだけで、幸せなはずなのに。
俺も傑といると、苦しくなる時がある。
◇
「はじめまして。芹澤薫です」
寂しい目をしていると思った。
人生を諦めて生きているような、そんな気がして。
気付いたら、薫のことばかり目で追っていた。
「薫〜」
「なに。つーか重いっどけ!!!」
「おんぶして♡」
「はぁ?」
薫は私と硝子よりも、悟といち早く打ち解けたようで、よく二人で一緒にいた。
入学してからしばらくは笑顔が少なかった薫も、悟の前だとよくケラケラと楽しそうに笑っていた。
いつしかそんな二人の仲が羨ましいと思うようになった。
私の前でもあんな風に笑ってほしい。そんなことばかり考えるようになった。
「夏油くんと任務って初めてだよね?今日はよろしくね」
「うん。よろしく」
もやもやした。悟のことは名前で呼ぶのに、私のことは未だに苗字呼びのままで。まぁ私も薫のこも苗字呼びだけど。…気に食わない。
「ねえ」
「ん?」
「私のことも、名前で呼んでよ」
そう言えば、薫はキョトンとして私を見つめる。っ、なんだその顔、かわいいな……!
「いいの?」
君は天使なのか???????
「うん。むしろ呼んでほしい。私も芹澤くんのこと、薫って呼ぶから」
「分かった。じゃあ今から傑って呼ぶね」
「うん。薫」
「傑」
「「ふはっ、なんだこれ」」
二人で顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。
胸がドキドキと高鳴って、心が掻き乱される。
こんな気持ちになるのは初めてで、全身が熱くなった。
今まで彼女なんて何人もいたのに、
別に童貞なわけじゃないのに。
これが恋なんだと、初めて知った。
悟が薫に恋をしてると気付いたのは、私が恋を自覚してすぐのことだった。
だけど幸いなことに、悟は自分の気持ちに気付いていない。
だから悟が自覚する前に、薫を自分のモノにしようと思った。
狡くてもなんでもいい。
薫の恋人になりたかった。
私だけを見て欲しかった。
だから、告白した。
「……………さとる」
どれだけ愛し合っても、心が手に入らなければ何の意味もないのに。
「…………ぁ、おはよう、傑……」
「ん。おはよう、薫。愛してるよ」
「ふは、朝からキザなやつ…俺も愛してるよ」
顔を近づけて、その柔らかな唇にキスをする。
「……なんで泣いてるの?」
「あれ……?俺、なんでだろ……」
「何か悲しい夢でも、見た?」
「………そうかも」
涙をぺろりと舐めて、そのままシーツに優しく押し倒す。
「ちょっ、傑…授業……っ」
「まだ時間あるから大丈夫だよ。一回だけ…」
「もぉ………」
狂おしいほど愛おしいのに、胸が張り裂けそうに痛む。
「……すぐっ、すぐぅ………っ」
薫が愛しているのは、
私じゃない。
本当は最初から、気付いてたんだ。