「清宮センセーって彼氏いんの?」
「んー?ヒミツ」
「ねーいなかったら俺彼氏に立候補してもい?」


今授業中なんだけど。舌打ちしたい気持ちを必死に堪えてニッコリと笑みを浮かべる。

いくら400年ぶりの無下限呪術と六眼の抱き合わせで五条家の次期当主様だからと言って、彼は子供で生徒で、私は大人で教師だ。


我慢、我慢。


「五条くん」
「悟って呼んで」
「私、彼氏いるの」
「…は?」
「今まで黙っててごめんね。彼氏いるから、五条くんは無理かなあ。ごめんね」


さっきまでニコニコと上機嫌そうだった五条くんの顔が一気に殺気立つのが分かる。
まるで特級呪霊と対峙した時のようなその表情に、めんどくせーと心の中で舌を出す。
彼氏でもねーのに一丁前に独占欲出すんじゃねーよ。


「彼氏って誰」
「ヒミツ」
「俺の知ってるヤツ?高専関係者?」
「ヒミツ」
「術師?補助監督?窓?非術師?」
「…一応聞くけど、それ知ってどうするの?」
「殺す」
「はー…五条家の次期当主が、そんなことで人生無駄にしないの」


片手で顔を覆いながらそう言えば、五条くんはガタンと席を立って私の胸ぐらを掴むとぐいっと引き寄せてくる。いつもは宝石ようにキラキラと輝く美しい碧色の瞳が、今は氷のように冷たく私を射抜く。


「俺の気持ちを見くびるなよ」
「貴方は生徒で、私は教師。その意味分かる?」
「バカにすんなって言ってんの。生徒だから?教師だから?それがなんだって言うんだよ。お前は女で、俺は男だ」
「五条くん」
「今俺が先生を押し倒したら、この場でセックスだってできるんだよ?」


そう言ってキスしようとしてきたその顔を片手で鷲掴みにすると、その手をぺろりと舐め上げられ今度こそ隠しきれずに舌打ちをする。


「クソガキ。ふざけんな」
「俺、センセーの腹黒で性格悪いところも好きだよ」
「腹黒じゃねーよ」


このクラスの担任になった時点で私の人生詰んでる。自己紹介をしてすぐに“あの”五条悟に一目惚れしたから付き合ってくれと告白されて、夏油くんや硝子ちゃんは目をまん丸にさせて唖然としていた。勿論、私も。それから今まで、ずっと五条くんのアプローチは続いている。しつこい。めちゃくちゃしつこい。いくらかわいい生徒だからと言って、流石に鬱陶しい。


そもそも私、年下に興味ないんだよね。













「はー…」

「溜息を吐くと幸せが逃げますよ」
「夏油くん」


高専の敷地内にある喫煙スペースで一服していると、何食わぬ顔で隣に並んでタバコを取り出す夏油くんに眉を潜める。


「こら未成年」
「清宮先生も高専の時からタバコ吸ってますよね?」
「…呪術師は口も軽いのかよ」
「やっぱりそうだったんですね」
「おいこらカマかけたな」
「ふふ。清宮先生の一見完璧そうに見えて意外と抜けてるところ、かわいくて結構好きですよ」


ギロリと夏油くんを睨みあげると、相変わらず何を考えてるのかわからない涼しい顔のまま微笑んでくるから、反論する気もおきずにタバコの煙を吐き出す。


「また悟に何か言われました?」


ふと隣を見ると、丁度ライターの火をタバコにつけているところでゲンナリする。夏油くんが優等生?そんなの嘘でしょ。ばりっばりの不良じゃねーか。人のこと言えないけど。


「君と硝子ちゃんが任務に駆り出されてる間、五条くんと二人っきりでさあ」
「天国ですね」
「地獄でしょ」


間髪入れずにそう言うと、夏油くんは面白そうにクスクス笑う。


「彼氏いるって言ったのにまだ諦めてくれないんだけど。どーしたらいいと思う?」
「え。清宮先生彼氏いるんですか?」
「何その反応。むしろこんな美人に彼氏いない方がおかしくない?」
「…いや、清宮先生が特定の人に誠実になるイメージが湧かないので」
「特定の人はいないよ」
「え?でも彼氏はいるんですよね?」
「うん。でも一人なんて誰も言ってない」
「あー…そういう」
「何よその目」
「いや、やっぱりイメージ通りだなあって思って」
「うわーぶん殴りてー」


てか生徒じゃなかったら確実に殴ってるわ。


「付き合ってあげたらいいじゃないですか、悟と」


やけに真剣な声色に視線を向けると、夏油くんは優しく目を細めて私の頭をよしよししてくる。どいつもこいつも私のこと教師として見てないな?


「大事にしてくれると思いますよ。悟、清宮先生のことめちゃくちゃ好きなんで」


いやそんなの見てたら分かる。分かるけどさあ。
パシッと夏油くんの手を軽く振り払って、短くなったタバコを灰皿にジュッと押し付ける。


「生徒。年下。恋愛対象外」
「じゃあ私も対象外?」
「んー?そうなるね」


なんかこの話題、飽きてきたなあ。五条くんのことは好きだ。かわいい生徒だし、なんせ顔が良い。そう、顔だけ見ればめちゃくちゃ好みなんだよ。同い年なら絶対付き合ってたのになあ。もったいない。
ぼーっとしながらそんなことを思っていたら、ふと目の前には端正な顔があって、思わず目を見開く。


「キスしたら、恋愛対象として見れるようになりますよ」


…思春期の男の子ってこんなんばっかなの?異性の先生に一度は恋するってやつ?でもそれって、ただの憧れや尊敬からくる勘違いだと思うけど。もうめんどくさいなあ。一度くらいのキス、別に減るものじゃないし、いっか。五条くんと違って、夏油くんは単なる好奇心からきてるだろうし。


「これっきりよ?忘れないで」


夏油くんの首に腕を回してキスをしようとした瞬間、地を這うような声が耳に響いて、ピタリと二人の動きが止まる。


「傑」
「…タイミング悪いなあ」
「あ゛?テメェまじでふざけんなよ。今すぐ清宮先生から離れろ」


…めんどくさいなあああ。頼むから喧嘩だけはやめてくれよ。君達の喧嘩は喧嘩、なんてかわいいものじゃないから。間違いなく校舎半壊するから。そしたらもれなく私まで学長に叱られるから。ふーーと深く息を吐き出してバチバチと火花を散らし今にもやり合いそうな二人からそっと離れて校舎の中へと足を進めようとした。ーーその時。


「逃がさねーよ?センセ♡」


…もうどうにでもなってくれ。







高専の医務室までお姫様抱っこされて連れてこられた私は、そのままふわりと優しくベッドにおろされる。


「抵抗しないの?」


ギラギラと欲情に満ちた瞳のまま私の身体に跨る五条くんににこりと微笑む。


「そんなに私とエッチしたいの?」
「うん、シたい」
「どうして?」
「清宮先生のことが好きだから」
「そっかあ」
「ねえ、センセーの彼氏って傑だったの?」


その拗ねたような口振りに、思わずかわいいなあ、なんて思ってクスクス笑ってしまう。


「は?何笑ってんの?言っとくけど俺今めちゃくちゃ怒ってるんだからな。俺のこと生徒だから〜とかなんたら言って今まで散々適当にあしらってきたくせに」
「夏油くんは彼氏じゃないよ」
「でもキスしようとしてた」
「夏油くんならあと腐れなさそうだな〜って思ったから。私ってこういう女なの。幻滅した?」


私がそう言うと、五条くんは一瞬キョトンとして、そしてすぐに小さな子供みたいにくしゃりと笑う。


「なーんだ!!傑は彼氏じゃないのか!よかった〜!!」


キュンッ


…は?なに今の。キュンッて。嘘でしょ、私が年下の。しかも自分の受け持ちの生徒相手にときめくはずがな…


「じゃあ、俺にもまだ可能性あるってことだよな?」


…何がそんなに嬉しいの?思わずかわいいなあ、なんて思ってまた胸がときめいてしまう。


「…あのねえ五条くん。私には彼氏が「その彼氏と俺、どっちがかっこいい?」…その質問は狡くない?」
「それって俺の方がかっこいいって言ってるようなものだよね」


ニヤリと口角を釣り上げて、そのままちゅ、と私の頬にキスを落とす。


「こら。どさくさに紛れてキスするな」
「頬っぺただから別にいーでしょ?」
「そういう問題じゃないの」


はー…とため息を零すと、五条くんは私の指に自分の指を絡めてぎゅっと握る。


「別れろよ、その彼氏と」
「なんで?」
「俺の方が良い男なんだろ?センセーのこと、誰よりも大切にする。俺がセンセーを守るから」


こんなにかっこいいんだから、絶対女なんて選び放題のはずなのに。どうしてここまで脈なしの私に執着するのかわからない。それでも。


「私、年下の男に興味ないんだよね」
「ふーん。だから?そんなことが気にならなくなるくらい、俺に夢中にさせてやるよ」
「わーお、すっごい自信」
「そりゃあ“五条悟”ですから?」


何でいきなりスイッチが入ったのか私にも分からない。あんなに年下の男なんて無理だって思っていたはずなのに。そもそも生徒は恋愛対象外だし。
私の言葉に一喜一憂する五条くんがかわいかったから?夏油くんに嫉妬する五条くんがかわいかったから?必死に私を振り向かせようとする姿がかわいかったから?
私にも分からない。それでも、今ドキドキしているこの胸のときめきは確かなものだと思うから。


「私を本気にさせてみて、さとる」


五条くんの首に腕を回して耳元で囁くようにそう言えば、その瞬間、五条くんの耳が真っ赤に染まる。


「…いきなり呼び捨ては狡くない?」
「ふふ。大人は狡い生き物なのよ」
「じゃあその“大人”の清宮センセーにお願いがあるんだけど」
「なあに、五条くん」



「清宮センセー、俺に保健のオベンキョー教えて?」


そう言って私の胸を揉んできた五条くんに思いっきりチョップを食らわした。

とりあえず彼氏“達”とは別れようかなあ。
そんなことを思いながら、痛みで悶えている五条くんをぎゅうっと抱きしめた。