「この度は、ご愁傷さまでした」
あたしを納棺する人が来た。小さな声だったけれど、はっきりとした口調で言って頭を下げる。グレーの髪のよく似合う、マスクをした男の人。あたしがつんと触れたら、少しだけびくりとした。バレたかと思ったけれど、どうやらあたしのことは見えていないようだった。
せめて、あたしの体がこの世からなくなるまでは。そう思ったのが原因か、死んだはずのあたしは何故かこの家に留まっていた。誰にも見えず、何にも触れない。ドアや壁はすり抜ける。端的に言って、幽霊なのである。けれどきっと、彼が納棺してくれたらあたしはそのまま消えるのだと思う。
こちらですと母が案内したあたしの部屋で、あたしは白いワンピースを着て眠っていた。「きれいな人ですね」納棺師さんはそう言って、少しだけ目じりを下げた。母はありがとうございますと頭を下げて、この部屋にいるのがしんどいらしく彼を残して出て行ってしまった。
「本当に、きれいな人」
そう言って彼は、まずお祈りをした。そんなに言われては照れてしまうのだけれど。あたしが頬を染めているのも知らず、納棺師さんはあたしがいくら触れても戻れなかった体に、いとも容易く触れる。そしてマスクを下げて、あたしの頬にキスをした。やだ、そんなこと生きている間にも挨拶でしかしたこと無かったのに。もう自由の効かない体なのだから、挨拶はいらないのいうのに。
けれど、なんだか様子がおかしいのである。挨拶のキスなら頬だけで良いというのに、おでこと耳、果ては唇にも彼は口付けをした。納棺師さん、と声をかけても聞こえていないようで、彼は夢中であたしにキスをしていた。
あたしは恥ずかしくなって目をそらしていたけれど、カチャカチャという音でそちらに目を戻した。あなた、まさか、もしかして。納棺師さんはベルトのバックルを外して、あたしの傍らに腰を下ろす。次第にぐちゃぐちゃと音がしだして、どうしていいか分からなくなる。この人、死体のあたしに欲情しているのだ。
熱を耐える吐息が色っぽくて、あたしまでそんな気分になってしまいそう。もう心臓はないというのに、どきどきするしなんだか暑くなってきた。
「許してください、許してください…」
そう言いながら彼は手を動かす。気付いたらあたしも、気付かれそうなくらい息遣いが荒かった。思わず口元を押さえて聞こえないようにしたけれど、そもそも見えてもいなければ聞こえてもいないので、押さえる意味はないのである。とうとう彼は、くっと眉を寄せて、その手を白で汚した。
ああ、あたし、なんていけないことを。見てはいけないものを見てしまった。へたり込んだあたしを気にもせず、彼は何事もなかったかのように息を整え、服を整えマスクをつけなおした。あたし、このまま本当にいなくなれるのだろうか。あたしに化粧を施し始める彼と、少しだけ目が合った気がした。