「相変わらず羽振りがいいな、あんた」
「見合った値段と言ってちょうだい」
はいはいと適当な返事をしながら、彼はお金を封筒に戻す。どう渡すにしても同じだけれど、財布からぺらりと紙幣を出すのはいつも気が引けた。たった数枚の紙切れで、男の時間と体を買う。本当に愛されているわけではないのに何度も溺れたいと思えるのは、ひとえに彼が愛するふりの上手い男だからなのだろう。
脱ぎ散らかした服を足で集めて、下着だけを拾って着ける。横着だなと笑われたけれど、最初にやったのは彼である。私はそれを真似ただけ。下着しか着けないのもそう。暑いからと、彼は帰る直前まで服を着ようとしない。
身体がまだ火照っている分、床がいつも以上に冷たく感じる。「どこ行くんだよ」ジゴロのくせに。そんな、少しだけ情けないような、私がどこかに行くのを引き止めるような声をしないで欲しい。
「お風呂。入ってる間に帰って」
そう言った割に服を着ようとしないから、煙草でも吸うつもりだろうかと灰皿の場所を教えておいた。吸っているところを見たことはないけれど、右手の指先からよくふわりと香るので、吸わないわけではないのだろう。
「なあ、」浴室のドアを開けると、そう声がかけられた。さっきまで寝室にいたのに、いつの間に。彼は歩く時いつも足音があまりしないから、急に距離を詰めたところまで来られると本当にびっくりする。なに、と返そうとして、できなかった。キスをされて、抱きしめられた。お金を渡した後でまでこんなことをするのは初めてだった。さっきまで蕩けていた脳みそをなんとか元に戻して彼から離れたのに、彼はもう 一度私を蕩かしに来た。
「なんのつもり」
「あんた、俺のこと好きか」
どきりとした。私は、この男を好きなのか。ジゴロで、体の関係しかないこの男を。溺れたいと思ったのは、その快楽になのか、男自身になのか。分からなかった。この人は私の好きの枠に収まるのか、分からなかった。
「よく、分からない」
「そうか」
それでも、彼の愛するふりに上手く引っかかった私は、もうどうにも抜け出すのは難しそうだった。下着のホックが外されて、胸元に唇を落とされる。
「帰ってって言ったじゃない」
「まだあんた、風呂入ってないだろ」
「お金、もうないわ」
「いらねえ」
あなたはただのジゴロで、私以外の女を抱いている男で、愛するふりの上手い人だと言うのに。体ではなく体温を求めるように。壊れ物を扱うようないつもの優しい手付きではなく、ぐちゃぐちゃに壊すような荒々しい手付きで。愛するふりの、いつもの私を蕩かす瞳はすっかり蕩けてしまっている。獣に狙われているみたい。そう感じたこともまた、初めてだった。
ベッドに戻された頃には、もう2人とも何も身につけていなかった。どれだけキスをしたのかも覚えていない。「なあ、いいか」聞いた事のない、余裕のない声だった。ゴムつけたらねと私が言うと、分かったと言うように頬にキスをする。
愛するふりではない、まるで恋人みたい。封筒からお金を出して数えていた背中が嘘のよう。私の中に沈んで腰を振る姿は、本当に気持ちが良さそうだった。私の名前を呼んで、何度もキスをして、ついには好きだと言った。嘘だとは思えなかった。
吐精は、じわりと感じた膜越しの温みでわかった。いつもなら、ああ気持ち良かったで終わるだけなのに、今は愛おしさでいっぱいだった。
「もう一回……」
明日に響くわとか、次の女の子が待っているんじゃないのとか、そんな嫌味は言えなかった。まだいて欲しい、どこにも行ってほしくない。ただそれだけだった。好きだと言ったのが嘘でもいい、あなたの熱っぽい目が演技だっていい。愛するふりだっていい。ただ一人の男に溺れた女を、愛おしそうに抱く男がいるのなら、それでいい。