金棒の遣い

 春生の顔を覗き込むその顔は、どこか困惑したようだった。はじめに視界に入った赤は、実際にはその青年の頭部に位置する[角]で、よく見ると和服の羽織に似た服も真っ赤だ。
 
「ヤン、僕は何か間違っていたのかな」
「いえ、ありえません」

 ふっと視界から男が消える。別の方からまた知らない声が聞こえ春生の思考は固まったままだ。
 
「ん? これは……」
 
 角の生えた男が何かに気づいたらしく、春生の側へ屈むと成人男性の腕ほどある錆びたような赤い棒を手にする。
 それは正しく先程春生を見下ろしていた「金棒」に似た棒だった。大きさこそ小さいが、赤い棒の先の方には突起が施されており、昔話に出てくる鬼の所有する武器そのものだ。
 
「これは……」
「……金棒ですね」
 
 そして先程まで春生の中でいやらしく動いていたもの。目の前の光景に理解が追いつかなかった春生だったが、青年二人がそれをまじまじと見ている様に慌てて春生は飛び起きる。
 しかしそんな様子を気にする事無く、二人の男が神妙な面持ちで、形は変われど今まで晴雄の尻穴に挿入されていた玩具をまじまじと見ていた。
 何が起きているのか、これは気を失った際に見ている夢なのか。
 
「お前……何者だ?」
 
 角の生えていない、腕いっぱいに刺青の入った男が、怪訝に春生を見下ろす。
 
「……俺は、しがないサラリーマンで、」
 
 春生の引き攣る声に、刺青の青年は舌打ちをする。
 
「ちょっと待て、ヤン」
 
 今にも殴りかかりそうな勢いの刺青の青年に、角の生えた青年が声をかける。たったそれだけで、刺青の青年は立ち止まる。どう見たって刺青の彼の方が年上だ。
 
「怖がらせてしまいましたね。私はエレギヒア国の第一王子、ロア・ドアミキセス。状況を把握したいので、ご協力お願いします」

 角の生えた青年は春生ににっこりと微笑んだ。
 
 聞き馴染みの無い国名に、目の前の青年は王子だと言う。
 その手には春生の中にあった、男性器を模した赤く卑猥な玩具、だったもの。状況把握もなにも、春生には此処で理解できるものなんて一つとして無かったが、その爽やかな笑顔につられ頭を縦に振る。
 
「ありがとうございます。では……とりあえず着る物を用意させましょう」
「あ……すみません」
 
 泣きたかった。下半身だけ丸出しのまま、自分よりも一回り以上、年の違うだろう青年が差し伸べた手を晴雄は掴む。細くて柔らかな手がとても印象的だった。

 ***

 ヤンと呼ばれている刺青の青年を先頭に、春生はその後をついて行く。どうやら先程の寒々しい部屋は地下だったようで、階段を登ると、広がったのは大きな池が視界に広がった。
 澄んだ池の中では真っ赤な体に黒の斑点模様のある鯉に似た魚が泳いでいる。その大きさは、春生が見たことのある鯉よりも何倍も大きい。
 
「鯉は好きですか?」
 
 背後からの声にびくりと春生の体が大袈裟に揺れる。ロアと名乗った青年は、鯉を眺める春生を物珍しそうに首を傾げた。
 
「こ、鯉、なんですね。俺の見たことのある鯉はもっと小さかったので……」
「……小さな鯉?」
「は、はい。これぐらいで……」
 
 自分の腕よりも少し大きな長さを両手で表現する春生に、ヤンとロアが見合う。
 
「金魚の間違いではなく?」
「金魚? え? 金魚はもっと小さい、ですよね?」
 
 これぐらい、と今度は指先で金魚の大きさを表現してみせる。話が噛み合わず、今まで自分の知っている魚の存在が疑わしくなる。
 
「ロア様」
「……早めに場所を移したほうが良さそうだね」
 
 ヤンとロアの間に緊張感が走る。二人は見慣れない衣服を着た、下半身裸の大きな男を見つめ、先を急いだ。

 先程の大きな池を通り過ぎると、再び長い廊下に出た。歴史映画のセットのような景色に圧倒されながらも、春生はできるだけ手で中心部を隠し二人について行くのがやっとだった。
 悲しいかな遠くで鳥の囀る声が聞こえる。天気は良く、やわらかな風も心地よい。こんな状態でなかれば、観光気分でいれたのかもしれない。
 
「ヤンは着るものを」
 
 そうこうしていると二人が大きな扉の前に立ち止まった。「さあ、入って」とロアに言われるがまま、春生は扉の先へと足を踏み入れた。
 
「ここは私の部屋です。どうぞこちらへ」
 
 赤と黒で揃えた中華風の雰囲気の漂う広い部屋を見渡し、春生は王子の座った繊細な刺繍のあるソファの目の前の椅子を横目で見たが、現在の自分の格好に座るのは遠慮した。
 春生が王子の前に立ちすくんでいる事で、なんだか晒された奴隷にでもなった気分だ。
 
「どうか遠慮しないで」
「えっいや、いい!、です。大丈夫です!」
 
 座ろうとしない春生に困ったようにして笑みを浮かべる王子は、早々に諦めたようで、ソファに深く座り直す。
 ぼんやりとオレンジ色に灯されたロアはよく見ると絵になる青年だった。黒髪の毛先の方は深い赤で彩られている。金色の瞳は光にあたると、赤く色を変える。しかし、そこでようやく気づく。王子の頭の角は左右に二つあるのだが、右の角は半分も無いほど欠けているのだ。
 
「ハルオ…でしたね、あなたの名前」
「は、はい」
「ハルオは、ここはどこだと思いますか?」
「……日本、では無いですよね?」
 
 意図の読めない質問に、首を傾げながらも春生は口を開く。
 
「ニホン? それがハルオの国?」
「はい、…小さな、島国なんですが……」
 
 これは夢なのか、薬でも与えられ他国の犯罪に巻き込まれたのか。ふわふわと、自分の体がここには無いような気がして仕方がない。
 
「聞いたことが無いな……ではこれは、どこで?」
 
 考え込む素振りをした後、ロアが取り出したのは例の金棒だった。目の前の艶めくテーブルに置かれ、晴雄は羞恥で死にかけている。
 
「……そ、それは、通販で、」
「ツーハン、とは骨董屋のことですか?」
「骨董屋?! ち、違います、え? あの、ネットなどで注文をして商品を配達してもらえるってやつなんですが……」
「……これは商品として売ってあったんですか?」
「はい。一万円ほど、」
 
 再びロアは険しい表情になり、じっと春生を見る。その視線を向けられた本人は居心地の悪さに目を逸らした。
 
「この国には古くからの言い伝えのようなものがあるんです」
 
 怯えていると気づいたのか、ロアはそう言って春生に微笑んでみせる。
 
「異世界からの遣いが、神気の金棒というあらゆる全ての願望を叶える赤い金棒をこの世にもたらすそうです。その遣いが、あなたではないかと」
「…………俺、ですか?」
 
 いくら幽霊やちいさなおじさんの存在を信じている春生でも、この現実離れした突拍子もない話しを鵜呑みにできるはずがなかった。
 しかし下半身丸裸の男に驚くよりも、彼らはこの金棒の方が驚きの対象だったのは間違いない。
 
「実は先程、私は使い魔を召喚しようとしていたんです。ですが何処かで間違いが起こったようでして、あなたが現れた。見たことも無い衣服に、噛み合わない話し。そしてあの金棒は、まさに伝承されてきた物と瓜二つ……ハルオ、あなたは神気の金棒の遣いでは?」
 
 きっぱりとそう告げた王子に春生は黙り込んでしまった。意味の分からないことばかりだ。そもそもこの世界は現実なのかさえ疑わしいのに、まるでアニメか何かの主人公みたいな事が自分の身に起こっている。
 
「ああ、ヤン。ありがとう」
 
 ロアが別の扉から現れたヤンへ声をかけると、ヤンはロアに表紙の硬そうな大きな本を渡し、ついでだと言うかのように、春生に布きれを放り投げた。

「あ、ありがとうございます」
 
 扱いは雑だがヤンに頭を下げ、今一番切望していたものに春生は急いで、その布に足を通す。
 麻生地のようなスウェットの形をしたパンツは気心地が良い。
 
「ハルオ、これを見てください」
 
 パラパラと本を捲り、目的のページを見つけたロアに言われた通り春夫は本を覗き込む。
 そこには目の前にある赤い金棒と全く同じそれが描かれていた。

「で、なんでてめえが下半身丸裸でコレといっしょに出てきたんだよ」
「こら、ヤン」
 
 下半身を剥き出しに寝転がっていた間抜けな春夫の姿は、金棒がいくら物珍しくても記憶には残っていたようで、ヤンは、たまらず肩を震わせる。少し頬を紅潮させた王子は困っているようにも見える。
 眉を八の字にして微笑む王子が、自分を茶化しているとは思えず、これが夢だとしても、現状何も分からないのだ。どう足掻こうとも春夫は目の前にいる王子を信じるしかなかった。

「……その、服を着ていなかったのは、一人で、事に及んでいて、元々その金棒もそんな形じゃなくて、……だ、男性器の形を、していて……」

 消えてしまいたかった。何を俺は説明させられているんだろうかと、実際春夫の目には涙が浮かんでいる。
 
「ハ、ハルオ、ごめんなさい。そうとは知らず、……で、でも本来、この形では無かったということは、こちらに来る際、形が変わったということでしょうか……」

 火が吹きそうな程顔を真っ赤にさせたロア王子が、慌てながらも事の事情を整理している。そんな姿に、春夫はもうしわけなさで大きな体を小さくさせた。
 
「あ、いや、その……形は、いつの間にか変わってて、生きてるみたいに動いたと思ったら勝手に抜けて、気付いたら浮いていて、もうその時にはこの形になっていました」

 笑いを堪えようとしているヤンの横で、ロアは必至に平然を取り繕おうとしてくれている。
 真意は兎も角、彼らの信じる神気の金棒と呼ばれるものを尻に突っ込み喘いでいた事に春夫は罪悪感で押し潰されてしまいそうだ。
 
「……生きてるように動いたと?」
「は、はい…意思があるみたいに、」
 
 絶頂の最中の事だ。勘違いと言われればそれまでだが、たしかに晴雄の両手はディルドを手にしていなかった。こちらの事などお構い無しに、ディルドは激しく中を突き上げてきたのだ。その後に浮遊したのは見間違いじゃないはず。
 
「……少し調べてみます。その間、あなたには私の目が届く場所にいてもらいたいと思っています」
「ロア様、失礼ながら、こんな怪しい変態野郎を近くに置くのはマズイのでは」
「いや、きっとその方が都合がいい。父上や弟達にこの金棒の事は、今は知られる訳にはいかない」

 これが夢で無ければ帰る術も無い。王子の申し出はありがたいものだった。よく分からないが、ロアにはこの金棒が必要なのだろうか。
 
 ああ、どうか次に目が覚める時には、あの狭い自分の部屋であってほしいと、そう願った。


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