やはり夢では無かったのだと、外の景色に足元がすくむ
作務衣のような形をした、紺色の服は少し肌寒い。時計も何も無い部屋は、五畳程で、大きな敷布団がほぼ部屋を占領していた。
早朝なのだろうか。窓からうっすらと見える森や、昨日見た池は白い霧が下りている。
「起きたか。時間だ。これを着ろ」
突然大きな方の扉が開き、ヤンが部屋へと入って来た。その冷ややかな口調から、春生は自分が今も警戒されていると知る。
そりゃそうだ。突然現れた妙な男を、誰が信用するだろう。
「隣はロア様のお部屋だ。物音一つ立てずにさっさと着替えろ」
やけに人当たりの良い印象を受けた、あのロアという青年は、本当ここの王族なのだろう。疑っていたというよりも、あまりに現実離れしていた一連の出来事に春生は未だに夢心地でいる。しかも悪夢に近い。
「お前の今後の事だが、」
「は、はい」
ヤンは扉に寄りかかるようにして、腕を組み、慣れない服を体を小さくし、ぎこちなく着る春生を見下ろした。
「とりあえずこの国に馴染むことだ。すでにお前の存在は昨夜からあることないこと噂されている」
「う、うわさ?」
「……王族には王族付きと言い、御伴侶ができるまで性処理や身の回りの世話の為の者を選ぶ事がある。昨夜フルチンでロア様と歩いていたお前は、その王族付きと勘違いされている」
誰も責めようがない現状に、春生は顔を引き攣らせる。責められるとするならば、春生自身であり、ヤンもそう思っていたのだろう。だからやけに昨日よりも不機嫌なのか。
なによりも下半身丸出しの男と部屋の外を歩いていたなんて、ロアの性癖を疑われそうで、一番の被害者であるロアへの申し訳なさに気が滅入る。
「すみません……」
「ロア様の耳には入っていないが時間の問題だ。お前が今から住むことになる場所が華館ってのも正直面倒だ。華館は、この城の娼館のような所だ。王族付きは華館で過ごすことが決められているから尚更な」
「じゃあどうしたら……」
「客を取れ。一番手っ取り早い。スキモノには簡単だろ」
童貞処女である自分にはハードルが高すぎるが、口が裂けてもそんな弱音を齢三十八の大柄の男が言えるはずもなく、春生は口を噤んだ。
***
ヤンの後ろを言われるがまま春生はついて行く。すれ違う人間はヤンに気づくと頭を下げ、そして春生を見るなりひそひそと何かを話している。
ロアの側近とあってか、ヤンの地位もまた高いのだろうか。ここに来て、ロアやヤン以外の人間を見るのは初めてで、春生は思わずきょろきょろと辺りを見渡してしまう。
朝とあってか、皆忙しそうだ。そういえば、ロアのように角が生えている人間は今のところロアだけしか見ていない。
それに黒のタンクトップにスウェットといったヤンのような現代風の服装をした者は居らず、晴雄と同じような作務衣を着た者や、ロアのように映画から出てきたような歴史のありそうな服を纏った人が殆どだ。
ヤンを見る限り、この世界の時代は春生のいた世界の時代の価値観は全く通用しないようで、昨日会ったばかりで酷い扱われ方をしているが、見知ったヤンの背中に安堵感を覚える。
「着いたぞ。ここだ」
ヤンの足取りが止まり、春生はその扉を見上げた。
「話は通してある」
「……え?」
「俺は別件で用がある。大丈夫だ、中の奴らは根は良い奴ばかりだ。……あ、それと。アレの事は話すなよ」
早くこの場から離れたいと言っているような、ヤンの淡々とした話に春生は不安を募らせる。肩にぽん、と置かれたヤンの手は早々に離れて行った。
まるで見知らぬ土地で置いてけぼりにされた子供のような心境だ。実際、春生にとってこの土地は見知らぬ土地なのだが、大の大人が「俺を置いて行くな」とは言えなかった。
華館の扉は細かい装飾で彩られていた。ここで突っ立っていると、迷惑がかかるかもしれないと春生は意を決して扉に手をかける。
重厚な印象だった扉は簡単に開き、ふわりと甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
ここもまた、赤を基調とした場所で、扉を開けると大きな広間が広がり、二階へと続く螺旋階段が両端に一つずつあった。
中へ入って来た春生を見るなり、一重の綺麗な端正な顔立ちの女が微笑みながらこちらへやって来る。
「いらっしゃい、聞いてるわよ。ハルオだったわね」
「はい、はじめまして」
豊かな乳房が漏れ出てくるのではと心配になるような薄着のその女は、品定めするように春生を下から上まで見つめる。
「えらく逞しい体をしてるのねえ。通りでロア様が中々うちに来てくれないわけね」
今度は春生の太い腕を両手でつかみ、その感触を確かめるようにして触れる。よく手嶋にも触られていたが、異性にこうして触れられるのは初めての事だった。
「あ、あの、それは違うんです」
「意外と柔らかいのねえ。胸もお尻の方も肉付きがいいし、ここに来る子は貧しい子ばかりだから、ハルオみたいな肉付きのいい子は中々居ないのよ。特に男はね。ロア様はどこであんたみたいな男をどこで見つけてきたんだろうね」
声は届かず、春生は困ったような表情だけを浮かべる。
「紹介が遅れたわね。私はこの華館のまとめ役でヒビノっていうの。これからよろしくね」
「は、はい、よろしくお願いします。それと、ロア様との事なんですがあれは誤解で……」
必死にロアとの事を否定する春生に、ヒビノは目を丸くさせた。
「なあに、じゃあヤンの言っていた事は本当だったってこと? あんたもとんだ噂を立てられちゃったのね」
ヤンからヒビノに話はいっていたらしく、ひとまず一人目の誤解を解けてほっと胸を撫で下ろす。
春生の目の前で、嬉しいような悲しいような、とヒビノは一人でぶつぶつと呟きながら、春生に着いて来るよう歩みを進めた。
「普段は主にこの城の奴ら相手に商売をしているんだけど、王族付きの子達の家でもあってね……って、今のあんたには関係のない事なのよね。……さーて、」
二つの螺旋階段の中央にある扉をヒビノが開くと、賑やかな声が漏れてきた。
「おはよう。噂の新入りが来たわよ」
そこは控室とでも言うべきか。ざっと三十人程の人間がああだこうだと男女分け隔てなく楽し気に話している。ヒビノが声をかけると、あちらこちらから朝の挨拶が飛んでくる。それと同時に好奇の視線が春生へと向けられる。
「さあ、皆仲良くしてあげて。ああそれと、彼がロア様の王族付きだっていう噂は違ったみたいだから安心してちょうだいねえ……っと、いたいた。シャオ、あんたが世話係だからね」
ヒビノの言葉に、より一層部屋がざわつく。
女の子の髪を結っていた銀髪の少年がヒビノに声をかけられ、こちらへとやってくる。一見十代にも見えるが、立ち上がると意外と背が高い。
「はじめまして。俺はシャオ」
こちらへとやって来てくれたシャオは、人懐っこい笑みで春生に手を差し伸べた。
「は、はじめまして、春生と言います。よろしくお願いします」
差し出された手に、自らの手を重ね、春生も挨拶を交わす。シャオの薄い手に、先ほどのヒビノの言葉を思い出す。ここに居る子達はそれぞれ事情があるのだろう。
「敬語なんてやめてよ。シャオでいいよ。俺もハルオって呼ぶから」
「あ、ああ。わかった」
やはりシャオは若い。背は高いが、顔立ちはまだ幼さが残っている。笑うと尚更幼く見えた。ロアよりも年下に見える。
「大丈夫そうね。シャオ、じゃあ後は任せていい?」
「はい、アネ様。任せて〜」
ひらひらと手を振り、ヒビノをアネ様と呼ぶシャオ。
あ、これはまた置いて行かれた、とヒビノが部屋を出るのを春生がじっと見ていると、二人の女の子が春生の元へとやって来た。
一人は先ほどシャオに髪を結ってもらっていた、髪が腰まである可愛らしい女の子。もう一人は髪の短い、これまた可愛らしい女の子だった。
「やっぱりあの噂って嘘だったんだ」
髪の短い子が、ヒビノ同様、春生を下から上まで舐めるようにして見つめる。
「まあ本当に普通のおじさんだし、そりゃそうかあ」
「おい、オオカ、メイ。ハルオに失礼だぞ」
そう言って、シャオが二人の頭を打つ。
「いや、いいんだ。俺おじさんだし」
「ほら、ハルオもそう言ってるじゃん!」
言葉がキツい方がメイというようで、春生の腕に細い腕を絡ませると、からかうようにシャオに舌を出す。
「私はオオカ。仲良くしてくださいね、ハルオさん」
器用にウインクをしてみせるオオカに春生は頷いた。
きっと年齢で言えば、中年教師と生徒程離れているのではないだろうか。しかしその立場は晴雄の場合、逆と言える。教授を受けるのは晴雄なのだから。
「あ、そうだ。お相手する為に普段から中も洗浄しないといけないけど、ハルオやり方分かる?」
「あ、……うん、それは、わかる」
晴雄の語尾が段々と小さくなる。にやにやと笑うシャオ、メイ、オオカの三人の視線が痛い。
「へー。本当はロア様と何かあるんじゃないの? それとも昔の恋人とそういうプレイ?」
「ち、違う違う! そういうのは無い、から。俺は」
メイの言葉に首を横に振る春生に、あ。とオオカが声を上げる。
「一人でしてたんだー! ハルオさん可愛いとこあるんだねえ。見た目は厳ついのに」
若者特有の声の大きさなのだろうか。メイとオオカはきゃっきゃと楽しそうだ。
「メイ、オオカ。お前ら二人は朝から客が入ってるんだぞ。早く用意したらどうだ?」
ため息交じりのシャオは、メイとオオカの兄的存在にも見える。シャオにそう言われた二人は思い出したかのように、「やばい」と慌てだした。
「ハルオさん、またお話しようね!」
ばたばたと慌ただしく、自分の鏡台の前へと戻っていくメイとオオカ。久々に若さに触れたせいか、どっと疲れを感じる。
「さてと、まずは湯浴みの仕方からかな」
こっちだよ、と言われ春生はシャオの後ろをついて行く。あのまま二人が居たら根掘り葉掘り聞かれていたのかもしれない、と思うとこの若き先生に頭が上がらない。
先ほどの部屋を出ると、螺旋階段を上り、突き当りの部屋へと入った。中華風のラブホテルといったところだろう。天盤付きベッドと、その横にやけに豪華な浴室。薄暗い灯りが、朝だというのに雰囲気を作り出している。
「お客からリクエストが無い場合だけど、こういう香炉で雰囲気作り。香りは相手のお好みでね」
白い陶器を手に、シャオが浴室へと入って行く。
「なーにしてんの。ハルオもこっちに来るんだよ」
浴室の前で、その様子を見ていた春生の手をシャオが掴み、中へと引き入れる。
「ハルオは何の香りが好き? これとかどう?」
シャオに差し出された香りは、想像していた甘ったるいものでは無く爽やかな石鹸のような香りだった。
「ああ、好きだよ。この匂い」
「よかったー。俺も好きなんだよね。これ」
手際よく香炉に火を入れ、煙の出始めた器を空中で何度か振る。
「香炉はここ。どの浴室にもある」
浴槽の端に、備え付けられていた小さな棚へと香炉を乗せるシャオ。実践する日が来る事がないよう祈るしかないが、一生懸命教えてくれようとしている少年の話に春生は熱心に耳を傾ける。
「まあ後はこうやってお湯の温度を手で確かめて、適温だと分かったら、はい。ハルオ」
おいで、とシャオに手招きをされ、春生は招かれるままシャオの隣に移動する。
「ん、」
「え?」
「ここでキスだよ。だってそういう事する為の湯浴みだよ?」
トントン、とシャオは自分の唇を人差し指で押し、春生にキスをするよう促す。
シャオが春生をからかう気は無いと分かってはいるが、今までキスなんかした事は無い。減るものでは無いが、春生にはやり方が分からない。手嶋とのキスを想像した事もあったが、それでも分からないのだ。
「ハルオ」
「あ、ごめ…ン」
中々行動しない春生にしびれをきらしたのかシャオは春生の手を握り、その唇にキスをした。柔らかな、ふわりとしたシャオの唇が春生に触れる。
「ん、もしかして、キス、したことなかった?」
ちゅ、ちゅ、と啄むようなシャオのキスに、春生は固まったままだ。
「じゃあたくさん練習して客に気持ちよくなってもらわないとね」
ドン、と浴室の壁に追いやられた春生は「口あけて」と言われるがまま開き、ぬるりと入ってきたシャオの舌を受け止めた。触れたままの唇が熱く、どくどくと心臓が脈を打つ。こんなに若いのに、流石プロだなと感心していると、春生の体が大きく跳ねた。
「しゃ、お、待ってくれ」
「そんな事言ってると練習にならないよ」
シャオの指が春生の服の中へと滑り込んでいく。潤滑剤はこれだよ、と備え付けの棚から青い液体の入った小瓶を取り出すと、今度は器用に春生の服を脱がし始めた。
「ハルオはどっちが好み? 俺は脱がす方が好きだけど」
あっという間に衣服を全て剥がされた春生は、いつの間にかシャオも脱いでいた事に気づく。
「あ、あの、シャオ」
「なにー?」
「ん、っ、す、するのか?」
シャオの細い体が春生に密着する。春生の臍下に固いものが触れた。シャオの指は春生の陰茎には触れず、その肉厚の双丘の奥へと進んで行く。他人に触れられたことの無い春生の体は、その馴染みの無い動きに戸惑う。
「最後まではしなよ、ハルオの感度だけみてあげる」
その言葉に安心してしまい、いい年をした男がといい加減自分にうんざりしてくる。
「ん、安心した?」
シャオは春生の頬に唇を落とした。
この子は長い間ここにいるのだろうか。慣れた笑顔と言えば聞こえは悪いが、シャオの笑顔はそれほど安心を覚えさせるものだ。
「ふふ、結構すんなり入るね」
「んん、」
一気にシャオの二本の指が中へと入って行く。ぐじゅぐじゅと水音が浴室に響き、くの字に曲げられた指が春生のいいところを圧迫させた。途端に下半身は電気が走ったかのように、がくがくと震えだす。
「な、んだ…っこれ、やばい、腰、抜ける」
鼻にかかったような春生の声は必至に正常を保とうとしている。流石のシャオも春生を支えることはできず、壁を背に、春生はずるずると座り込んでしまった。
「そんなに気持ちよかった? じゃあ再開するね」
「え? ま、待ってくれ、少し、きゅうけ、い、ぃっんんんン…っっ」
春生の首が後ろへと仰け反る。シャオは二本の指で、いいとこを擦り上げ、その喉仏を舌で舐め上げ愛撫する。
「イ、き、そ…うっ」
「……っいいよ」
春生は絶頂の行き場を無くしたように、シャオの胸元を掴んだ。
「い、く……っん、んんっ」
途端にシャオの顔に白濁したものが飛び散る。春生は声も押し殺し、内股を大きく痙攣させている。
「ふふ、一人遊びのし過ぎでかなり敏感になっちゃってるのかな。でも、ハルオ。一人だけ気持ちよくなっちゃダメだよ。本番は客にも奉仕してあげようね」
後ろで達した晴雄の思考はぼんやりとしていたが、シャオが微笑むので、これで良かったのだろうと春生も笑った。
***
「湯舟でのお世話も教えたし、春生の寝床にも連れて行ったでしょ……うーん、やっぱりこれで終わりかな」
華館をあちこち周り教えてくれた事を、シャオはその細い指を折り確認していく。
「シャオ、……ロア様ってここの人達にとってどんな方なんだ?」
春生の目から見ても物腰の柔らかな好青年のロアの人当たりは良さそうに見える。ただの興味本位で聞いた事だったが、春生の質問にシャオは嬉しそうに口を開いた。
「すごーくいい人だよ。……華館に来る奴らはね、俺やオオカ、メイみたいに好きでここに来た人間と、売り飛ばされてここに来た人間がいるんだ。ロア様は、そんな売り飛ばされて来ちゃった子達の身をいつも案じてくれて、どうにかそんな子達が増えないようにしようとしてくれてる。それに王族付きってやつも、結構酷い歴史があるからその制度も変えたいって言ってくれて、とにかく凄く優しいお方だよ」
昨日会ったばかりの青年の輪郭がはっきりしたように思えた。ここにいる子達はロアも含め若い子が多い。そんな子達がそれぞれ明確な何かを持っている。きっとロアやシャオだけじゃない、ここに来るまで見かけた人達は自分よりもずっと生を全うしているように見えた。
自分がここに来た意味があるのなら、それに縋りたいと思ってしまうのは安易な考えなのだろう。
「あ、そういやラミュ様には会ってるの?」
「いや、」
聞きなれない名前に口籠った春夫は、突然小声になったシャオに緊張する。
「ロア様の弟君とは思えないくらい乱暴者だからさ、ハルオ気を付けた方がいいよ」
「気を付ける、って何を?」
「今は軍事で城の外にいるけど、ロア様に王族付きができたって知られたらハルオ殺されちゃうかもしれないでしょ」
「いやそれは嘘で、」
「でもそれってここの人間しか知らない事じゃん」
やけにオーバーな物言いだ。自分の兄に専属の奴隷が付いたからといって、殺す弟がいるのだろうか。
「あ、ハルオ冗談だと思ってるでしょ! ほんとだからね。唯一ロア様の近しい人で生き残ってんのヤンさんぐらいなんだから」
頬を膨らませて、可愛らしく怒ってみせるシャオだが、口にしたその内容に春生は耳を疑う。硬直し、階段を下りる手前で歩みを止めた春生はロアの折れたような歪な角を思い出した。
「あ、ロア様だ!」
シャオの声にはっとする。階段を下りた先のフロアには、ロアとヤンがいた。 慣れたようにすいすいと階段を下りて行くシャオの後を春生は付いていく。
先程のシャオの忠告なんて無かったかのような、和やかな空気に居心地の悪さを感じる。きっとこの世界に住んでいる人達は自分なんかよりもずっと死に近いのだろうか。なんだか物騒な場所に来てしまったのかもしれない。
「ロア様! ヤンさん! お久しぶりです!」
階段の最後の段を飛ぶようにして降りたシャオの銀髪がふわりと跳ねる。
「シャオ。久しぶりだね。元気にしてたか?」
「はい! それと御礼が遅くなりすみません。先日テンティプの子を救って頂きありごとうございました」
ロアに対し、深く頭を下げたシャオの目は敬意に満ちている。
「御礼なんて貰える立場じゃないよ、僕は。それよりもシャオがずっと世話をしていてくれていたと聞いたよ。こちらこそありがとう」
「い、いえ! ロア様にそんな言葉を頂けるなんて、っ嬉しいです!」
照れくさそうなシャオをヤンも微笑ましそうに見ていた。それに内心ぎょっとした春生にヤンは気づくと思い切り眉間に皺を寄せる。
「ハルオの世話もシャオが行う事になったとヒビノから聞いているよ。ハルオに客の相手をさせる事はできないけど、どうかよろしく」
ロアの視線が春生に移り、目が合うとにこりと微笑まれた。
「え?」
そう同時に春生とシャオの口から漏れて出た声に、ロアは目を丸する。春生はヤンに視線を向けると、「だからなんだ」とでも言っているかのような座った目とがち合った。
「……どうやら大きな連絡ミスがあったようだね。ハルオ、驚かせてしまったね。申し訳ない」
にっこりと微笑みながら、ロアはヤンの腕を抓る。
ここに来る前に「噂の真意を見せる為に客を取れ」などと言い放っていたヤンに、自分は遊ばれたのだと気づいた春生は、その視線を逸らす事なく反抗の意を込めてヤンをじっと見る。しかし当の本人は何の反省もなく、簡単に春生から目を逸し、自分の腕を抓ったままのロアに「痛いです」と呟いた。所詮喧嘩などろくにした事の無い春生の睨みなどハエ以下なのだ。
「でもロア様、ハルオはここで何を……?」
「ここでの雑用や力仕事を頼むつもりだったんだよ。シャオにも迷惑をかけたようで悪かったね」
「いえ! 俺は全然、でも接客の仕方は教えちゃって……ごめんね、ハルオ」
何の悪びれもない子犬のような表情のシャオの言葉に、春生は顔を青くさせる。それを聞いたロアも顔を赤くさせ、ヤンの腕をさらに抓る事となった。