「ハルオ、本当に申し訳ない」
華館を出てすぐに、ロアの説教を受けたヤンは嫌々ながらも春生に謝罪の言葉を口にした。耳を澄まさなければ聞こえないような声ではあったが。
主であるロアが自分の代わりに何度も春生に謝罪しても、当の本人は納得のいかないような顔をしたままで、これでは親と子、もしくは兄と弟のような関係だ。
「根はいい奴なんです」
「……二人は、付き合いは長いんですか?」
「え、ああ、はい。そうですね、私が生まれてからずっと世話になっているので十七年程になります」
「生まれてから……?」
「この国の王族の殆どは、生まれる前からフウと呼ばれる一族の子から王が一人選び、生涯身の回りの世話をさせるんです。と言っても私とヤンは兄弟のよに育ちましたけど」
扉の側にある椅子に横柄に座っているヤンを見れば納得できる。この王子が「いい奴」どと言うのならそうなのかもしれない。現にシャオを見る表情は優しかった。それによくよく考えれば怪しさ極まりない自分に敵意を示すのは間違いではない。
だからと言って、もうこんな風に遊ばれるのは勘弁したい。
「華館はどうでしたか」
「そうですね、……すごく賑やかで、ひとつの家族みたいな、」
「はは、たしかに。……シャオはああ見えて、華館は長いんです。華館の子ども達の兄のような存在で、私も色々と助かっているんですよ」
龍や花の彫り物があるカップからは赤い湯気が出ていた。ロアはそれに口を付ける。それと同じ物が春生の前にもあり、その湯気もまた赤く、甘い紅茶のような香りがした。
「……華館は私が生まれるずっと前から存在していて、当時はこの国の娼館のひとつに過ぎませんでした。私が幼い頃、仲良くなった同じ年ほどの女の子がいて、その子が華館で客に殺されるまでは、私は華館の存在は知りませんでした。華館はそんな場所だったんです」
淡々と語っていくロアの言葉に温度は無く、扉の閉まる音がして、ヤンが外に出たのだと分かる。
「戯れの為に殺されていい命なんかない。その時決めたんですよ、あんな制度は私が無くしてしまおうと。けれどヒビノやシャオのように自ら望んで生業としている人達もいる。……だから私が華館の醜い側面は排除しようと頑張ってはいるんですが、中々思うようにはいっていません」
そう言ってふわりとロアは微笑むが、春生は込み上げてくる吐き気を感じた。華館はその名前の通り、華やかな場所だった。賑やかな声が絶えることは無かった。けれど、それは一部でしかないのだろうか。あの中に戯れの為に殺された女の子のような子達がたくさんいるのが事実だというなら、悪夢でしかない。
「この国の慰み者は全て華館が管理する事になっています。表向きは王族の権威の為となっていますが、実際には王族が管理しやすいようにしているだけです。今の私は無力で、売られた者、誘拐された者達のように望まない人間を華館が受け入れているという現状を変えられていない」
シャオと先程話していた子を救える力があるこの青年の何処が、無力だというのだろう。自分はきっと、胸を痛めるだけで、何もできない。
「幸い、私は王族として生まれました。誰かが私を阻もうとも、私のこの体には王族の血が流れている、それは変えられない事実です。……昨日ハルオが私たちの前に現れ、ヤンにもあれをどうするのかと聞かれ、一晩金棒をどうすべきか考えていました」
真っ直ぐとロアの視線が春生を貫く。ロアは立ち上がり、春生の前に立つと、その場に膝をついた。何事かと春生はソファに座ったまま後退る。けれどその手はしっかりと握られ、春生の体は硬直した。
「異世界の使者であるハルオの力を借りたいと思っています」
「力、って……」
「貧しさや不平、そして私の父であるヘイム王から、この国を守る事。それが……私が生まれてきた意味だと今なら信じられるんです」
ロアの赤い瞳がじっと春生を見上げる。
これが夢じゃなければ、自分がここに来た意味はなんだろう。幼い頃からの淡い思いを引きずりながら、自分を慰めるだけの毎日から、何か変わるきっかけを与えられようとしているのだろか。それにしては、あまりにも大掛かりではないか。
「夢が、」
春生の乾いた唇が開く。
「……この夢が覚めるまで、俺にできる事があるなら、あなたの力になりたい」
――俺にもここに来た意味があるのなら。