自分の住んでいたマンションに比べると随分大きなベッドだ。
昨日は心労で気絶するように眠ったが、やけに今日は目が覚めている。
日の落ちる頃、ロアとの話を終え華館に行けば、そこは昼間いた場所とは思えないほど人の出入りが多く、中は賑わっていた。
いい所に帰ってきたと、すぐに配膳や部屋の掃除などの仕事を任され、あっという間に日付は代わり食事をもらい、風呂に入らせてもらい、今にいたる。
習い性と成る。とはいうが、体も温かくなり緊張から開放された春生は小さく息を吐いた。
午前中はにヤンに言われるまま華館に放り込まれ、そのまま流されるようにシャオに触れられた。体はあの時満たされたはず。それなのに、体が疼くのはいつもの習慣から抜け出せていないせいだろうか。時を弁えない体が煩わしい。
自慰とあれは別物らしく、春生は寝間着として用意されていた白いワイドパンツに手をかけた。
緩くたちあがったペニスに触れる事なく、急くようにして春生は自らの後孔に指をあてがった。何度も拡げているはずのそこは、閉じきっている。中指で押せば、きゅうきゅうと収縮する。
お気に入りのローションがここにあるはずもなく、空いている方の二本の指を口に含んだ。ぐっと強く舌を押せば、唾液が溢れる。ぞくぞくと痺れるような、興奮が背中を電気のように伝う。
「ん、ぅっ」
晴雄はとろんとした眼差しで天井を見上げ短く息を吐いた。口内から引き抜いた指が唾液の糸を引く。濡れた指で後孔をぐにぐにと押す。どんなに気持ちがよくても濡れる事の無いそこを恨めしく感じた。ローションの偉大さを感じながら、中々挿入できない指に焦りを覚える。
後孔を何度か押す事で、ずぷ、と入った指先に胎の底が熱を持った。すべりの悪い中で足掻こうとするが、心地よいだけで、絶頂には程遠い。仕方なく、前へと手を伸ばし、ゆるりとそれを握った。亀頭に指を引っ掛け、先の方を擦り上げる。
「は、ぁっ」
次第に快楽が脳へと直結したような感覚に陥る。搾るようにして後孔が指を締め付けた。手のひらが先走りでべとべとと粘度を持ち、くちゅくちゅと水音が立つ。硬く反り返った竿を強めに握り、せり上がる浅い快感に身を縮こませた。
「…っく、」
喉が反り返り、体は小さく震える。足先が、ベッドのシーツに皺を作る。咄嗟に手の中で受け止めた精は、指の間から溢れてしまった。
ぼんやりとした頭は、シーツが汚れる事よりも、目先の快楽を求める。白く汚れた指で、先程までもう片方の指で埋めていた後孔をもう一度埋めると、今度は滑りよくぬるりと入った。
「うっ、ぅ、っ」
待っていたのはこれだと、心が満たされていくのが分かる。指の根本まで挿入すると、軽く指を曲げる。
「ぁ、っ、」
もう数え切れないほど慰めてきた自分のそこを、まるで初めて触れたかのように、春生は身悶える。しかし、決定的に足りないものがあった。
指を一気に三本に増やし、その圧迫感に安堵感を得るも、これでは無いのだと目に涙を浮かべる。ぐじゅぐじゅと激しく突き入れても、欲しいものとは程遠い。白濁したものだけが泡立つだけ。
きっとこのままではイけないと、焦りを覚えた。
すると、小さく扉の軋む音が聞こえた。反射的に晴雄はベッドの足元の先にある扉に視線を向ける。そこには赤い着物を着たロアの姿があった。春生と目が合うと、困ったようにしてその目を逸らす。
「ノックもせずにごめんなさい、エレギヒアの夜は冷えるから、その、これ……持ってきたんです。ここに置いておきますね。おやすみなさい」
生真面目な性格からか、丁寧な説明を残して出て行ったロア。扉の横にある小さな椅子にかけられた、ロアの着物と同じ花の柄が入った、綺麗な布だけがその存在を残す。
一気に春生の体の熱が冷めていく。
自分の浅はかな行為に、情けないと春生は頭を抱えた。目の前の欲に目が眩み、純粋で誇り高い青年の優しさを踏みにじったように思えて仕方がない。部屋からわざわざ華館に来てまで気遣ってくれたのに。
椅子にかけられた赤い布を眺め、春生はベッドに額を擦りつけ小さく唸った。
***
春生が眠れるわけも無く、まだ日も昇らない時間帯に、部屋を出た。
ロアの言った通り、薄い寝間着では肌寒い。しかし朝一番に、ロアに謝罪をするために、ここで待とう。と春生はロアの部屋の扉の前に座り込む。
「おい、ここで何してやがる」
膝を抱え顔を伏せていた春生の頭上から、ヤンが覗き込む。
ヤンの手は、腰に下げていた剣へと向かう。
「……朝一番にロア様に謝罪しないといけない事があって、」
「あ? 謝罪? 何しやがった」
ずびっと鼻を啜る、弱々しい春生に警戒心が解けたのか、ヤンは剣から手を離し、その手をスウェットの下のポケットに入れ直す。
「……見られてはいけないものを見せた」
「ややこしい。簡単に説明しろ」
薄暗い廊下の中、ヤンの瞳が緑色に光る。ロアのように角が無くとも、人ならざる何かをヤンにも感じた。ヤンからの無言の圧の方が恐ろしく思えて、恐る恐る、重い口を開く。
「その……自慰している所を、ロア様に見られてしまい、大変後悔して夜も眠れず、お詫び申し上げたいと思い、ここにいます……」
自分の行為に対する羞恥よりも、ロアに対する申し訳無さの方が大きく、春生のその表情はどんどん沈んでいく。
「はっそりゃーひでえ事したなあ。ロア様の一生のトラウマになんじゃねーのか」
「……だよな」
ヤンの怒号を覚悟していたが、ヤンは、呆れたように笑うだけだ。
「おっさんのオナニー見せられちゃ夢見が悪いだろうな。精々ここでロア様が起きるのを待ってることだな」
そう言い残すと、ヤンはロアの部屋を通り過ぎようとする。
「ロア様に用があったんじゃ……?」
「見回り。あんたみたいな奴がいるからな」
きゅっと眉間に皺を寄せ、春生を見下ろしたヤンは、再び背を向ける。小さな足音だけが朝方の城に響いた。