PROLOGUE
心臓が、うるさい。
夏なのに、体が冷える。
扉の陰に立って、私はただ茫然としていた。
「徹〜、ねえ、今日も一緒に帰ってもいい?」
「勿論だよ。部活終わったら、此処で待ち合わせしよう。」
「やったー!
昨日ね、すごくいいカフェを見つけたの。だから、一緒に行こうよ。」
「いいね、それ。
じゃあ決まり!俺、部活行ってくるね。」
「うん、いってらっしゃい、徹。」
固まる脚を何の意識もなく動かして、近くの女子トイレに飛び込む。
入り口のドアを少し開けて、間からまた教室の様子をうかがう。
ガラ、と教室の扉を開いて、男子生徒が出てきた。緩く髪をまいた、かわいい女子生徒も一緒に出てくる。
二人とも仲良く笑いあっている。
「あのね、徹...。」
「ん?」
刹那、私は顔をそむけた。
しかし、それでもその光景は脳裏に焼き付く。
目をぎゅっと閉じたのに。力を籠めれば籠めるほどその光景がはっきりと、一瞬見たソレで私の心臓を締め付けられる。
男子生徒が走り去って、女子生徒もどこかに歩いて行った。
まだうるさい心臓を落ち着かせながら、私は教室に入る。
忘れ物を取りに来ただけなのに。
なんで、あんなのを見なきゃいけないんだ。
私が何をしたって言うんだ。
力の抜けた体で席について、ため息をつく。
前のめりになって腕を下敷きに頭を机に乗せ、目を閉じて、先ほど見てしまった光景を思い出して。
女の子、可愛かったなあ...。及川くんも幸せそうだった。
私もあの子みたいに可愛かったのなら。
勢いよく立って、机の中の忘れ物を取ってカバンにしまい、アルコールの消毒ジェルを出す。
ティッシュに数滴落として、机の上を隅々まできれいに吹いた。
自分の手のひらにも数滴たらして、自分の両手にアルコールをつける。
及川くん、あの野郎!!私の机の上に!!!座りやがったな!!!テメー!!!!!
教室の後ろにあるゴミ箱にティッシュを捨てて、教室を施錠。
及川徹浮気現場目撃、合計12回目。
私、明日彼と別れます。