あの愛に応える人がいるのだろうか、と。シュヴァリエ公国、川を挟んだ対岸の街を眺めながら思う。正しくは裏切り者の王子の元へ飛んでいく王女様を眺めながら、だが。たわやかで艶のある薄紫の髪が、風に梳かれ、たなびく様は実に美しい。しなやかにくねる四肢でもって抱擁されたなら、それはもう、極上だろう。
(羨むべきか哀れむべきか…)
あの方の愛は深く、しかし浅い。優しくも残酷に、歪みかけた真っ直ぐな想いは果たしてあの世間知らずな王子に届くのだろうか。激しくなる戦闘の最中、王女様のかんばせが偶然目に入る。
「私の愛で…貫いてあげる」
その瞳はまっすぐで、澄んでいて、綺麗としか言いようが無かった。興奮と憧憬がほとばしり、体内を満たさんと暴れ、ついに耐えきれないと口を開き、その全てで持って歓喜の声をあげようと喉を震わす一瞬。しかしてそれはドブ溜まりに変わり、私は息を飲み込むほかなかった。彼女の前には、きらめく白銀の竜がいた。彼女の全ては、竜に注がれていた。
「………」
ゆらりと私の上に影が落ちる。敵兵が何かを叫んでいる。羨望は慟哭に変わる。掲げられた獲物が逆光うけてチカリと瞬いた。声にならない叫びと共に、敵兵を薙ぎ払った。がちん、ばきん、ぐしゃり。一撃を受け止めようとした刃ごと、鎧を砕いて真っ二つにしてやった。どよよ、と白い兵達が狼狽えるが、ここは戦場、背を向けることは許されない。意を決して飛び込んできた白をもう一度真っ赤に綺麗に割ってやった。まだ、憂さ晴らしは終わっていない。
(あの白銀も、錆び付いて汚れてしまえばいいのに)
それはさぞかし愉快だろう。血脂を飛ばしながら先程の場所を確認したが、もう白銀の竜も、美しい薄紫もいなくなってしまっていた。