冬の休日


気まずい。とても気まずい。でも心地良い、気まずいが気は緩む。眠気さえしてきた。頭上からは耳ざわりの良い声が落ちてくる。自身の腹には腕が回っており、先程から背中は緩やかに支えられている。名前の背もたれ兼ゆるい拘束係として機能する背後の体温は、人間のそれより幾分か高い。名前はじんわりと暖かさをよこしてくるそれが、いつぞや御方々のお話に出てきたユタンポだと確信した。

状況はこうだ。今名前はデミウルゴスの膝の間に座っている。

(あったかー…。)

ほぉー…と息を吐けば白いもやとなってふわふわと漂い消えていった。
本日名前は非番であるし(デミウルゴスがどうなのかは知らん)、せっかくだし行き慣れた9階層のロイヤルスイートや自宅の6階層じゃなく墳墓内の誰かの守護階層にお邪魔するのも良いだろうとうろうろした結果のユタンポである。

(ああ、御方々の御言葉の通りだった…。なんという…魔性…。)

仕事中は木の上で仮眠をとる程度で、あまり睡眠に頓着しない名前の頭がぼんやんりとしていく。揺りかごの中で揺られるような心地よい塩梅で、つい船を漕ぎそうになる。意識が霧散する前にぎゅ、と1度強く瞼を瞑り、どうにか落ちきらないようにする努力が必要になってきた。

ビュオッ、途端に顔に冷気があたり思わずビクリ、とする。そして気づく。はて、しかして何故こんな状況になっているんだろうか。それは同じく非番のため目の前で鍛錬に励むコキュートスがきっかけだった気がする。彼が武器をふるうたび、呼吸するたびに冷気の余波が辺りを包む。

(コキュートスが張り切るとどんどん寒くなってくな…)
(眠気、限界…です…)


「雪遊びしたい」

全てはそのなんとなくの思いつきからだった。普段は仕事の種類の違い(テキザイテキショとアインズ様はおっしゃっていた。)で全くすれ違いもしないし、それなりの仲だという自負もあるし、彼の肩の上は中々長めもいいことだし、久しぶりにこちらから会いに行くのも良いと考えた。むしろ今行くしか無いとさえ思った。

「コキュートス!久しぶり!今日非番って聞いた!私も非番だ!!!是非遊ゴフン…鍛錬しよう!
雪玉を的確に当てる遊…鍛錬と、雪玉を大きくして重ねてく鍛錬!!
それが終わったら肩の上に私を乗せて歩く鍛錬!!」

そう言って名前はヒュォヒュォと見るからに――実際寒いのだが――寒そうな第5階層、彼の住居であるスノーボールアースにお邪魔したのだ。

「おや。」
「あれ、デミウルゴス。」
「オオ、名前。」

先客に出鼻を挫かれるとは全く思ってもみなかったが。

* * *

――アインズ様から賜った休日。いかに充実させ過ごすべきか、あるいはナザリックへの貢献とするべきか。

凍河の支配者、このナザリック地下大墳墓第5階層「氷河」の守護を任された階層守護者、コキュートスはそう思案していた。
アインズ様は我々守護者の成長を望んでおられる。ならば折角頂いた暇、自己研鑽に努めずなんとしようか。

結局いつも通りの休日、自己鍛錬という結論に落ち着き、手早く準備に取り掛かる。
ナザリックホワイト計画なるものによりおおよそ――毎度なんだかんだでアインズの予想の斜め上に行くためこのような注釈がつく――定期的に与えられる休日。そういえばとコキュートスの脳裏によぎるのは、普段ナザリックの外で仕事に従事する友たちのことである。
1人目、定期的にナザリックへ帰還し、その際にはよく9階層のバーへと連れ立っていくデミウルゴス。先日墳墓内ですれ違った際の雑談で自分と同じ日に非番だと言ってたため、今夜もまた暗黙の了解のようにバーへ行くのだろう。
2人目、不定期かつ長期任務が多くここ数ヶ月は顔を見ていない名前。バードマンかつ種族スキルにより広範囲の視野を持っているため、どうしても外界での仕事が多くなる。自拠点の警固を務める自分とは最近めっきり遭遇しないため、レア度が高まっていると言えよう。もし非番が重なれば共に鍛錬をするのもいい。

「やあ、コキュートス。君は今日は非番と聞いたけど……おや、お邪魔だったかな?」
「イヤ、気ニスルナ、デミウルゴス。ソレヨリモ息災カ?」
「お陰様で順調だよ」

ガシャガシャと4本の腕で鍛錬用の重りを出してきたところで来客となった。
軽い挨拶を交わした後、この友人がわざわざ住居を訪れるのは中々珍しいような、と疑問を覚える。何か用でもあるのだろうか。
ほぼ白で統一されたこの階層に映える赤。仕立ての良い三つ揃えのスーツを身にまとう友人は、いつものように微笑みをたたえたまま耳あたりの良い声で話を続けた。

「君と同じようなものだよコキュートス。
アインズ様から暇を賜ったはいいものの…実のところ持て余していてね。
毎回変わらぬ内容ではアインズ様のご期待にそえられないだろう?」

さすがはアインズ様を除いてナザリック一の知恵者。確かに、と納得したコキュートスは早速"アインズ様のご期待にそえられる休日の過ごし方"について考える。
うーん、と思考の海に浸る直前、ああ、そういえばと何でもないようにデミウルゴスが口を開いた。

「名前も休日頂いたそうだ。今はナザリック内に居るらしい。」
「名前モ非番ダッタカ…!
ナラバ丁度良イ。名前ナラ第6階層ニ居ルハズダ」
「あー、うん。そうだね、名前は今そこに居るだろう、ね」
「……?」

名前は自分の肩の上がいたくお気に入りのようで顔を合わせれば必ず一回は肩に乗る。そのまま雑談しながら階層を散歩するのが割と定番となっていた。
嬉々としてその話をしつつ、迎えに行こう、と友に声をかけるがなんとも歯切れの悪い言葉が返ってくる。
やはり…今日のデミウルゴスはらしくないように感じる。
思うところがあるのなら、と口を開きかけたところで突風がやってきた。

「コキュートス!久しぶり!」

その瞬間の友の顔。
ホォ…。つい口から出た声は、弾けるような勢いで住居に乗り込んできた名前にかき消され、誰の耳にも届かず風にさらわれていった。

* * *

ああ、そうだ、既に他のものにも伝えてるが、次の休暇は名前にも休みを与えた。
長きに渡る外界任務の後だ、お前からもよく休むように言ってやってくれ。

牧場の定期報告のためにナザリックへ戻った際、デミウルゴスへ定期休暇を言い渡すアインズがついでのように付け加えた言葉である。
その後のデミウルゴスは、いかに、いかに自然に休日の名前と接触を図るか。という難題への回答を探し続けていた。もちろん職務はつつがなく、そつなく、至って順調に進めつつ、だが。

そもそもほとんどをナザリックの外で過ごす名前と自分とでは接点なさすぎでは???何度この当たり前の事実の前に膝を折りかけたことか。つらつらと挙げたパターンの1/4は不自然な接触であるし、残りの大半はシュミレーションの途中で名前が他のNPCに誘われ離脱する。
そんな折にコキュートスとすれ違ったのは本当に運命だとしか言いようがなかった。

「あれ、デミウルゴス。」

そして時間は3人の合流まで飛ぶ。
1人で十分かしましい名前が人間から一撃を食らったような顔をして自分を見ている。予想通り、名前はここに顔を出しに来たようだった。
自然と口角が上がり、久方に出会う同僚に声をかける。

「やあどうも名前。あれで悪いですね」
「こちらこそどうも。相変わらずのようで逆に安心したよ」
「お互い様のようで。…コキュートスに用事だったのですか?」
「あー… うーん、デミウルゴスが居るならいいや」

…ほお。

「…遠慮しなくてもいいんですよ、今日は私も非番ですからね」
「今更遠慮するような仲でも無いだろ?
いいんだ、コキュートスと2人でする決まりごとみたいなもんだから」

少し食い下がってみたが、ははは、と笑うばかりで答えは得られそうにない。
2人で何をするのが決まりごとなのか。2人でないといけないのか。
少しの間悶々としているうちに気になる部分は綺麗に流されて、眼の前の女は次の話題――3人で何をするか――について考え出している。

「2人トモ暇ナラ、ワタシノ鍛錬ヲ見テクレナイカ?」

2人とも自分とは系統が違うから、何か気づいたことがあればアドバイスがほしい。
そう言ったコキュートスは何故かこちらと目を合わせて、ウン、と力強く頷いた。
いいよーと軽い返事をする名前の声が少し遠くに聞こえた。

* * *

吹き抜ける凍土の風とコキュートスの鍛錬の音が真白い世界に馴染んでいる。

「…デミウルゴスはユタンポだな」
「…ユタンポ」
「あぁ、御方々が話していたんだ。何やらそれで暖をとると離れられないらしい」
「足止めトラップの類ですか?」
「うーん、お話によれば、望んでそのトラップにかかってしまう者が絶えないんだそうだ」
「魅了効果も付与もある…と…」

最初は2人とも立って見ていたが、そのうち手頃な倒木に座り、名前が氷耐性のアイテムを置いてきたから寒いと言い出し、炎獄の造物主なら少しは助けてくれ、と何故か膝の間に座り………今に至る。
近い。色々近い。寒さを理由に鍛錬に混ぜろ、と言い出して友人の邪魔をしないようにと(逃げ出さないように)ゆるく腹に腕を回したのが余計に。
もぞもぞと座り心地と翼の収まり心地を整えて、ようやく落ち着いたらしい名前はポツポツと雑談の種をこぼしてはマイペースに欠伸などをしてくつろいでいる。
背中から翼越しに感じる体温は自分のそれより低く、確かにこれでは寒かろうと抱え直すように隙間を詰めた。
ほぉー…と名前の吐いた息がコキュートスの鍛錬の余波に流されて消える。

「どうしてアイテムを外してきたんですか?」
「んー…、コキュートスと遊ぶからどうせいらないと思って」

寒いのはわかっていたでしょうに、というニュアンスで名前に聞けば、模擬戦をすれば熱いぐらいだと返ってくる。
冷えた身体がじんわりと暖まっていくせいか、うとうととし始めている名前を横目に、その件のコキュートスへと目を向ける。寝落ちしてしまいような腕の中の存在の代わりに、頼まれごとを果たそうと思ったのだ。
そして今なら、じっと見ていなくてもどこかへ行ったりしないという確信があった。

「休日はいつもコキュートスと?」
「んーん、ナザリックは広いからね、皆と遊ぶんだ、順番に、皆と」
「その割には私にはお声がかからないですね」
「デミウルゴスは捕まらないからなぁ…」
「……そうですか?意識したことはありませんが」
「そうだよ、この目でも逃してしまう」

ふふふ、と何が面白いのか楽しそうに笑い、またもぞもぞと動く。僅かな隙間が詰められ、先程よりも暖かくなる。
大きな欠伸をした後にこっくりと船も漕ぎ始め、眠気のせいか言動が若干幼い。…役得なのでしばらくこのままでいい気がしてきた。

その後暫くして名前は穏やかに眠りに落ち、察したコキュートスは鍛錬を終えた。

「名前ハ…寝テイルナ」
「お疲れ様、コキュートス。
…あー、ええと、ありがとう」
「気ニスルナ」

なんのことか言わずとも伝わったらしい。
ここまでくればコキュートスが気を利かせてくれたのは明らかであるし、今後もおそらく協力を求めることになるだろう。そんな意味も込めて感謝を伝えると、むしろ面白そうな声色が返ってくる。友人と友人が仲良くなることに異論は無い、そういった雰囲気だ。多少の気恥ずかしさと気まずさから、話題をそらすためにデミウルゴスは途中まで見ていた名前の感想と、自身の見解を述べた。

「フム、感謝スル。今後ノ参考トシヨウ」

こんな穏やかな休日も良いだろう。2人の心はここで一致し、いつの間にか雑談に変わっていく談義の中で、名前の頬をつついて手慰みにした。