2人の訓練風景を眺める。きっかけは名前からの誘いだった。「これからチャンバ…模擬戦するんだけど、デミウルゴスも見てく?そんな時間かけないし」と。何なら茶でもしばいて待っててと緑の液体(リョクチャというらしい)(しばくって何ですかね)と茶菓子まで出されたら断るべくもないだろう。
大柄なコキュートスと、翼を除いて一般メイド程度の大きさしかない名前。勝負になるのか多少の興味もあったが、やり始めれば以外にも両者拮抗といったところだった。
近接戦闘が得意な名前はセバスと同じヒットアンドアウェイ型、小回りが難しいコキュートスからするとやりにくい相手…その状況も相まって見応えがある。
「っほい!」
「キカヌ!」
「これでも…どうっかな!」
「ッ!」
拳を受け止め反撃に移ろうとしたコキュートスの横っ面に名前の翼が入る。結構な威力だったらしく、鋭い音が響いてひらひらと数枚の羽が舞った。せっかく捕まえた拳はいつの間にか振りほどかれ、両者距離をとる。
的としては大きく(広げると本人の身長の倍はある)、戦闘では不利になると見えた翼だが、なるほど、中々丈夫であるらしい。
「腕2本だからって舐めるなよ??」
「ヨイ一撃ダッタ。ダガ次モ通ジルト思ウナ」
「その辺の人間だったら頭吹っ飛ぶんだけどなぁ」
多少ダメージは入ったものの、コキュートスは意にも返さない。
一呼吸置いたところで2人はまた組み合いを始めた。
ずぞぞ、とリョクチャをすする。どうにもこの陶器でできた歪な形のコップは音が出やすい気がする。名前は音を出して飲むのがワビサビだとニコニコしていたので問題はないのだろう(ワビサビ……?)。
パリパリ。粘り気のある穀物を蒸した後に練って薄く成型し、火で炙った茶菓子。菓子と言えば甘いものを想像していたがこれには塩気がある。こちらも音が出やすい(むしろ出ないように食べるほうが困難だ)。
何とも平和な昼下がりである(目の前は割と物騒な音で溢れているが)。
さて、とデミウルゴスは声をあげた。
「名前、そろそろ時間ですよ」
「もう?早くない?」
暗にもうちょっとだけこのまま遊ばせてほしい、という懇願の念も籠められていたがそこはスルーだ。
私だって待っていたのだから。
そんな思いが伝わったのか、ガション、と音を立ててコキュートスが腕をおろした。
ええー!と名前の非難の声が飛ぶ。
「名前、続キハマタ後日トシヨウ。」
「コキュートスはデミウルゴスに甘い!!」
前から思ってたけど!と続け何やら思案する素振りを見せるが、、こうなったコキュートスを再び動かすのは難しい、と判断したのか見るからに後ろ髪引かれる様子でこちらまでやってきた。
「…ずるいぞデミウルゴス」
「さあ何のことやら」
半分負け惜しみのような八つ当たりのようなよく分からない言葉を吐いて、名前はデミウルゴスの手にあったコップを引ったくった。
良い具合にぬるくなったリョクチャを豪快に飲み干して、残った茶菓子をバリバリと噛み砕く。多少乱暴な上、マナーがなっていないと指摘してもよかったが、恨みがましい表情は中々趣味だったので許しておこう。
端から眺めるコキュートスは何故か満足そうに頷いて、鍛錬で使った道具を片付けていく。
(こうやって大人しく待っているんですから、私も大概君には甘いと思いますよ)この辺りは言わぬが華である。デミウルゴスの頭脳はそう判断していつもと変わらぬ笑みをたたえ、手袋で覆った掌を差し出した。
「さ、行きますよ」
「ん……え、何?手?」
反射で差し出しかけて、疑問を浮かべる。すかさず捕まえて、さも当然ように歩き出す。そうすると名前はますます不思議に思ったのか、多少引っ張られるような格好でデミウルゴスについていく。
「ではコキュートス、私達はこれで」
「えっ、おっと、ちょっと待って待って」
「デハナ、良イ休日ヲ」
空いた片手を軽く上げ、友に別れを告げる。数歩後ろでは名前も慌ててコキュートスにまたね、と告げている。それが終わるとすぐに自分に追いつき、じ、と顔を覗き込んで、繋がれた手が気になるのかそちらに視線を向け、またデミウルゴスの顔を覗き込んだ。
「何で今日は手を繋ぐのか、教えてくれるかねデミウルゴス君」
「貴方は好奇心のままに動きますからね」
「…うーん?」
「先日の出来事を忘れているとは……もしや鳥頭で?」
「……?…あっ、アレ!いや、アレは……ホラ……ね?」
「何がアレでホラなのかサッパリ分かりませんね」
「…その節はスミマセンでした」
「よろしい」
気まぐれな心がままに、それが赴くままにあれ、そのように作られた名前は好奇心旺盛で、目を離すと途端に居なくなってしまう。それ自体は至高の御方の望みの体現であるから全く問題ないのだが、気になるものがあるからここで待っていてくれとその場に留めさせた同行者を――この場合はデミウルゴスだ――すっかり忘れ、あまつさえ別の者とショッピングなんぞしていた日には、流石のデミウルゴスもお灸を据えざるを得なかった。
「デミウルゴス!次は装備を見に行こう、新調したい物が…あっ、また新作でてる!」
「装備はどうしたんですか」
私から離れないように。
そう言った意味で、前回の対策と称して捕まえた手だったのだが、いつの間にか"私が"離れないように捕まえられてしまっている気分になる。
相手からしっかりと握られる感覚はまあ、そんなに悪い気はしない。
「名前、そう急かさずとも店は逃げたりしませんよ」
「この休日は今日だけなんだよデミウルゴス」
「今日だけで全部回ってしまっては次の楽しみが無いでしょうに」
そこまで言うと、名前はしょうがないなぁ、という顔をして歩幅を狭める。その分手持ち無沙汰気味に繋いだ手をプラプラさせ始めるのだから、本当に落ち着きのないことこの上ない。
「デミウルゴスは好きなものは後にとっておくタイプか」
「名前は真っ先に手を出すタイプですね」
あたり〜と笑う名前の笑顔にやれやれ、と呆れたポーズで返し、散策を再開する。甘いも酸っぱいも色気も何もないが、ナザリック転移直後に比べれば大分関わりも増えた。今日は何の抵抗もなく(多少疑問があったようですが)触れ合うことさえ自然にできた。名前も終始楽しそうな様子であるし(放置しても一人で楽しむでしょうけど)。
(とりあえずは上々ですね)
各店舗の店員NPC達も名前のことで合点がいくのか、最初はおや?と繋がれた手に注意が向くものの、すぐになるほど、と微笑ましい視線に変わる。
たまたま2人を見かけたセバスは後に、まるで親子のようでありました。と一言感想を述べたという。