かみさま


遠くから街を見れば、人々はまさに虫のようだった。


いつだったか、人間の残滓の話になった。
この世界の人間に対してどう思うか、命を奪うことについて何を感じたのか。
モモンガさんはどうやら道端の虫程度にしか思い入れがないらしい。種族の感性に引っ張られてるんだろうか、それともカルマ値のせいだろうか。
目の前で上がる血飛沫と、飛び散るその中身。臭い、絶叫、悲鳴、その他諸々。元の世界では1度もお目にかからなかったスプラッタをこれでもかと体験した。
なのにアバターが異形種だからか、焼いたら美味しそう、とか、刺し身ってやつにしてみるのもいいかも、とか。目の前の(元)同族を食料としか見ていないような感覚に後からドン引きしたのは記憶に新しい。私達とあれらは違う、と。まるで映画を見ているように薄膜1枚を隔てて、どうしても他人事のようにしか感じられない。

* * *

ゲームと現実が入れ替わった今、ゲーム内のパラメーターが私達に与える影響は中々に大きいのではないか。

お互いがその感覚について不思議ですねーと首をひねり、"ナザリックの今後について戦略を練る会"もとい"素でお話しする会"は平和に進んでいく。

「名前さんはカルマ値極善でしたっけ」
「そうですよー。この世界で悪いことしたら値が下がるのか気になるところです」
「カルマ値で効き目が変わる魔法もありますからね。優先度は低いですが、今度実験してみましょう」

実験。
何の躊躇いもなく口に出された単語に引っかかる。

「あー、差し支え無ければ我らがギルド長、アインズ・ウール・ゴウン殿」
「ギルメンにそう呼ばれるのって何か…ちょっと……だいぶ照れるというか………恥ずかしいんでモモンガでお願いします」
「いやいや、折角改名したのに普段うっかり呼んじゃNPC達に示しがつかないでしょ」
「……ぐ、」
「で、アインズさん。実験って言いましたけど具体的に何するつもりなんです?」

そう尋ねると細くて白い指(骨)を顎にあてて、暫しの逡巡の後、「ユグドラシルではPvPをしたり、現地NPCに対して敵対行動や犯罪行為をとったり…つまり攻撃とか窃盗とかをすると下がってましたよね」と言った。

あー、うーん。嫌な予感がする。と私の中の人間が言う。

「PvPは難しいので、牢にいる現地民を何人か…殺すか拷問でもしてみますか?」
「えげつなっ」

自分も既に何人か手にかけた癖に何を言う。呆れた自虐が脳内をよぎる。

「そうですかね…?」
「カルマ値極善の名前さん的には、この実験の為に必要の無い犠牲が出るのは心苦しいです」

それ実行するの私ですからね、と補足してもモモンガさんはあまりピンときていないようだった。

「名前さんって"善人が善人のまま悪業を働くって背徳感にゾクゾクする"……とか言ってなかったですか?」
「うわっやめてください何で覚えてるんですか」
「いや、屈折した性癖の人だなぁ…って……」
「やめて!あとモモンガさんに言われたくない!」

ぼぼぼ、と顔に熱が集まる。自分でもちょっとアイタタな発言を指摘されるのは中々の苦痛である。
呼び方戻ってますよ、と軽く笑っている声色(骨だから表情はわからないけど)で、からかってくるものだから私も多少の反撃はやってしかるべき。

じ…とモモンガさんを見つめ、小さく「アルベド、パンドラズアクター」と呟けば「アアアやめてください!!」とすぐに顔を覆った。その後すぐに平静を取り戻し、「……おあいこにしましょう」と和平を提案してきた。
アンデッドになってからすぐに落ち着いてしまうモモンガさんを見て、何だか勿体無いような、つまらないような気持ちになったが、私も大人だ。

「ええ、そしてこの話題にはあまり触れないようにしましょう」

そういってお互い微笑みつつ握手を交わしてこの話は終わりとなった。

* * *

絹を裂くような悲鳴で我に返る。
ああ、またどこかで一つ散った。

この地獄を生み出したーー正確に言えば黙認したーー異形を見やる。

「モモンガさんはさー」
「はい、何でしょうか」
「神様になるの?」
「よ、要領が分からないんですが……」
「人の生き死にまで思うがままなら…まさに神様じゃないですか」

風に吹かれたり、家屋の木組みが崩れたりする度に形を変えて揺れる炎を眺める。隣のドクロはそれらの光を反射してぼんやりと暖色に見えた。焼け焦げた匂いと共に黒い煙はあたり一面に広がり、周囲のコントラストを強くする。

「俺は……ただ……無かったことにしたくないんです」

みんなで作ったアインズ・ウール・ゴウンを。

どこか恨ましげな声に驚いて隣を見やるが、表情筋の無い顔では何も分からない。てっきり寂しさか、懐かしさか…どちらにせよ多少の温かさを期待していたのに声色は心なしか冷たかった。

「……2人でよかったですね」

1人だったらきっと寂しかった、と言いかけて飲み込む。街に視線を戻し、NPC達の働きを観察する。これ以上モモンガさんを見ていたら余計に勘ぐってしまいそうだった。

また遠くでNPCが逃げ惑う現地民を仕留める。まるでいつかやったシミュレーションゲームだ。モモンガさんがプレイヤーで、1つ上のレイヤーから盤面を俯瞰して効率的に、時に実験的に進めていくゲーム。
私はプレイヤーにも駒にもなれないまま、神様の隣でただ立っていることしかできないのだった。