拍手ありがとうございます!



【アパタイト】

「あぁ、どうか泣かないで下さい。」

私の隣に座るのは、彼ではなく、数回仕事を一緒にした人。私はこの人がどこの職場でなんの仕事をしてるかも知らないし、名前すらも知らない。ただ上司にこの人と仕事をしてくれと言われ、与えられた仕事をしただけ。

「貴女には笑顔が似合います。どうか笑って下さい。」

それなのにこの人はこんなにも私に優しくしてくれる。泣いてる女なんか面倒なだけだというのに。

「……すいません。不躾かと思いましたが少し彼の事、調べさせていただきました。」

彼、浮気しているそうですね。しかも貴方の後輩と。彼女も彼が貴女と付き合っていることを承知で付き合っているようですね。少し脅せば何でも吐いてくれました。『あいつとは遊んでやったんだ!本命はこいつ!あんな地味な女遊んでやっただけでもありがたいと思ってほしいもんだな!ほら早くはなせよ!何す、やめろやめろやめてくださいお願いします謝りますからどうか命だけは命だけはぁぁぁぁ』すいません少し止めるタイミングを間違えました。こんなにも美しい人を遊んでやるなんて彼はなんて傲慢なんでしょうね。

「僕なら、貴女を悲しませないのに。」

思わず顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃな私の顔を見てふわりと笑い、大きな手で頬を拭った。そのまま手を離さず今度は私の頬を両手で包み込む。

「僕にしませんか?最初は身代わりでも構いません。必ず貴女を振り向かせてみせます。だからどうか、」

両手を離してスッと私の前に差し出す。泣きすぎて頭の回らない私はそれをぼーっと眺める。

「この手を取っていただけませんか?」

この人は危ない。そう頭の中で警鐘が鳴っているのにそれがどこか遠くに感じた。
私はこの人の手を、


【アパタイト:優しい誘惑】




「…………やっと手に入れた。」