◎次元を越えても変わらない

名前さんが泣いた事件から数日がたった。結局どんな夢を見たのかも教えてもらえなかったけど何か心境の変化があったのみたいで名前さんは赤井さんや降谷さんに敬語を使わなくなった。

「コナンくん、今日ちょっと町の方まで散歩に行かない?」
「赤井さんと降谷さんは?」
「もちろん連れて行くよ。特に目的はないんだけどなんとなく、外に出たくて。」

今まで一線引いてた感じがあったけど今はそれがなくなった。赤井さん達も最初は疑ってたみたいだけど諦めたらしい。

「コナンくんは降谷さん持ってね。じゃあ出発!」

降谷さんのリードを持つと降谷さんが俺を見てキャンと吠えた。何を言ったかは分からないけど胸をはって歩き出したから着いてこいみたいな感じかな。
名前さんが住んでるところは閑静な住宅街だったけど10分ほど歩いて駅の近くに出ると割と賑わっていた。赤井さんに聞いても駅までの道は教えてくれなかったからこれを機に覚えておこう。時々赤井さんや降谷さんが迎えに行ってるけどコナンの姿で行っても補導されるからな…。

「ひったくり多発だって。怖いなぁ。」
「名前さん、しっかりカバン持っててね。」
『これ、フリってやつじゃないのか?』
『事件吸引体質のコナン君がいて事件が起こらないはずかない。むしろこの世界に来て起こらなかった方が珍しいだろ。』

赤井さんと降谷さんがちらりと俺を見た名前さんが俺達が犬になっても何となく言いたい事が分かるって言ってたけど、これは分かるな。内容までは分からなくても失礼なこと言われてる。

「え!うそ?!お金がない?!」
『やっぱり。』

後ろで小さく叫ぶ女性。振り返ると慌ててカバンをあさっていた。

「お姉さん、どうしたの?」
「コナンくん?」
「え?!あ、あぁ、ちょっとお金入れた封筒が見つからなくて。どこかで落としたのかなぁ。」
「もしかしてひったくりじゃないですか?」
「この場合だとスリだね。お姉さんさっき誰かとぶつからなかった?」
「そういえば、男の人と肩がぶつかったわ。じゃあその時に…!」
「顔とか服装は覚えてないんですか?」

うーんと唸る女性。まぁ一瞬の事だから覚えてないのも無理はないだろう。

「見れば思い出すと思うんですが…。」
「じゃあ探そうよ!大事なお金なんでしょ?」

名前さんと女性がきょとんとする。下にいる2人を指差すと名前さんは納得したようでにやりと笑った。

「でもどうやって?」
「この子達が見つけてくれるよ!」
「とぉっても優秀なんですよ、この子たち。」
『ボウヤ…。』
『コナン君?!』
「お姉さんちょっと屈んでくれる?」

お姉さんに屈んでもらってカバンも渡してもらう。カバンに手を入れて盗んだって事はどこかしらには匂いが付いているはず。上手く行くかは分かんないけど、まぁ赤井さんと降谷さんだしできるだろ。

「2人ともこの匂い覚えてねー。」
「コナンくんって冷静かと思ってたけど無茶苦茶なことするんだね。」
「なんでもやってみなきゃ分かんないでしょ。どう?2人とも。」
『うーん、分かったような分からないような…?』
『訓練をしてない上に元々人間の俺たちにこんな無茶をさせようというのが間違っている。』
「じゃあ二手に分かれて探そう。向かってったのはあっちなんだよね?僕こっち側を探すから、名前姉ちゃんとお姉さんは反対側探して。見つけたら合流ね。1人で行動しないこと。」
『ボウヤがいつも言われてる事じゃないか。』
『そのままバットで打ち返したいな。』
「じゃあ解散!」



ーーーーーーーーーー


解散したはいいけど本当に見つけられるんだろうか?コナンくんは自信満々だったけど…。

「なんか、巻き込んでしまってすいません…。」
「え!いえ!むしろ探してもらってるのは私の方ですし。」
「あの子突拍子のないこと言っちゃって…。あれだけ啖呵切って見つからなかったらすいません。」

お互いに頭を下げていると赤井さんが吠えた。

『たぶん、見つかるぞ。』
「え、赤井さん何?」
「この子赤井さんって言うんですか?」

あ、やば。犬にさん付けするのは変だよね…。

「なんか、呼び捨てにするのはおこがましいって言うか……さん付けしたくなる雰囲気ありません?」
「ふふっ、確かに。呼び捨て出来ませんね。」

綺麗に笑う人だなぁ。
私とあんまり歳変わらなさそうなのに落ち着いてるし…。

「もしよければ、お金何に使うのか聞いてもいいですか?すごい大事そうだったので…。」
「私、今度結婚するんです。あれは結婚式の費用でした。」
「結婚!!羨ましい!」
「お互いあまりお金がなくて折半して出そうってことになって。どうしても、式を上げたかったから。」

そう言うお姉さんは少し寂しそうだった。何か理由があるのかもしれない。

「なら絶対見つけなきゃですね。」

よろしくねと赤井さんの頭を撫でる。赤井さんは任せろと言わんばかりに唸った。

『赤井!!そっちへ向かった!!!』

突然大きな声が聞こえたかと思うと赤井さんが弾かれたように飛び出して思わず手を離してしまった。さっきの声は降谷さん?見つけたってことかな。とりあえず、赤井さん見失わないようにしなきゃ。

「私も行きましょう!」
「は、はい!」

赤井さんの走ってった方に向かうと人集りが出来ていた。こんな遠くまで一瞬で走ってったのか赤井さん。
人集りをなんとか抜けて真ん中まで行くとコナンくんが降谷さんを抱えて立っていた。横には赤井さん。そして青年が中年のおじさんを抑えこんでいた。

「コナンくん!」
「よかった!ねぇ、お姉さんのお金ってこれ?」
「それです!本当にありがとう!!」

お姉さんはコナンくんに抱きついて何度も何度もお礼を言った。

「あの、すいません。」

前に気を取られて後ろ気づかなかった。振り向くと犯人を取り押さえていた人だった。

「犯人は警察に引き渡しました。」
「そうですか!なんか巻き込んでしまってすいません。」
「いえいえ!無事に捕まってよかったです。子供と犬が追いかけるのを見たときは驚きましたけど。」

そりゃ不思議な光景だよね…。いつの間にか赤井さんが私の隣に座っていた。お疲れ様と頭を撫でると一回だけ尻尾を振った。

「賢い犬なんですね。訓練でも受けてるんですか?」
「どうなんだろ?そこは分からないですけど私の自慢の家族です。」
「頼もしいですね。そうだ、よかったら今度ご飯、行きませんか?もっと話聞かせてください。」

んん?なんで突然そんな話になるの?新手のナンパ?でもこれは喪女を抜け出すチャンスなのではないだろうか。さっきのお姉さんも結婚するって言ってたし、私だって結婚したい。悪い人じゃなさそうだし。赤井さんが足踏みまくってるけど気にしない。

「こんな話で良ければ。」
「やった!じゃあ連絡先交換しましょう!」

スマホに送られてきた連絡先を見ると福井亮太とあった。

「名前姉ちゃん!!」

突然コナンくんが後ろから引っ張ってきた。どうしたの?と振り向くと少し焦った顔をしていた。

「さっきのお姉さんは?」
「お礼は断って別れてきたよ。ねぇ早く帰ろう!僕見たいテレビが始まっちゃうよぉ!」

どうしたんだろ。いつもより猫が分厚いなぁ。降谷さんは下で唸ってるし。

「弟さん?もそう言ってますし今日はこの辺で。また連絡しますね。」
「え、あ、はい。なんかすいません。」
「いえいえ、ではまた。」

福井さんは笑顔で去っていった。爽やかな好青年だなぁ。モテそう。

「名前さん連絡先交換したの?!」
「え、うん、どうしたのコナンくん。さっきの分厚いにゃんこはどこいったの。」
「やっちゃったもんは仕方ないか。名前さん早く帰ろう。」
「え、本当に見たいテレビあったの?」

なんなんだいったい。帰り道もんもんと考える。
コナンくん答えてくれないし。赤井さんは帰ろう帰ろうって引っ張ってくるし。降谷さん私のことずっと睨んでるし。でも、それよりも、

「ねぇコナンくん。」
「なに、名前さん。」
「コナンくんってほんとは小学生じゃないの?」

横を歩いていたコナンくんがぴたりと止まる。お?図星?

「どうして、そう思うの?」
「あまりにも小学生らしくなさすぎるでしょ。それに最初に来たとき、降谷さんが組織が高校生が小学生になる薬作ったって聞いたから。それにその組織に普通の小学生が関わってるなんて変でしょ。その薬が原因なら辻褄が合うかなと思って。どう?あたり?」

コナンくんは降谷さんをひと睨みしてからため息をついた。どうやら正解らしい。

「隠す気あるの?」
「これでもむこうでは全くバレてなかったんだよ。」
『全く、ではないな。何度もバレそうになっていたぞ。』
「赤井さん、なんか言った?」
「それ周りの人鈍感過ぎるよ。」
「まぁあり得ないことだから思いもしなかったんだろうね。」

確かに。私も予備知識がなかったら思いもしなかっただろうな。大人っぽい博識な子供っぽくない小学生。いや、こっちもこっちであり得ないかもしれない。

「改めて、君の名前は?」

コナンくんはまたため息をついて小学生らしくないキリッとした顔をする。

「俺は高校生探偵の工藤新一。お察しの通り組織に薬を飲まされて体が縮んでしまったってわけ。でもこの姿は江戸川コナンだから、そう呼んでよ。改めて、よろしく名前さん。」

その声色は小学生とは思えないくらい落ち着いていて、今までの声はわざとだったのだと思い知らされる。いや、猫被ってるなぁとは思ってたけどさ。

「よろしく、コナンくん。」



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