◎大型犬に憧れます


こちらの世界に来てから早くも一週間が経とうとしていた。あれからネットで調べても何の手掛かりもなく、はたまた人間にも戻れずにいた。
向こうの世界は大丈夫だろうか。コナンくんは無事だろうか。

「ただいまー。」

名前が帰って来た。リビングのドアノブに付けてくれた紐を引っ張り玄関まで出迎えてやる。紐は俺が自由に出入りできるようにつけてくれたものだ。これが無いと出られないなんて情けないが一週間もこの姿をしていれば慣れた。

『おかえり。今日は随分早かったんだな。』
「今日まだ早いから散歩に行きましょうか。何か手掛かりが見つかるかもしれないし。」

だからーと言って鞄をゴソゴソと弄り出す。嫌な予感がして後ろに飛び下がると名前はにっこりと笑って首輪とリードを取り出す。

「腹黒い降谷さんには黒いリードと黒い首輪が似合うと思うの!」
『首輪なんて絶対につけないからな!!』
「キャンキャン言ってて何言ってるか分かりませーん。反論は受け付けませーん。」
『分かってるじゃないか!』
「いやいやいや、これはしかたない事なんだよ。外で首輪とリード付けてないともしなんかあった時に付けてない貴女が悪いんですよって言われたら終わりでしょ?外に出るときだけだから、お願いします。」

ね?と心配していますという表情をされて首を傾げられると断れない。いやいやいや、見た目は犬でも中身は成人を遠に超えた男。なんのプレイだとしか言いようがない。しかし外に出るのは帰る手掛かりを探すのには必要不可欠だし…

「そーちゃくかんりょー。わー似合ってますよー。」

いつの間に?!しかも棒読みで、むしろ笑いを含んでいる顔がムカつく!!

「悩んでも始まりませんし知り合いなんていないんだから気にすることないですよ。周りから見ればただの犬の散歩です。さぁさぁ、暗くなり過ぎる前にちゃっちゃと行きましょ。」
『他人事だと思って……!!』

まぁしかし名前の言った通り知り合いなんて、

『安室、くんか……?』

なんでお前がいるんだよ赤井ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
目の前に大きなドーベルマンが立っているが匂いで解る。こいつは赤井秀一だ!!!

「ドーベルマンだ!首輪してないけどこれは野良なわけないよね。」
『お前が何故ここにいる!!』
『俺は爆発に巻き込まれた後、気がついたらこの辺りにいて何か手掛かりがないか探していた。安室くんこそ、その格好は……ふっ。』

こいつ俺を見て鼻で笑いやがった!自分だって犬に成り下がってるだろうが!!

『君は国家の狗に飽き足らず愛玩犬になったのか。いや、その見た目ではお似合いか。』
『僕だって好きでこの姿になったわけじゃない!!お前だって犬じゃないか!』
「もーうるさいよ。近所迷惑じゃないですか。」

ひょいと名前に抱き上げられ赤井から距離を取らされる。ちょっと待て!軽々と持ち上げるな!悲しくなる!笑うな赤井!!

「降谷さん、このイケメンドーベルマン知り合いですか?もしかして組織壊滅の仲間?」
『違わないけど認めてない!』
『安室くん、彼女は何者だ?もしかして組織の、』

赤井は俺が最初疑ったように名前を組織の人間と勘違いしているようだな。

『お前はそんなことも見抜けないほど落ちぶれたか。彼女は倒れていた俺を拾った一般人だ。俺がある程度の事情を話してそれを知っているだけだ。』
『抱かれたまま言っても説得力に欠けるぞ。』
『黙れ!!!』

真面目な顔で言われて余計に腹が立つ!!腕の中で暴れても名前は落とすことなく抱えたままだ。

「なんか仲良しっぽいね。もーこの際一匹も二匹も同じだしうちに来ませんか?肯定は一回、否定は二回吠えてください。」
『名前!!こんなやつ放っておいても死なないぞ。むしろこのままのたれ死んでくれる方が助かるぞ!』
『あぁ、すまないがよろしく頼む。』
「おぉ、ほんとに言葉通じてるんだな。じゃあとりあえず家に帰ろう。ドーベルマンさんはしっかり私の隣歩いて下さいね。大型犬ノーリードで歩いてると多分怒られるから。」
『俺を早く降ろせ!』
「暴れないで下さいよ。降ろしたら絶対喧嘩しに行っちゃうでしょ。」

チラチラくる赤井の視線はもう無視することに決めた。もう諦めた。それに名前の腕の中はなんとなく居心地が良かった。人の体温も悪くない、なんて。

「タオル持ってくるから玄関上がらないで下さい。足拭いたらお風呂入りましょう。降谷さんも泥だらけだったし黒いから分からないかもだけどたぶんドーベルマンさんも汚れてると思うから。」

待っててね、と俺と赤井の頭を撫でて名前は洗面所に消えていった。俺も初めて撫でられたが、犬扱いが初めてな赤井の顔を見てやろうと見上げる……見上げるとかムカつくな、なんとも言えない顔をしていた。

『良かったな。お前も犬の仲間入りだ。』
『………戻るまで耐えられるだろうか。』
『お前が出てってくれるのは大歓迎だむしろ出てけ。』
『安室くんはブレないな。それよりこの状況を説明してほしいんだが。何か手掛かりは掴んでいるのか?』
『その辺は風呂から出てからだ。話は長くなるからな。』

赤井じゃなくてコナンくんが良かった。しかしこれでコナンくんもこちらに来ている可能性が高くなった。名前に頼んで探さないと、彼も困っているに違いない。あぁ早く人間に戻らないだろうか。人間の姿で犬の赤井を見下ろすのはさぞ気持ちがいいだろう。



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