◎狂った愛の言の葉

名前が学校に来なくなって随分経った。
家に行ったがずっと帰ってないらしく、郵便物が溜まっていた。
一体どこに行ってしまったんだ…。

「征ちゃん、大丈夫?」

伶央の声に現実に帰る。
伶央は心配そうに顔を覗き込んでいた。

「名前が居なくなって心配なのは分かるわ。
でも今日は試合なの。
主将がそんな顔してたら部員が不安になるわ。
表情だけでもいつもの自信満々の征ちゃんでいて…。」

今日はインター・ハイ当日。
そうだ。僕らは王者洛山。
負けは許されない。
主将の僕が部員に心配されてどうする。

「すまない伶央。大丈夫だ。」
「いいのよ。
私だって心配だもの…。」
「…………行くぞ。」





胸騒ぎがして見に来てしまった。
これだけ人がいるから気付かれることはないだろうけど、

「殺気が、する…。」

然も四つ。然も殺し屋。
どういうことだろう。
征十郎くんに向けられている。
征十郎くんが狙われてる?
まぁ、そんなことはどうでもいい。

「征十郎くんの邪魔はさせない。」

征十郎くんに気付かれる心配があるけど、私も殺気を出せば向こうも殺し屋。
気付いて排除する為に来るに違いない。
そこを殺る。

「とりあえず人目の付かないとこに移動しないと…。」


「零崎名前さん、ですわね。」

来たのは意外にもお嬢様だった。
まぁ後三人隠れてるけど。
でもこの人は殺し屋じゃない。
只の一般人だ。

「いや、零崎名前さんとお呼びした方が宜しいかしら?」
「………お好きな方を。
でどういった御用件でしょうか、お嬢様。」

どうやら標的は私だったらしい。
しかも私を零崎だって知っているって事はかなり詳しく調べたらしい。
この人は裏にも通じてる。

彼女はふふふ、と上品に笑った。

「私、征十郎様を愛していますの。」
「………だから何?
私とその人は関係無いのですが。」

突拍子もない事を言うお嬢様。
私が殺気を込めて睨んでも笑顔は崩れない。

「あら、白を切る気ですの?
征十郎様は貴方を愛していらっしゃったではありませんか。」
「で、私を逆恨みですか。」

お嬢様はゆるゆると首を振った。

「いいえ。
私征十郎様の目を覚まさせて差し上げようと思ったんですの。
だって征十郎様が私を愛してくれないはずがありませんもの。
だから、」

お嬢様がパチンと指を鳴らす。
すると今まで隠れていた殺し屋達が現れた。

「だから私が貴方を殺せば、征十郎様は目を覚ましてくださるわ。」

いかれてる。
笑顔が歪んで見える。

「おやりなさい。」

その言葉を合図に殺し屋三人が一斉にかかってきた。

「仕方ないなぁ。」

今まで抑えていた殺気を出すと相手が怯んで止まった。

「あんたたち、殺し名の殺し屋じゃないでしょ。
今の内に引く方が身の為だよ。」
三人の内のリーダーらしき人がにやりと笑った。
他の二人も馬鹿にするようにくすくす笑う。

「お前を殺せば俺等上総一族は殺し名に加入出来る。
いくら零崎だからって餓鬼一人我等兄弟の連携に敵う訳がない。」

大方お嬢様が言ったのだろう。
そんな簡単に殺し名に入れる訳ないのに。

「あんた等馬鹿だね。
そんなに殺して欲しい?
なら、我が敬愛なる兄の言葉を借りれば、

殺して解(ばら)して並べて揃えて、晒してやんよ。」

そう言って鼻で嗤ってやる。
やれるもんならやってみろ。

「くそ、やるぞお前等!」

三人は刀を構え、それぞれの方向から飛び掛かる。

「零崎一賊が末妹、零崎名前。
我が愛する者の為、
これより」

袖に隠し持っていた愛用のナイフを構える。

「零崎を開始します。」

まずは最初にかかって来た一人の刀を蹴り上げて首にナイフを突き立て横に引く。

「遅い。」
「宅嗣!!」

多分今のが一番下の弟だったのだろう。
次の一人(多分真ん中)が隙をついて私の上から斬りかかる。
それをあえて相手の下に潜り込み腹を蹴り上げ、回し蹴りでもう一人の方へ蹴り飛ばす。
そのまま飛ばした殺し屋真ん中の人を追いかけ弟と同じように首にナイフを突き立てる。

「真乙!!」
「さぁ生きてるのはあんただけだよ、お兄さん。」
「何なんだよお前は!」

その声は怒りと悲しみに満ちていた。
それに私は冷たく返す。

「だから零崎だってば。
襲いかかって来たのはそっちなんだから何されたって文句言えないじゃない。」

それでも殺し屋兄の顔は怒りに満ちている。
確かに兄弟を殺されるのは辛いけど殺し屋のくせに感情をおもてに出し過ぎだ。

「もしかしてあんた達仕事初めて?」
「黙れ!!」

私の声を遮って飛びかかって来た。
その時、

「止まりなさい。」

お嬢様が冷たく言い放った。
その言葉に殺し屋兄は止まり、お嬢様を睨む。

「まったく、使えない駒ですわ。
あら、何ですのその顔。
何か言いたそうですわね。
それともご主人様に逆らいますの?」

殺し屋兄はくそっと小さく吐き捨てた。

「まぁいいですわ。
殺し屋さん、その女はもういいわ。

征十郎様を殺してきなさい。」

一瞬何を言ったか理解出来なかった。

「………どういうこと?
お嬢様は赤司征十郎が欲しいんじゃなかったの?」

動揺を悟られないようになるべく平静を装って尋ねる。
背中には冷汗が流れる。

「ええ。
でも貴方を殺せないなら仕方ありませんわ。
私は征十郎様死体でも愛せる自信がありますもの。」

その笑顔に更に冷汗が流れる。
私のせいで征十郎くんが殺される…。

「………待って。
私が死ねば赤司征十郎は、」

私が尋ねるとお嬢様は少し驚いたようだった。

「あら、さっきの威勢はどうしましたの?
ええ、殺しませんわ。
大人しく死んでくださる?」
「私のせいで死んだなんて寝覚めが悪いもの。」
「ふふ、貴方は寝ても目覚める事はありませんのよ。
でも分かりましたわ。
おやりなさい、殺し屋さん。」

私は目を閉じる。
ごめんね、とし兄舞姉。
私は一足先にアス兄の所に行きます。

殺し屋兄が何か言いながら飛びかかってくるのが分かる。

征十郎くん、巻き込んでごめんね。



「何をしているんだ名前。」

突然聴こえた声に驚き目を開けると目の前に殺し屋兄が迫っていて思わず避けてしまった。
頬に小さな痛みが走るがそれも今は気にする暇は無い。

「何勝手に僕の為に死のうとしてるんだ。」
「えーっと……いつからいらっしゃったのかな?」
「ずっとだ。
僕が君の気配に気づかない筈が無いだろう。」

あ、そうですか。
いつの間にそんなに敏感になってたの…。

「征十郎様!お久しぶりでございます!」

お嬢様は嬉しそうに征十郎くんに駆け寄る。
その顔は正しく恋する乙女でピンクの頬でうっとりとしている。

「もう少しお待ちになっていてください。
すぐに私があの女から目を覚まして差し上げますから!
さぁ早くおやりなさい、殺し屋さん!」

その時お嬢様の背中から殺し屋真ん中が持っていた刀が生えてきた。

「僕はこんな事頼んでいない。」
「え、あ、征十郎、様?」

征十郎くんは容赦無く刀をお嬢様の身体から引き抜く。
支えを失ったお嬢様は重力に逆らわず崩れ堕ちた。

「あぁ、私死ぬの、かしら?」

するとお嬢様は狂ったように笑いだした。

「あぁ征十郎様に殺していただけるなんてなんて幸せなのかしら!
しかも征十郎様の色に包まれて死ねるなんて!
あぁ征十郎様ありがとうございます!」

そして恍惚とした表情のまま絶命した。
「名前。」
「は、はい。」

少しの間続いた沈黙を打ち破ったのは征十郎くんだった。
気付くと殺し屋兄は兄弟の死体を持って何処かへ消えていた。

「何故僕の前からいなくなった。」
「…………。」

私は沈黙を再開する。
だって何て言えばいいかわからない。
あなたは私と、殺人鬼と一緒にいてはいけない。

「まぁいい。
僕の下に戻って来い。」
「…………やだ。」

征十郎くんは溜息をつく。
今更帰れないし帰りたく無い。

「拗ねるな。僕は別に怒ってない。
それに僕には君が必要だ。」
「征十郎くんは孤独に頂点にいる方が似合ってる。」

突然顎を掴まれて無理矢理征十郎くんの方へ顔を向けられる。

「僕は今人間を殺した。これといって何も感じない。
だがこれで僕も一般人からは外れてしまった。
どうしてくれる。」

それは、

「一緒にいたらいつか私に殺されちゃうかもしれないよ?」
「なら僕が先に殺してやろう。」
「一緒に死んでくれるの?」
「まさか。君の分まで生きてあげるよ。」

征十郎くんは私を抱き締める。

「好きだ名前。
たとえ君が殺人鬼だろうと愛してる。」
「………私も大好きだよ。」

私も征十郎くんの背中に手を回す。


ならばいっそ、

お互い人外同士

堕ちる所まで共に堕ちようじゃないか。


死が二人を分かつまで


それは地獄へと誘う言葉
(たとえ天国だろうと私達はそこを地獄へと変えて二人で生きる)



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