粛々とした、厳かな空気に包まれたチャペルで。真っ白なウェディングドレスに身を包み、とても緊張した面持ちでお父さんの腕を取りながらゆっくりゆっくり、バージンロードを歩くきみ。

あれは高校2年生の頃だった。忘れもしない、忘れられないその記憶。その頃はまだ同じクラスだった岩ちゃんが、他の女の子よりも気にかけていたような気がした、きみ。

「岩ちゃんさあ、あの子のことすきなの?」
「はあ?なんでだ」
「いっつも見てるでしょ」
「まあ、アイツ危なっかしいからな」
「へー…」

俺がきみを眺めるようになった理由はたったそれだけ。そしてそのそれだけは、長く長く心を縛り付ける、まさに呪いに成り果てた。

教室でなんとなくきみを目で追っていれば、岩ちゃんの言う通り、あー、確かに危なっかしいかも、と思った。
小柄なきみはおとなしそうな見た目に反して元気で明るく、よく動く。
そのわりに、運動神経が鈍いのかなんなのか、よくつまづいていた。黒板の文字を消していて、手が届かない上のほうの文字を消そうとぴょんぴょん跳べば着地を失敗するし、移動教室で忘れ物したと教室に戻って来たかと思えば慌てているのか机で足を打つ。
これじゃああの子、あざだらけじゃんね...と思った。

「みょうじ、お前あんま走んなよ」
「え? なんで?」
「すぐどっかにぶつかってんだろ」
「え、見てたの」
「目につくだけだ」

お昼休み、岩ちゃんがそんなことをきみに言っているのを聞いた。きみは照れたように笑って、わかった!と元気よく返事したあと、友達に呼ばれて駆けて行き、案の定椅子に足をぶつけていた。
その時の岩ちゃんの呆れた顔に、きみは照れて笑っていて、ああ、可愛いなって思ったんだ。

そして気がつけば俺はきみを見ていたし、きみはいつも岩ちゃんに助けられるようになっていた。きみが黒板の文字を消すときは、高い場所を担当する岩ちゃん。宿題のノートを職員室に運ぼうとすれば、ノートを半分奪うようにして持ってあげる岩ちゃん。きちんと整理されてない掃除用具入れの扉を思いっきり開けて、倒れてきたほうきたちにびっくりして一緒に倒れこんだきみに手を差し出したのも、岩ちゃん。
俺はいつも見てるだけで、助けていたのは岩ちゃんで。
やっぱり好きなんじゃん、だなんて思った。
そして埃にまみれたのに、なんだか嬉しそうに笑ったきみ。
そっか、きみも岩ちゃんが好きなんだね、ってそう思ったときに、その事実が恐ろしいほどに心に突き刺さった。

そうして今日も。
真っ白なきみがゆっくり歩くのを遠くから眺めるだけの、俺。きみが行く先は、同じように真っ白なタキシードに身を包んだ岩ちゃんの隣。式の前、幼馴染だからと控え室に行って、「案の定似合わないね」ってからかったら、「うるせーわかってる!」って怒ってた。
そんな相変わらずの岩ちゃんに、タキシードと違ってお似合いのきみもやっぱり相変わらずで。バージンロードを歩き終え、お父さんの腕から離れて岩ちゃんの手を取り、一歩進もうとすればドレスの裾に靴を引っ掛けて前のめり。

「わ!」
「っ、大丈夫か」

一瞬どよめいた式場内。
だけど素早く岩ちゃんが抱きとめて。当時と変わらず、きみを助けるのはいつだって岩ちゃんなんだ。変わったのは、助ける仕草が慣れてることくらい。
神父の前で図らずとも抱き合ったふたりはきょとんと顔を見合わせた。

「だから今日はいつも以上に気をつけろって言ったろ」
「ごめん、ありがと」

ぶっきらぼうな言葉でも、岩ちゃんの表情はとても優しくてやわらかくて。きみは反省なんてちっともしてなさそうな、幸せそうな笑みを浮かべた。
そして誰もがそんな2人に優しい微笑みを向けていて。

「ったく、見せつけんなよなー」
「見せつけるための結婚式だろ」
「はは、違いないわ」

隣に座るマッキーとまっつんが笑ってる。
誰も俺のことなんて見てないから気がつかれなかった、わずかに浮いた腰を下ろして、俺も笑う。

「相変わらずだよねー、ふたりとも」

マッキーたちに同調するように言えば、ふたりはうんうんと頷いている。
神父が気を取り直して式を再開させても、和やかさは消えず最初に感じた粛々とした空気はどこにも無くなってしまったけど、それはとてもふたりらしいと思う。
ふたり並んだ背中を見れば、チャペルに入ってきたときはガチガチだった岩ちゃんは肩の力が抜けているし、お父さんと歩いてる時は緊張なのか少し震えてたきみも、すっかり落ち着いて立っている。

誓いの言葉は嬉々として。
指輪を交換すればその手をじっと見て幸せを噛み締めて。
誓いのキスは優しくて。
それは長い付き合いのくせにはじめてなの?なんて思うくらいにはたどたどしくて不器用だったけど、でもそれもきみたちらしい。
そうして、神父が高らかに夫婦となったことを宣言して。

ちょっと待った!だなんて言わないよ。
俺はそんなことして岩ちゃんの幸せ奪ったりしないからね。
俺の方が幸せに出来るなんて思わないよ。
俺といるときにあんなに幸せな顔、きみは絶対しないから。

ゆっくりと、岩ちゃんとともにチャペルを去る、泣きそうなくらい幸せそうな顔をしたきみと目が合った。そしていつもみたいに子どもっぽい元気な笑みを浮かべて、俺は目を逸らせなくて。
泣かないで、なんて思った。泣いたっていいのにね、幸せな涙なら。
そして岩ちゃんも俺に気がついて、にっ、と笑う。そしたら、それを見たら俺は気がつけば。

「し、幸せになってよ!」

拍手の中に響く俺の声。
びっくりした顔のふたりに笑ってやれば、岩ちゃんが「おう!」と明るく言った。

拍手に送られて扉から出て行ったふたりのことをぼんやりと思う。
意識なんて関係なく、どうしてか口をついて出たあの言葉は心の底から思うこと。
真っ白なチャペル、移動しようとする参列者たちのざわめきが広がるその中で、無意識に声をかけた自分が信じられなくてぽつんと佇む。

「ひびったわー、急に大声出すから」

肩をポンと叩かれて、そっちを見たらまっつんががにやりと笑ってた顔をぎょっとさせる。

「え、泣いてんの?」
「は、何言ってんの!」

慌てて頬を触ると確かに俺は泣いていた。

「岩泉幸せそうだったもんなあ…、俺も感動した」
「お前もか!」

ぐず、と鼻をすするマッキーに、まっつんが笑う。騒がしく歩き始めるふたりの後ろで、そっと涙の跡を拭ったら、先ほど見たふたりの笑顔が鮮やかに思い出されて。そしてこぼれたのは笑い声だった。

「ふ、あはは!」
「うわ、どうしたよ及川」
「感情おかしくなってんな」

俺はね。俺だってね、幸せだよ。
だいすきな岩ちゃんと、だいすきなきみがふたりそろって幸せになっていくから。

「よっし、ふたりにライスシャワー存分に投げつけてやろう!」
「そういうイベントじゃねーべ」

真っ白なふたりの真っ白な笑顔で、俺にかかった呪いは呆気なく解けて消えて、なんだか清々しい。
ねえだって、強がりでもなんでもなくて、こんなにも心の底から幸せを願えることって、きっとそうそうあるもんじゃないよ。
先を行くマッキーとまっつんの背中をドンと叩いて弾むように歩けば、ちょうど主役のふたりが姿を見せたところで。おめでとう、が溢れかえるその場所で、俺も笑って叫んだ。

「ふたりとも、だいすきだよ!」

泣かないでスターチス


(俺は大丈夫だよ)

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