幽霊だったのかもしれない

「煙草吸ってきますから、何かあれば、…」

「ここでいいだろう」


気持ち急ぎ足で外へ出ようとしていると、唐突に赤毛が引き止めてくる。
確かにこの店は禁煙ではないし、カウンターには灰皿が置いてある。それでも流石にお客の前で店主が煙草を吸うのは如何なものか。というのもあるし、急に静かになった金髪が気になってとりあえずここから離れたかった。
なのに赤毛は引き止めてくるんだ。


「いえ、流石にお客さんの前では、」

「気にしなくていい。それに少し聞きたい事もある」


さっきの金髪といい、今の赤毛といい、この二人には強引という文字がピッタリだ。
それに押されている私も私なんだけど。

結局、赤毛の横の席に戻り、じゃあ遠慮なくと言いながら煙草に火をつけた。


「それで、聞きたい事って、なんですか?」


ゆっくりと煙を吐き出しながら、赤毛の聞きたい事というのを催促してみる。
一体私に何を聞きたいというのか、まさか両親が死んだ理由とかを聞いてくるんじゃないだろうな。
まあそれはそれで別に良いけど、この人にとってなんにも特な事なんてないのに。

灰皿に二、三度、トントンと灰を落として赤毛の言葉を待っていると、今まで静かだった金髪の方が先に口を開いた。


「…お前はなんで、他の奴らみてえに演説、観に行かねえの?」

「はい?」


…え、さっき観に行かなくても演説は聞こえてくるからって、言ったはずなんだけど。
しかも興味無さそうだったじゃんあなた。

急になんでそんな事を聞いてくるんだと言いたいが、赤毛越しにこちらを見つめてくる金髪の視線がさっきまでのとは少し違う雰囲気なのを感じて、とりあえず何でもいいから言わなきゃなと口を開く。


「…さっきも言いましたが、ここまで聞こえてきますから。その演説。…まあ、それもありますけど、ちょっと色々ありまして、行きたくないというのが本音ですかね」


いつも会談が行われるのは、言うまでもなく風影邸。
そこからそれほど離れていないこの店には、ハッキリと演説が聞こえてくる。勿論聞こえるから行かなくてもいいと言うのも本音だが、さっきその理由を述べたにも関わらずまた同じ事を聞いてくるという事は、他の理由があるかもしれないと踏まれたからではないかと思い、少し含んだ言い方で別の理由もあるんだと付け加えた。


「色々……昔にでも何かあったのか?」


私が含んだように言った事が気になるのか、金髪は食い入るようにこっちを見ながら話始めた。
まさかとは思ったけど、気になったらとことん追求しちゃうタイプの人なのかな。
あんまり聞いて欲しくないんだけど。あれ、空気も読めない感じなのかなこの人は。


「いや別に、大した理由じゃな、……」

「………嫌いか?」

「え?」


灰皿に吸い殻を押し付けながら、もうこの話はあやふやにしてサッサと終わらせてしまおうと、話を切り上げるような口調で言うと、今まで黙っていた赤毛が突然間を割って話かけてきた。

嫌いかと言うのは一体何に対してなんだと一瞬考えるが、話の流れからして風影様や他の影達の事が、好きか嫌いかの話なんだろう。


「嫌い、ではない…と思います」


そう、別に影の人たちを嫌う理由はない。
でもやっぱり、影達も忍者なんだと思うとどうしても両親の顔が浮かぶのだ。
一人の忍に対しての憎しみが、だんだんと忍全員に対しての憎しみに変わっていってるのかもしれない。
憎しみには蓋をしたつもりだったのに、結局許せないものは許せないものなんだなと内心自傷気味に笑う。

そうか、と一言。静かに返事をした赤毛は少し複雑な表情をしていて。金髪の方も同じような顔になっている。

どうしてただの小料理屋の娘に対して、こうも色々聞きたがるのか、どうしてそんな複雑な顔をするのか、私には分からない。
里中が楽しみにしている五影会談を観に行きたくないと言ったからって、それがなんだと言うんだ。
人の内側を掘り返したいという心情なのだろうか。


「…あの、なんかすみません。変な空気になっちゃいましたね」


最後に赤毛が発した「そうか」という一言から、暫くの沈黙が続き、流石に居た堪れなくなった私は席を立つ。
もう引き止めてくれるなよと願いつつ、片付けを奥でしてるから何かあったら呼んでくれれと言い残し、そそくさと逃げるように店の奥へと足を運んだ。
今度は引き止められなかった。良かった。
というか赤毛は私に聞きたい事があると言っていたけど、もう良いのかな。…まあいっか、ほっとけば。






店の片付けも早々に終って暫く。
もうそろそろあの二人、帰ってくれないかな〜なんて思っていると、見計らった様に赤毛であろう声が店内から聞こえてきた。


「はい〜」

「遅くまですまなかったな。世話になった」

「美味かったってばよ!ありがとな!」


店内まで行くと、立ち上がり帰る用意をしている二人がいて、さっきの気まずい空気が嘘の様に笑顔を向けてきている。
…赤毛は無表情だけど。

「幾らだ」と続ける赤毛に、残り物みたいな料理を出したから今日は酒代だけ貰っとこうかなと内心考えて金額を言うと、折りたたんだお札を何枚か渡された。
それを確認してみると明らかに提示した金額よりも多くて、思わず「え?」と声が出しまった。


「閉店後に邪魔をした。その礼だ。受け取ってくれ」

「あ、え、あの、」


いや、礼なんていらないからと、最初に言ったはずなんだが。
手元のお金を見つめながらそんな事を考えていると、いつのまにか二人はもう店の扉を開けていて。

引き戸特有のガラリという音が聞こえた瞬間ハッとして、慌てて二人を追いかける。


「ちょ、!こんなに受け取れま、せ……あれ」


閉じられた扉を急いで開けて店の外へ出てみるものの、既に二人の姿は無く、点在する街灯の明かりのみが照らす左右へ続く道を、目を凝らして見てみても気配すらない。

え、もしかして、ゆ、幽霊…?

忽然と消えた二人を、咄嗟に幽霊だと思って手元のお金を確認してみるが、確かに手のひらにはお札がある。
幽霊が律儀にお金を払うはずは無いと考えて、じゃあ一体あの二人はなんだったんだと疑問に思うが、突然襲ってきた眠気に思考を奪われ「変な人達」と結論づけて店内へ戻った。