我愛羅くんを描く

「あーー、は、は、はっくしゅっ!」

 太陽が真上に登っている時間、砂漠はやっぱり暑いけど私は趣味である絵を描きに小高い丘の上に来ていた。
 私が絵を描く時はいつもここ。風がよく通るし、小さな子ども達がいつも遊んでいる公園も良く見える。それに風影様がいる砂の邸宅もよく見えるから私はここがお気に入りだった。

「うー、やっぱ日が落ちてくるとちょっと冷えるな……羽織るもの持って来れば良かった」

 お昼間は茹だる程暑いのに、流石砂漠の町。日が暮れてくると昼間の暑さが嘘のように冷えてくる。羽織りもブランケットの様なひざ掛けも持って来なかった。
 スケッチブックと鉛筆だけという身軽さでここまで来た私だったけど、もう少し、もう少し、と冷えてくる気温を我慢して絵を描き続けるのには理由があった。

「今日は遅いなあ。どっか行ってるのかなあ」

 私がこの丘で絵を描き続ける理由、それは帰ってくる風影様を一目見たくて待ってるから。……ストーカーではない。断じてない。


 小さい頃に両親を亡くしてから、顔を思い出しながら二人の顔を絵に描いて寂しさを紛らわしていた事がきっかけで、絵を描く事が私の趣味みたいになった。
 外で、しかもこの小高い丘になっているこの場所でで描いてると誰にも邪魔されないし、風も程よく吹くから気持ちがいい。最初はそれだけの理由でいつもここで絵を描いてた。
 だけどある日、新しく風影様が就任されたと街が賑わっていた時の事。前任者よりもまだまだ若くして就任された風影様のお顔を初めて見た瞬間、心臓が抉られたかと思うほどの動悸に襲われた。これが一目惚れというやつなんだろうか。
 勿論喋った事もないし、街のはずれに住んでいる私は、今の風影様がどういうお方なのかもあんまり分からないけど、昔は町の嫌われ者だったと近所の人から聞いた。過去に何があったのかもよく知らないが、近所の人曰く、相当な努力をされて、町の人からの信頼を得たお方らしい。
 人って努力でここまで信頼されるようになるものなんだなと恐れ多いながら感心もして、そこから余計に風影様が気になるようになった。

「一回でいいから喋ってみたいよなあ、まあ無理だろうけど……」

 一度で良いからお話してみたい。あわよくばお近づきに……なんて考えていると、ふと後ろから「何をしている」と低い声。
 誰だろう。私に言ってんのかなと振り向けば、そこにはつい今しがたまで考えていた人物が立ってこちらを見ている。
 か、か、か風影様?!うそ、え、ほんもの?!

「あ……え、わ、私に言ってますか?」
「お前以外に誰がいる」

 ……で、ですよね。私以外に誰もいませんものね。
 まさか風影様にこんなところで話しかけられるとは思ってもみなくて、本当に自分に言っているんだろうかと辺りを見回してみる。
 だけどここいらはあまり人が来ない。今日も私が絵を描いている間、誰も来ていないのだ。
 周りをぐるりと見てから風影様へ再度視線を向けると、その表情はなんだか怒っているかのようで。
 表情があまり豊かな方じゃないとは聞いていたけど、無いというか怒ってらっしゃる様に見えるのだけどこれは私の見間違いだろうか。
 だけどそんな表情も凄く素敵でかっこいい……。いつも遠くから見てるだけだったお顔が今こんなにも近くにある事が信じられない。声を掛けられた事も忘れて、一人で百面相をしていると、不意に風影様が側まで歩み寄り、私の持っていたスケッチブックを取った。

「……絵、か?」
「……あ、」

 取られたスケッチブックをそのままじっと見つめる風影様。先程まで私が風景を描いていたページだった。どうして今、風影様が私の目の前にいて私の絵を見てるんだろうと、この状況に頭がついていかなかった。
 だが、風影様がペラ、と次のページを捲ろうとしているのを見て、ハッと意識が戻ってくる。「だめ!」と声を上げて制止を試みるものの、時すでに遅しで。捲ったページの先には以前私が描いた風影様のお顔があり、それを見たホンモノの風影様は少し驚いた顔をされている。最悪だ。まさか本人に見られるだなんて。

「あの……えっと、えーと、その、」

 自分が里の長だったとしても、全く知らない奴にこっそり顔を絵に描かれていたとなれば、それはきっと気持ちの良いものじゃない。私ならストーカーか何かですか?と思うかもしれない。……そうなると私がストーカー認定されてしまうけど。
 どうしよう。どう言い訳しようと思っていると、風影様のお顔が描かれたページが開かれたままスケッチブックを返される。その時「俺はこんな……こんな表情をしていたか?」と問われた。だけど突然なんでそんな事を聞かれたのかが分からなくて「え?」と返すものの、私の声は空気に混じって消えていった。

 暫しの無言が続いた後、どこに視線をやればいいのか迷った私は、おもむろに返されたスケッチブックを見た。私が描いた風影様が穏やかに緩く微笑んでいて、自分で描いたものなのになんだか穏やかな気持ちになった。

「やっぱりこの表情、凄い素敵」
「そうか」
「……はっ、す、すみません!」

 これを描いた時の風影様、ほんと良い顔してたよなあ、とその時の情景を思い浮かべて呟くと、思っていたよりハッキリ言葉にしてしまっていた様で。風影様が反応した事で咄嗟に謝った。
 こんな事を口に出しちゃうなんて、絶対変な奴だと思われてる!表情こそ変わっていないけど絶対引いてるよ風影様……。

「ほ、ほんとにすみません……勝手に、風影様の絵なんか描いちゃって、」

 すみませんすみませんとの言葉と共にぺこぺこ頭を下げるものの、無言を貫かれどうしたら良いか分からなくなる。なんでも良いから何か言って、と心で訴えていると「頭を上げろ」と低い声が頭上から降ってきた。

「……い、いや、あの、」

 だが上げろと言われた頭はそのままに、地面を見つめる。あんな絵を見られて、絶対引いてる風影様に私の顔を見られたくなかった。なんでかって、恥ずかしいからだ。できればこのまま立ち去って欲しかったのに。

「いいから、上げろと言っているんだ」
「っ!」

 気持ち悪いだろう事をして、申し訳ありませんの気持ちで頭を下げたまま地面を見つめていると、途端に風影様の気配が近づいてくる。そして私が見つめる地面に足が。あ、と思った瞬間、肩に優しい衝撃がかかり、それに驚いて勢いよく顔を上げれば、思ったより近くにいた風影様に心臓が跳ねた。

「っあ、か、風影、様」
「……お前が描いた俺は、自分自身でも見た事が無い程穏やかに……笑っていたのでな。俺もそんな顔ができていたのかと思って少し驚いただけだ。お前が謝る道理は無い」
「へ、」

 私の肩に手を置いたまま話す風影様は、なんだか少し寂しそうな顔をしていて。いつも遠くから風影様を見てたけど、こんな表情は初めてだった。
 今でこそ里のみんなから信頼されてる風影様しか私はあんまり知らないけど、大層苦しい思いを子供時代にしてきたんだろう。里中から怖がられて嫌われて。風影になって、里から親しまれる様になった今でも、この人は自分が穏やかな顔をできてるか不安なんだ。きっと。
 でも実際、私が見た風影様はとても穏やかに里の人に微笑みかけていた。その中には多分、風影様の事を昔怖がってたり嫌ってた人だっている筈なのに、そんな人たちを恨みもしないような、全部ひっくるめて包み込んでくれそうな、そんな表情だった。
 だから素敵だと思ったし、描きたいと思った。
 影のある表情もかっこいいし、麗しくてお近づきになりたいと思ってたのは内緒だけど。

「あ、あの、」

 風影様みたいに沢山何かを頑張った訳でもない人生の私が何か言うのは少し違う気もするけど、なんとなくでもいい、風影様の不安みたいなものを軽くしてあげられるならしてあげたい、と口を開く。私が風影様を素敵だと思っているように、きっと里の人みんなだって同じ事を思っている。それを、里の住民を代表して……といえば大袈裟だけど、伝えられればと思った。
 私の肩に乗っていた風影様の手を取って両手で握る。

「……私、あの、いつもここで絵を描いてて、風影様が里を周っている事もよく見てました。里の人から声を掛けられてる風影様のお顔はとても、その、穏やかで、優しい表情をされて、ました。風影様とお話する里の人達も同じ様に穏やかに笑ってて……だからその、何が言いたいかというと……風影様は、と、とっても素敵な表情をされてました、っていう」

 息つく間も無い程一気に言うものの、途中から何をどう言えば良いのか分からなくなって、尻すぼみになってしまった。完全に恥ずかしい事を言ってしまったと思い風影様から視線を逸らすと、フッと笑ったような声が小さく聞こえた。

「……あ」

 今、笑った?と視線を彼の方へ戻せば、そこには私のスケッチブックの中にいる風影様と同じ様に微笑んでいる顔があった。……うわあ、素敵。好き。と思った事をそのまま、気づけば口にしていて、それをバッチリ聞いたであろう風影様は少しだけ目を丸くさせた。

「えあ、いや、いや!違います!す、好きっていうのはその……風影様の、その笑った顔がって言う意味で、決して変な意味じゃな、いので……」

 もうだめだ。心の声が漏れるなんて、とんだ失態を晒してしまったと慌てて訂正する。だけど実際は風影様自身を慕っている分、変な意味じゃないと言いながら本当は貴方の事がそういう意味で好きなんですと思ってしまって吃る。しかも顔がどんどん熱くなって、きっとゆでダコみたいになっているに違いない。

 どうしよう、と焦れば焦るほど顔に熱が集まっていって、風影様の顔を見れないでいると、「おい」と呼ばれた。反射的にした返事は思ったよりも大きい声で、それがまた恥ずかしさを増長させてしまう。

「……お前はいつも、ここにいるか」

 恥ずかしくて、どきどきと煩くなる心臓を疎ましく思っていると、不意にそんな事を微笑みながら聞かれる。だからその顔は反則なんだってば!
 沸騰しそうなくらい顔に熱が集まるのを誤魔化そうとした私は思わず「このくらいの時間なら大体います!!」と、自分でも引くくらいの大きい声で答えてしまった。

「そうか。名を聞いてもいいか」
「は、はい、名前です!名字名前です!」

 名前まで聞かれて、もうなにがなんだか分からず、勢いもそのままに大声で名乗る。私明日死ぬのかな。それくらい、風影様とこんなに近くでお話できる事が幸せだった。

「名前か。ではまた、お前の赤い顔を見にくるとしよう」
「え?!」

 なんて尊い、優しい表情をしているんだと思っていた矢先、まさかの事を言われてまたもや大きく反応してしまった。先程の微笑みとは少し違う、小悪魔要素を含んだ笑みを向けながら言われ、私の顔はきっとさっきとは比べものにならない程赤くなっているに違いない。風影様はあんまり表情が無いとか言ってたのはどこのどいつだ。今私その無表情と噂されてる風影様に小悪魔的な微笑み向けられて心乱されまくってるんですけど!

 熱い顔を両手で包みながら唸っていると「また来る」と別れの挨拶をされ風影様が去って行くのを感じた。
 パッと頬から両手を外し、何か言わなきゃと呼吸を整え「待ってます!ほんとにいつでも!いつでも来てください!」と少し距離ができつつある風影様の背に向かってこれでもかと大きな声で伝える。すると風影様は少しだけこちらを振り返り、何かを言った。
 その声は小さくてちゃんとは聞き取れなかったけど、「ありがとう」と言うように口が動いた気がした。

 小さくなっていく風影様をいつまでも見つめながら、次会える時はもっと近くで、穏やかな表情を私のスケッチブックにおさめたいと思った。


end