とんでもない事になった。
我愛羅がいない間にちょっと散歩でもと思って出てきただけのつもりなのに、ここがどこだか分からない。
風でできた砂の波が綺麗だと下を見ながら夢中で歩いてきた結果がこれ。
そうです私迷子です。迷子の子猫ちゃんみたいに可愛らしくない声で迷子だと気づいた瞬間から雄叫びを上げて、とりあえず来たであろう方向を自分の足跡を辿る。
「あ、」
自分の足跡が……無い。
止まる事なく風が砂の肌を撫でていくせいで私が帰れるかもしれない唯一の痕跡、足跡が途中で綺麗に無くなっていた。
「こ、これは……やっぱりさっきも思ったけどやっぱり迷子だよね」
砂の国に住んでいる分砂漠は身近なものだった。いつもは里を出て広大な砂漠へ入る時は念の為に門番の人に声をかけいつまでに戻ると伝えたり、門が見える程までしか里からは離れない。
なおかつ里の外に出るときはいつも我愛羅がいてくれた。
だが今日は里の門がある場所とは違う、いわゆる抜け穴的な場所から国境を越えてきた。
なので門番の人には声もかけていなければ、我愛羅が一緒にいる訳でもない。
私が里から消えた事を知る人は誰一人いない。
しかもだ。勝手に里の外なんかに出て、忍ではないただの一般人だけど、やましい事なんか何もないけど、何かしら疑われても嫌だし、なにより、我愛羅に勝手に里を抜け出した事がバレたなんて事になったら……考えただけでも恐ろしい。
だから確実に、誰かに見つかる前に帰りたい。しかも我愛羅が自宅へ帰ってくる前に、だ。
「はあ、でも自分一人で帰れるのかなあ」
辺りを何度もぐるりと見回したせいで、もう自分がどっちから来たのかも分からなくなってしまった。
あてもなくウロウロと歩き続けるのだけど、全く帰れる気がしない。
自分の不注意で誰にも気づかれずにこのまま死ぬんじゃないかと考えてしまって、急に不安と辛さが頭をぐるぐる駆け巡り、ついにその場にうずくまる。
「シーンとしてるし、怖いし、夜になったら寒いんだろうし……喉渇いたし!あーーん!もうやだー!」
顔を両膝に埋め、どうしようどうしようと唸る。
聴こえてくるのは静寂の中の耳鳴り、風の音と、たまに鳥の声……。
「……鳥!」
聞こえた鳥の声に、バッと顔を真上にあげ鳴き声の主を探す。
「いた!」
鳥は休息の為、止まり木を求めて飛ぶなんて事を何処かで聞いたのを思い出す。もしその通りなら、頑張ってついて行けばもしかしたら里の近くの森まで行けるかもしれないと、見つけた瞬間走りだした。
「ま、待ってえええ!」
こんな時、私が忍ならもっと早く走れただろうにと自分の足の遅さを恨みながら必死に鳥の姿を見逃さないようひたすら走る。
「は、っ、は、は……あ!」
随分と走って足がもつれそうだし、鳥は待ってくれる訳もないからどんどん小さくなっていくし。
もう鳥の事も見失いそう、と思った時、砂漠の丘の向こうに緑色のモヤモヤが見えた。
も、もり!森!
「森!やった!水!水を飲ませてええ!」
川でも雨水でもなんでもいいから!なるべく綺麗な水でお願いしたいけどこの際雨水でもいいから水よ存在しといてくれ!
体力が限界の中、それを誤魔化すように「水!」と叫ぶ。そしてやっとの思いで森まで辿り着き、近くの大木に身体をもたれさせながら呼吸を整えると、足が少し震えている事に気がついた。
「はあ、は、私、体力なさすぎ、っ」
一旦、森の陰で休もうと、砂漠が隣接している所為で乾燥している森の入り口から少し入って、綺麗な緑になっている辺りで腰を据えた。
「ふうー……、んん?」
倒れ木の上で休んでいると、森の奥の、遠くの方で何かが動いた気がした。動物か何かだろうか。もしかしたら開けた場所があったりするかも。迷わずそちらへ向かおうと立ち上がり、ザ、と音を立てて一歩踏み出そうとした時、突然後ろに人の気配がした。
「へ」と間抜けな声が出て、咄嗟に振り返ろうとした瞬間、首に冷たい感触。
「お前、誰だ」
「えっ、な、に」
明らかに殺気を漂わせる、私の首元にクナイを突きつける人。
恐怖と驚きが混じって上手く声が出せなかった。
「見たところ忍じゃない様だが。運が悪かったな、お前にはここで死んでもらう」
何も知らないただ家に帰りたかった私へ、突然怖い事を容易く言ってみせる忍であろう人。抵抗も、声を上げる事もできず、ただただ動悸が止まらなくて、何もできない自分に悔しくなっていた。
ぐ、と拳を握りしめて、近い未来であろう死を覚悟した時、後ろにいた忍が舌打ちをした。
「邪魔が入りやがった。お前、良かったな死なずに済んで」
「……え?」
「クナイを下ろしてその娘を離せ」
私を殺そうとしてた忍とは違う、また別の人の声が後ろから聞こえた。と同時に首にあった冷たい感触が無くなる。引き続き「そのまま手を上げてひざまずけ」と言う声と共に背中の圧迫感も無くなった。
なにがなんだか分からないが、ひとまず安堵のため息を密かに漏らし、死の淵から助かったと思った次の瞬間、背中に強烈な痛みを感じ身体が宙に浮いて、そのまま近くの大木に叩きつけられた。
「つ!、っう、」
突然の事すぎて、何が起こったのか理解が追いつかないまま地面に倒れる。頭を打ってしまったのか視界が揺れる。
意識がどんどん遠のいていく中、私を襲った忍が逃げて行く様子や、それを追う別の忍を見た辺りで、私の視界は真っ暗の闇に包まれた。
▽
「ん、そんな、大きいの……だめ、」
「え、何この子。どんな夢見てんの」
「……殺されそうになってたんですけどね、この子。それにしても先輩……いや六代目はわざわざ保護された女の子の様子なんか見に来てていいんですか? 僕が見ておきますけど」
第4次忍界大戦が終結してから、里の復興も進み俺が六代目火影となって幾分か経った時、ダンゾウ派の元暗部が里を抜け、砂隠れの里近辺の森の中にアジトを作り潜んでいるという事が報告された。
テンゾウ率いる忍達で編成したチームに調べさせ、見つけた暁には拘束をと指示を出して数日。無事任務完了と報告に来たテンゾウから、もう一つ、その忍に襲われそうになっていた娘を保護し木の葉病院にて容体を見ている。と報告を受けたので、なんとなく様子を見に来たのだが。
背中と頭に打撲の後が有り、そのせいで気絶したんだろうが、保護した日から丸三日が経とうとしている。
格好や体格から見て忍ではないだろうが、あんな森の、しかもダンゾウの配下に居た忍のアジト付近で一体何をしていたのか、直ぐにでも問いただしたかったが、当人は寝たきり。
丸三日、目を覚さない事に多少なりの不安が過ぎるが、まあ、寝言言ってるくらいだから大丈夫なんだろう。「大きいのはダメ」て、一体どんな夢見てんのよ。
「いやまあ、俺もそんなに暇じゃないし、まだ目が覚めてない様ならすぐ戻ろうかと思ったんだけどねえ。でもこんな寝言言ってるんだし、叩き起こしてもいいんじゃない?」
「叩き起こすって……一応参考人ですし、仮にも女の子ですから丁寧に扱った方が良いんじゃないですか? 多分、他里の人間だと思いますし」
「なーんかさ、寝言からしてどうせやらしい夢でも見てるんじゃなーいの? 良いでしょうよ。起こしても。おーい」
テンゾウの言葉を無視して、夢のせいなのか何なのか、苦しそうな表情を浮かべながらほんのり赤く染まった少女の頬に手を伸ばす。摘んでグイグイと引っ張ってみると、彼女は少しだけ顔を顰めながらゆっくりと目を開いた。
「ムニィ……ん……?」
まだ意識が朦朧としてるのか、頬を掴まれたまま虚な目でこちらをじっと見つめている。そんな彼女にグッと顔を近づけて、おはよう。と、両目を弓なりにして言う。
「……お、はようございます? え?!」
「おっと、君一応ね、参考人だから。動かないで、起きてすぐで悪いけど、質問に答えてくれる?」
ガバッと音がしそうなくらいの勢いで上半身を起こそうとした少女をなだめるようにそっと肩を押さえてまた寝かせる。
「まず、君はどこの里の子なのかな?」
「あ、え、えと、砂……砂隠れの里、です」
そこから何故あの森に、どういう経緯で、アジトの近くにいたのかを全て聞いた。
嘘をついているようにも思えないし、まあ、本当の事なんだろう。
それにしても、二十には満たないだろうが、十七、十八くらいか?そんな子が砂漠の波を追いかけて気づいたら迷子、ね……。
バカなのか天然なのか、なんなんだろうか。
「あ、……ああっ!」
「?!」
「あの、私、ここに来て何日か経ってたりしますか?!ていうかここどこですか?!」
突然起き上がり、もの凄い剣幕で聞いてくる少女に、火影である俺でさえも動揺してしまった。
「あ、ああ、四日は経ってるかな。それとここは木の葉の里だよ」
「こ?!木の葉?!よ、四日?!」
えー……なんなの。
勝手に慌てて青ざめている彼女を見て、横にいたテンゾウが「よく分からない厄介な子ですね……」と少しゲンナリした様な声で俺に耳打ちを寄越す。
いやいや、その厄介な子を連れて来たのはお前デショ。なんて心の中で少しの愚痴を吐いた。
▽
まずいまずいまずいまずいまずい。
まずい事になった。非常にまずい。
四日って……四日って!……探してる、探してるよね?絶対探してるよね?!
無表情の裏に鬼を背負って探してるよねえ?!
「まずい、絶対怒られる、迷子になったなんて……それは災難だったな名前、ははは。とは絶対ならない!!」
「ちょ、なに、どうしたのよ」
「か、帰らなきゃ……」
顔を青ざめてぶつぶつと呟いている私を、明らかに引いているという目で見ながら呆然と立ち尽くす木の葉の二人を無視して、どうしたら我愛羅に怒られないようにするかをひたすら考える。
今すぐ帰って……でも砂の国まで私の足だと、二週間くらいだろうか。と、遠い……忍なら早くて三日くらいって聞いたけど……どうすれば。
「あ、そ、そうだ!こっそり帰って、隠れんぼしてました!ってことにすれば……」
よしその作戦で行こう、頑張って里まで帰って、何食わぬ顔で家まで帰ろう。よしそうしようと作戦を決定した瞬間、ガラ、と病室の扉が開く。「その必要はない」と、今一番聞きたくない声が聞こえて、ヒッ!という声と共に心臓が跳ねた。
「が!が、あら……あ、いや、風影様!な、なんでここに」
「お前がいつまでも帰って来ないからだ。いないと分かってすぐ捜索へ向かった。俺自らな。里の近くにある森の中で任務中らしき木の葉の忍からお前の事を聞いた」
「うえ……!そ、そ、そうですか!それはそれは!」
お、お、怒っていらっしゃる!
無表情で冷静そうだけど、私には分かる……!
よく喋るし、これは、相当怒ってる!
こちらを見つめたまま、淡々と言う我愛羅から目を逸らす事も叶わず、痛む背中をビタッ、と壁に穴が開くんじゃないかという程くっつけ、逃げ出したいと身体で表現。このまま壁に穴を開けて隣の病室まで逃げてしまいたかった。
「我愛羅君、ああ、いや風影様、どうしてこの子を?」
「我愛羅でいい。今日は風影として木の葉に出向いた訳ではない。こいつを、名前を迎えに来ただけだ。火影殿、砂の里の者が木の葉に迷惑を……すまない」
「あ、名前ちゃんていうのね、この子。いーよいーよ」
「せんぱ……火影様、風影様、お話のところすみませんが、僕はこの辺で失礼します」
我愛羅が木の葉の人と喋っているのを、いつこちらに火の粉が飛んでくるかとビクビクしながら壁に引っ付いて見ていると、少しの間蚊帳の外みたいだった木の葉の一人が失礼しますと言って部屋を出て行った。
ていうか、ここに残ったもう一人の木の葉の人……鼻の上まで布で覆ってて変な人だと思ったけど、さっき火影って言われてなかった?火影って偉い人だよね?木の葉の里の長だよね?忍って布で顔覆うのが普通なの?え、でも私のほっぺた摘んで引っ張ってた人が木の葉の長?え、なんか分かんないけど、なんかやばくない?里の長って我愛羅しか見た事ないからみんな我愛羅みたいな厳格極まり無い人なのかと思ってたけど……。
「名前」
「……は!はい!にゃ、なんでしょう風影様!」
「にゃ、って。君ねえ……」
火影と呼ばれた人に対して失礼な事を思っていると、我愛羅に突然名前を呼ばれ思いっきり噛んでしまった。
いや急に呼ばれて焦っちゃっだけだからね!お願いだからそんな可哀想な子を見るような目で見ないで火影さま!
「……火影殿に、礼は言ったのか」
「はっ、え、いや、まだ……」
私起きたばっかりなんだけど。状況も飲み込めてないんだけど。頬抓られて起こされたばっかりなんだけど!と思ったのは内緒にしといて、事実助けてくれたであろう火影様に向き直りきちんと礼を述べれば「いいんだよ」と言ってくれる。
「んじゃ、まあ名前ちゃんも元気みたいだし、我愛羅君も来てくれたんだ。帰ってもらってもいいよ」
「ああ、此度はすまなかった。保護して頂き感謝する。……名前」
「っは、はい……」
帰ってもらっていいと言われ、火影様の穏やかな笑顔も手伝ってこのままただ砂へ帰れるとこっそり安堵しているところへ、突然の我愛羅から二度目の指名。
私に向けられる顔は無表情だったけど、オーラが確実に怒りのオーラで、視線が泳いでしまう。
……やっぱり何か言わないと気が済まないって顔してる。怒ってる……怒ってるよ……。
私を呼んだ後、黙ったままこちらへ近づいてくる我愛羅を見て、謝らなきゃ!と口を開きかけた。
刹那、目の前が何かに覆われた。
「え……、え?」
「全くお前は……どれほど心配したと思っている」
「……あらぁ、君達そーゆう関係ってコトォ」
頭上から怒声を浴びせられる覚悟をし謝ろうとした私は、今、我愛羅に抱きしめられている。
心底心配した、と言う我愛羅の声は今にも崩れてしまいそうな程弱いもので。ごめんなさい、と呟くと、無事で良かったと安堵の声に変わった。
「来てくれて、ありがとう……」
「ああ」
「……あのー」
身体を離し、微笑みながら見つめ合い二人の世界に入っている私たちの横から、とてつもなく申し訳無さそうに火影様が言葉を掛けてくる。
その時初めて、抱きしめられ、二人の世界に浸っていたのをこの人に見られていたと気づいた。
……あ、あぶない。もうちょっとでキスとかしてしまう雰囲気だったと焦るが、私はともかく、我愛羅は全然焦っていない。抱きしめあってるのを見られたのに恥ずかしいとか無いのかな。あ、え、もしかして見られてるほうが良いとか?!うーわ!そっちの方が寧ろ、的な?!
「……っと、ちょっと、おーい」
「っは、はい?!」
「……君、考え事してると周りが見えなくなっちゃうタイプ? もう我愛羅君と帰っていいから。医師には俺から言っとくよ」
序盤微かに悪口みたいなものが聞こえたが、それは聞こえなかったことにして感謝を伝えれば、また遊びにおいで。と言い残して部屋を出て行った。
それを聞いて我愛羅は扉の前まで行き、出て行った火影様に深々とお辞儀をしていた。
見送りが終わった後、我愛羅は再度こちらへ振り向いたのだが、先程までの微笑みはまるで幻だったみたいに、いつもの無表情に戻っている。
天使の微笑みは一瞬かあ、と心の底で嘆いた。
「帰ろう。テマリやカンクロウも心配している」
「我愛羅も?」
「それはさっき言っただろう」
「言ったけど!もっかい!もっかい言って!」
心配したと言いながら、天使スマイルをもう一度見せてくれ!と瞳キラキラ攻撃を寄越してみるけど、我愛羅は効果があるのかないのか分からない表情をしていて。だけど少し困ったような表情になったかと思えば私の頬へ片手を伸ばし、そろりと触れてきた。
「あまり心配をかけないでくれ。お前を愛している分、居ないと分かった時どれほど不安になったか。もう居なくなるな。ずっと側にいてくれ」
「へ……あ、え」
思ってみもみなかった我愛羅の言葉に、目を丸くしてしまった。ただ「心配した」の一言をもう一度言って欲しかっただけなのに、なんとも照れてしまうような事を言われて吃っていると、ふと我愛羅の口角が意地悪く上がった。
「どうかしたか? 名前。顔が赤いようだが」
「な、」
瞬間、わざとこうして照れるような事を言ってのけたんだと理解する。普段無表情ながら優しい彼だけど、稀にみるこういった意地の悪さは私をいつも翻弄するのだ。
「もう!」と表面的な怒りを露わにすれば目を細めて微笑まれ、それで私は毎度何も言えなくなってしまう。本当に、普段あまり笑わない人程、笑った時の破壊力は凄まじいものがあるというものだ。
砂までの帰り道は我愛羅の砂に乗せられた。ビュンと凄まじいスピードに目がくらくらしたけど、普段あまり取れない二人だけの時間に、迷子になって良かったかもと心の奥底で思った。
end